日本が世界に誇るカルチャーである漫画。
『ONE PIECE』や『NARUTO』、『ドラゴンボール』など、世界中で知られる日本の漫画は数多い。
国内の作品だけでも実に多種多様なジャンルの漫画が揃う一方で、埋もれてしまう作品も少なくない。
そうした中、今年4月、新人漫画家を発掘するプロジェクト「QUNIE 漫画グランプリ2020」がスタートした。
同プロジェクトを主催するのは、意外にもコンテンツやエンタメ産業ではなく、国内大手コンサルティングファームの株式会社クニエ。
「QUNIE 漫画グランプリ2020」実行の経緯について、同社事業全体統括責任者の勝俣利光氏に話を伺った。
取材・文:庄司真美 写真:駒田達哉
勝俣利光
株式会社 クニエ
数十年にわたり、多種多様なコンサルティングを実践。1995年KPMGコンサルティングのスターティングメンバーとして、日本法人の立ち上げに参画。2002年KPMGコンサルティングマネージングディレクター就任、ERP部門およびSCM部門を統括。2004年ベリングポイント(現PwCコンサルティング)執行役員に就任。ハイテク、機械、CPRD、通信、サービスのインダストリーリーダーを歴任。2006年ベリングポイントVP常務執行役員に就任。製造、流通、サービス事業全体を統括。2009年新会社発足のためQUNIE入社、SVPに就任、コンサルティング部門統括責任者。2012年EVPに就任、事業統括責任者。QUNIEの創立と発展をリード。
株式会社 クニエExecutive Vice President/事業全体統括責任者の勝俣利光氏。
新人漫画家を発掘する一大プロジェクト「QUNIE 漫画グランプリ2020」
「QUNIE 漫画グランプリ2020」の目的は、新人漫画家を発掘すること。今年4 月に始動し、毎月 1 作品ずつノミネート作品をサイト上で公開している。
1 年間を通じて 12 名の漫画家による 12 作品を公開し、来年3月に開催する読者投票によって、得票数が多い順に上位3作品が選ばれる流れだ。
またグランプリのほか、サイト上で「いいね!」をもっとも多く獲得した人にはオーディエンス特別賞が贈られる。しかも、受賞の有無にかかわらず、描き手には原稿料も支払われるという。
―― まずは今回、コンテンツやエンタメ産業ではなく、御社のようなコンサルティングファームがこうした漫画家発掘の企画をされていることが意外に感じられました。普段はどんな業務を中心に行う会社なのでしょうか?
勝俣:おっしゃる通り、当社はビジネスコンサルティングの企業ですので、業務のジャンルでいえば漫画はまったく関係ありません。主に大企業のクライアントに対し、経営戦略の立案や業務改革の支援などをしています。
―― 外資のコンサルティングファームと比較した時に、日本発の御社ならではの強みをどのように捉えていますか?
勝俣:多くの外資系企業の場合、コンサルティングをビジネスと捉え、売上を重視し、利益の高い大きなプロジェクトで経営状況を良くしたい意識が強くあります。
当社の場合、日本の通信インフラを支え、日本の発展を支えてきたNTTグループであることがベースにあります。そのバックボーンの意味は重大で、そのルーツから当社は利益だけを重視するよりも、社会貢献を大事にする風土があります。そして、自分たちのために働くというよりも、お客様や社会のために働く意識が強いのです。
近年は東南アジアや中国の事業も多く手がけていますが、そうした国々に進出して儲けたいということではなく、その国やその国の企業に日本がこれまで培ってきた改革の経験ノウハウを提供することで貢献したいという思いが根底にあります。その点が、他社とは大きく異なる点だと自負しています。
―― コンサルティングファームから「QUNIE 漫画グランプリ」が誕生した理由は?
勝俣:コンサルティングはもともと、アメリカや欧州の文化がベースの産業で、国内にあるコンサルティングファームもほとんどは外資系です。そうした中で、当社は「日本発」のコンサルティングファームとして彼らとは異なるアプローチで、企業の業務改革や経済的な課題、社会課題を乗り越えるための支援を行ってきました。
アメリカ発祥の外資の場合、アメリカでの経験を売りにしていますが、当社は日本で行った経営課題改革の経験が評価されて成長してきた、業界では異質な存在です。
そうしたことから「日本発」の企業として、日本文化を我々の企業文化にして行きたいという思いがありました。
日本文化には、伝統美や機能美があり、その一方には、日本のサブカルチャーとして世界でも有名なアニメや漫画があることに着目しました。
伝統美や機能美、高品質、高機能といったことは、歴史や伝統に基づく確固たる日本文化。一方、漫画はカジュアルでポップなイメージですが世界でも認められた日本の新しい文化です。この2つは、当社ビジネスの「過去と現在の経験から得た知見と先進性」とも通じるものがあり、この2つの異なる文化を発信していきたいと考えました。後者の一環として企画したのが、「QUNIE 漫画グランプリ2020」なのです。
なにより漫画は東南アジアや中国、欧米などの海外でも幅広く人気があることもあり、当社の思いを伝える題材として親しみを感じてもらえるのではないかと考えました。
―― 漫画を紹介するだけでなく、新人漫画家の発掘キャンペーンとした目的を教えてください。
勝俣:漫画は世界で認められたカルチャーであるとはいえ、個々の漫画家の発信の機会は少なく日の目を見ることが難しい世界です。「QUNIE 漫画グランプリ2020」を通じ、たくさんの方に作品を見てもらえれば、才能のある漫画家を世の中に送り出す一助になるかもしれないと考えて企画しました。
―― 漫画のテーマを「貢献」「熱意」「誠意」「志」「共感」「仲間」に設定したねらいはどこにありましたか?
勝俣:この6つは、当社の企業理念を成す重要な言葉なのです。ですから、漫画家に貢献するだけでなく、我々の企業イメージに通じるコンテンツになれば、ありがたいと思いました。
とはいえ、漫画の作風はそれぞれ違います。テーマを縛りすぎても自由な発想が出にくいため、テーマを1つに絞るのは避けました。そこで6つのキーワードを通じてイメージを共有し、その内容の中でスポーツモノや学園モノ、4コマ漫画など、それぞれの作風を生かし、感情を表現いただけたらと思ったのです。
―― 今年の4月から1本ずつエントリー作品が発表され、すでにサイト上で8本公開されていますが、反響はいかがですか?
「QUNIE 漫画グランプリ2020」のエントリー作品。『ねんどにんげん』(志岐佳衣子)、『不良、猫が怖くない』(ススズ微)、『コンパイルバンク』(こうや豆腐)。
勝俣:当初はクローズドでスタートし、公開先は当社の取引先や社員、その家族が中心でした。本来であればイベントを開催するなど、積極的にプロモーションする予定でしたが、グランプリ開始時にちょうど新型コロナウイルスの感染拡大の影響もありました。
口コミが中心ながら、「面白い企画だね」といったお声をいただき、日本の文化に根差したクニエらしい企画として、イメージアップにもつながっています。
「QUNIE 漫画グランプリ2020」のエントリー作品。『惚れたので中国で修行します』(柏崎殻)、『占いの館』(伊佐坂みつほ)、『からっぽの山』(やいぎ)、『ミライとイマと復刻のライト』(朽葉こど)、『FIFTH FEATURE(フィフスフィーチャー)』(歩高<ほだか>)。
社員にもアンケートをとったのですが、社会人になってからも漫画を読む人は多く、読者の裾野が広いことがわかりました。ただ、このグランプリはまだ広く知られるところには至っていないため、今後は限定したかたちではありますが広報活動を広げていこうと考えています。
―― 通常のコンサルティング業務に止まらず、社会や文化の醸成にも広く貢献しよういう使命感は、具体的にどこに原点がありますか?
勝俣:企業は「お客様」や「株主」、「従業員」などのステークホルダーのために社会活動を続けるものなので、一般的にはお客様に向けての企業理念を謳う企業が多いです。当社の場合、従業員に優しく、お客様にも貢献し、さらにその先にある社会にも貢献したいという考えがあります。
国営企業だったNTTのグループ企業である当社の場合、「株主」をたどると日本政府につながります。すると必然的に、国のために役立つこと=“社会貢献”という発想になる、これが、そもそもの原点ですね。
それから当社は最後発でスタートした総合コンサルティング企業であり、すでに多くの同業他社があったことも大きく影響しています。他社と同じことをしてもお客様に支持されませんので、当然、差別化を意識しています。他社がやらないことをやろうという意識は強いですね。
お客様だけでなく、社会全体を考える企業であること。そこが、他社とは大きく異なる点であり、ひとつ上の視点を持った当社の強みだと考えています。
―― 社会貢献という目線で考えると、本来は日本文化である漫画を世界に発信するために、国や出版社などのコンテンツ産業がコラボすべきプロジェクトのようにも感じます。
勝俣:当社が海外に展開する中で非常に強く実感するのは、海外のお客様からの漫画への反応です。「子どもの頃によく日本の漫画を観ました」「大人になってからも漫画を読んでいます」といった海外のお客様は多く、あらためて日本を代表する文化なのだと感じます。
その一方で、漫画で身を立てることは非常に道が狭く、チャンスも少ないのが現状です。だからこそ、「QUNIE 漫画グランプリ2020」を通じてその一助ができればと考えました。
―― しかも今回、受賞者への賞金とは別に、エントリーする作者全員に原稿料が支払われる点も、漫画家育成への思いが伝わってきます。
勝俣:グランプリを目指すモチベーションのためにも、賞金や報酬は必要だと考えています。いろいろ議論はありましたが、プロフェッショナルに対する敬意を払うという意味で、原稿料をお支払いすることにしました。
―― すでに8作品がエントリー(※11月時点)されていますが、選抜した理由と今後エントリーされる4作品に期待することは?
勝俣:テーマは応募者が自由に選べるので重複してもいいと思っていますが、漫画のジャンルにはさまざまなものがあって作風の傾向も違うため、バラエティに富んだものを意識して選ばせていただきました。
企業が開催していることもあって、イメージ的に熱血サラリーマンモノが求められていると思われるかもしれませんが、実はそうではなくて、ほんわかした作品もいいなと感じていますね。
公開当初はほかの作品と比べようがなかったのですが、ようやく8作品出揃って社内外からも少しずつ反応がありました。そういう意味でも後半戦がさらに楽しみです。
―― こうした文化事業は根強く続けていくことが肝要だと思いますが、今後のビジョンについて教えてください。
勝俣:「QUNIE 漫画グランプリ2020」を通じて醸成される気運が、当社の企業文化と乖離がなければ今後も続けていきたいと考えています。日本で同プロジェクトがある程度成功すれば、クニエの拠点のある中国、タイ、インドネシア、ベトナムでも展開したいというビジョンもあります。
実際に東南アジアや中国の国々でも日本の漫画は非常に読まれていて、作家の皆さんにとっても海外で展開されることはよい流れではないかと思います。そして、我々がそれを発信することでクニエに対する親しみを持っていただけるのではないかと考えています。
一方で、現地でのエントリー枠を作り、現地の新進気鋭の漫画家を発掘するビジョンもあります。最終的にはそれをすべての国で実施し、クニエを媒介にたとえば、日本の漫画家を海外へ、中国の漫画家を日本も含めた海外へというふうに、国を越えたキャンペーンを展開できたら理想的です。
もちろん、将来的にはアメリカや欧州などでも展開できるといいですね。
―― 最後に、このようにビジネスの枠にとらわれない取り組みをされているお立場から、クリエイティブ志向のFINDERS読者に向けたメッセージをお願いします。
勝俣:当社で採用の際に期待することが2通りあります。1つは、明治維新や昭和の復興期のように、日本の経済発展や社会の変化が起きている時に、自分に何ができるかという志のようなものを持っていること。もう1つは“貢献心”。だれかのために役に立ちたいという気持ちを持っていること。
自分の職業が存在するということは社会に必要だからであって、必要なければ職業もなくなっていくものです。社会の役に立つ、誰かの役に立つという意識はとても大事です。
コンサルタントでも、クリエイティブ職でも、己の利益ばかりを考える人と、たとえお金にならなくても心から寄り添って、クライアントが気づかない良さを見出して、そこを伸ばすこと、光らせることを思ってする仕事では、結果はまったく違います。私はどのような職種、企業であっても後者の発想であって欲しいと思っています。
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残すところあと4カ月、4作品の発表が待たれる「QUNIE 漫画グランプリ2020」。来年3月1日から31日までの投票期間を経て、ついにグランプリが発表される。
中国や東南アジアの国々でも熱く盛り上がりそうな企画だけに、日本での盛り上がりを期待したい。