CULTURE | 2018/07/02

スポーツICTって何?その役割と可能性に迫る【連載】Road to 2020 スポーツ×テックがもたらす未来(1)

2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を契機に、スポーツを取り巻く環境は著しく変化した。それを牽引するのが、テ...

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2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を契機に、スポーツを取り巻く環境は著しく変化した。それを牽引するのが、テクノロジーの進化だ。これまでどのような技術がスポーツ現場で活用され、今後どのような応用が期待されるのだろうか。本連載では、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦教授に、スポーツICTの現在を紹介していただく。

取材・構成:飯塚さき

神武直彦

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げに従事。欧州宇宙機関(ESA)研究員を経て、宇宙航空研究開発機構主任開発員。国際宇宙ステーションや人工衛星に搭載するソフトウェアの独立検証・有効性確認の統括およびアメリカ航空宇宙局(NASA)、ESAとの国際連携に従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2013年にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボを設立・代表就任。2016年日本スポーツ振興センターマネージャー。2017年同アドバイザー。2018年度より教授。総務省「スポーツ×ICTワーキンググループスポーツデータ利活用タスクフォース」主査。博士(政策・メディア)。

安価で高機能で身近なものになったテクノロジーに限界なし!

現在、スポーツ分野におけるICTの利活用ではデータを扱うものが多く、多様なデータの収集・保存・分析・活用の流れが循環しています。例えば、選手の位置情報や心拍数、ボールの速度、回転数をはじめ、さまざまなデータがとれるようになってきました。収集したデータをアナリストが分析し、選手やコーチにフィードバックして活用してもらいます。そして、さらにどんなことをデータで知りたいか、収集したデータをほかにどう活用できそうかといったアイデアを現場から汲むことで、より収集できるデータの量や質が進化していくのです。その点で、スポーツICTに限界はないと言えます。

これまで、スポーツ分野におけるICTの利活用というと、トップアスリートだけのものと思われてきました。しかし、現在では一般の子どもたちや高齢者にまで、活用の可能性が広がってきています。その大きな理由は、使用するデバイスが安くなり、手に入りやすくなってきたことです。テクノロジー応用のアイデアが広がるだけでなく、マーケットの規模が大きくなることで、テクノロジーがコモディティ化してきました。

GPS受信機を装着した状態での練習の様子(画像提供:慶應義塾体育会蹴球部)

例えば、サイクリングなどの趣味に使う、位置情報などを取得するGPS受信機には、数千円の廉価なものが多々あります。安価なデバイスと、エクセルやグーグルマップ、またオープンソースのデータ処理ソフトなどをつなげれば、小学生でも手が届く範囲で、立派なデータ分析・活用環境が整います。スポーツ専用に開発されたデバイスは、一部の企業から販売されており、いまだに高価ではあるのですが、実際に市販の安価なもので試してみてもいろいろなことができます。専用機器もこれから低価格化してくると予想されるので、スポーツICTは、今後ますます広がりを見せるだろうと思います。

テクノロジーが生む3つの利点

スポーツ現場において、テクノロジーの導入によって期待される主な効果は、以下の3つです。

1. ケガの予防

2. トレーニング効率の向上

3. チーム内のコミュニケーションの増加

まずはケガの予防について、練習時と試合時に選手にかかる負荷やスピードにギャップがあると、ケガが生まれやすいです。試合になると普段よりもがんばる選手が多いので、データによって運動量を管理することが有効です。例えば本校のラグビー部では、体への負荷を可視化し、それを選手やコーチにフィードバックして負荷やスピードをかけすぎないようにしたことで、ケガが以前より3割減りました。これは、ケガをするとしばらくの間、練習ができませんので、試合に出る可能性も減ってしまいます。また、医療費もかなりかかります。それが低減されるのですからチームとしても効果が大きく、どのチームもしなくてはならないことだと言えます。

ICTの利活用によって、トレーニング効率を上げることもできます。インドネシアのラグビー代表は、世界ランキングが下位のほうで、強化が急務でした。そこで、我々の研究室からあるチームにGPS受信機を貸し出し、定期的に運動量などを測り、分析し、それをコーチングに役立てて頂くということをしました。すると、多くの選手が練習を開始してから30分くらいはダラダラと練習していることが明らかになったので、それを選手たちにわかりやすく見せました。するとその後、徐々に練習開始後から効率的に練習をするような変化が見え、全体的な練習効率が上がったことで練習時間が減り、時間を有効活用できるようになったのです。結果的に、チームもかなり強くなりました。

また、チーム内のコミュニケーションを増やすことにも寄与します。フィールドホッケーで、日本代表選手と、大学から競技を始めた本校の選手のデータを比較したところ、総運動量は変わらないのにもかかわらず、大事な局面での運動量のメリハリに差があることがわかりました。また、カメラをつけて視線のデータを収集すると、学生はボールを見ている時間が長いのに対し、代表選手は視野が広いことがわかりました。こうしたデータを定量的にとることによって、チーム力や個人のパフォーマンスが上がるだけでなく、よりうまくなるためにはどうしたらよいかと、チーム内で話し合う機会を増やすことにつながります。

先立つ課題に対する解決策を俯瞰的に探る

どの競技でも、どうしたら勝てるか、どういうゲームをしたいのか、どういうチームでありたいのか、まずはそのシナリオを描くことが重要です。そして、選手やコーチ、観客、アナリストなどが、それぞれどのような振る舞いをし、どのような関係性をもつと描いたシナリオを実現できるのか、具体的に想像するのです。その上で、理想と現状とのギャップを把握するときと、ギャップを埋めるための方法を考えるときに、何がそのギャップなのか、ギャップを埋めるためにはどのようなことが必要なのかを明らかにし、その中で、どういう仕組みやプロセスが役に立つのかを考え、設計することが大事です。この考え方や進め方が、まさにシステムデザインです。単に優秀な選手がいれば勝てるわけではないので、何があれば勝てるのかを、俯瞰的に考える必要があります。個別最適ではなく、全体最適を考えて進めることが重要です。

勝つための要素――例えば、試合日に最大の力を出す、ケガをしない、適切なタイミングと量の食事を摂る、十分な睡眠時間を確保するといったことは、どの競技の選手でも同じでしょう。どうすれば勝てるか、理想と現状のギャップを埋めるための選択肢にどのようなものがあるかを考えたとき、そこにテクノロジーを介入させる方法をデザインできれば、強化に生かせると考えます。

まずは課題を見つけ、それに対してどうすればいいのかを考えること。そのときに、テクノロジーで解決できる部分と、そうでない部分があるでしょう。課題が見つかる前に、テクノロジーばかりを追求し、「あるから使う」のでは、効果は生まれにくいと思います。問題発見から始まり、それに合う解決方法を選んで導入できるチームは、どんどん強くなると思います。

テクノロジー原理主義になってはいけません。最先端のテクノロジーはこれからスポーツを大きく変えていくと思いますが、それがあれば勝てるわけではなく、主役はあくまで選手であり、チームであることを、常に忘れないでください。