CULTURE | 2020/04/13

日本一のボールペンを決める『OKB48選抜総選挙』から見えてくる、これからの文房具|『OKB48選抜総選挙』主催・古川耕インタビュー

聞き手・文・構成:赤井大祐 写真:神保勇揮、赤井大祐
「OKB48選抜総選挙」は、OKB = お気に入りのボールペンを...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

聞き手・文・構成:赤井大祐 写真:神保勇揮、赤井大祐

「OKB48選抜総選挙」は、OKB = お気に入りのボールペンを選ぶ投票企画だ。”文具王”高畑正幸氏、元・雑誌編集者の岩崎多氏といった、選挙管理委員会によって選ばれた48種の黒ボールペンで人気投票を行う。投票方法は、ウェブ投票、そしてファンの集いや全国の文具店などに設置された専用のセットで試し書きをしてから投票する、通称「握手会」だ。

握手会会場の様子

そこで今回は、昨年12月に第9回を終えたOKB48主催にして、総合プロデューサーを務める、ラジオ構成作家・ライターの古川耕さんにインタビューを行った。OKBを通して見えてくる文房具業界で起こる変化、そしてこれからの「文房具」について話を伺った。

古川耕(ふるかわ・こう)

undefined

1973年生まれ。TBSラジオ『アフター6ジャンクション』『ジェーン・スー 生活は踊る』などの構成作家を務める一方、コミックや小説、文房具などのライターとしても活動中。OKB48の総合プロデューサーも務める。

不動のセンター「ジェットストリーム」

―― OKB48の活動は今年で10年目に突入しますね。なんと言っても、「ジェットストリーム」がすべての年で1位をとっているのが衝撃的です。

2006年発売「JET STREAM(ジェットストリーム)」(三菱鉛筆)本体価格150円(税抜)

古川:やはりジェットストリームは特別です。元々書き味が良いペンという共通認識がありますし、他のペンと比べて知名度もあるので、握手会、ウェブ投票どちらでも圧倒的です。

先日も第9回が終わってからお声がけをいただいて、丸の内のオフィス街にある「GOOD DESIGN Marunouchi」(グッドデザイン賞を主催する公益財団法人日本デザイン振興会が運営するイベントスペース)で、スピンオフ的な形で握手会をやりました。一般の人がフラッと入って来れるようになっていたのですが、普通のサラリーマンの人が「やっぱジェットストリームだよね〜」とか言いながら入ってきたりするんですよ。

―― 仕込みみたいですね(笑)。

古川:これが9年連続1位ということか! と。まさに不動のセンターです。

OKB48主催・総合プロデューサーの古川耕氏

―― どれも同じように見えるボールペンの世界で、ここまで人気、実力の差がはっきりと出ているとは思いませんでした。

古川:そうですね。さらに言えば、ジェットストリームは単に書き味が良いだけのペンではなく、明らかに日本のボールペンの歴史を変えたペンだとも言えます。

―― どういうことでしょうか?

古川:ジェットストリームが発売されるまでは、ボールペンの銘柄やブランドを意識して買うなんてことほとんど無かった、と言われています。でもあまりに書き味が優れているということで、みんなが指名買いするようになった。その後、いろんなメーカーがボールペンに参入してくるようになり、文房具ブームが起こるきっかけとなりました。という意味で、ボールペンひいては文房具全体に影響を与えたエポックメイキングなアイテムだと思います。

新商品「ブレン」登場に揺れた第9回

―― そんなジェットストリーム王朝ですが、昨年末の第9回で一波乱あったようですね。

古川:はい、「ブレン」という新商品の登場です。

2018年発売「ブレン」(ZEBRA) 本体価格150円(税抜)

―― 初登場にして2位でした。

古川:結果的にジェットストリームには届きませんでしたが、もの凄い人気でした。ようやくというか、ついにというか、「ジェットストリーム陥落なるか」というリアルな感触が僕らの中にも生まれましたね。

―― 何がそこまでオーディエンスに刺さったのでしょうか?

古川:原因は色々とあると思いますが、唯一確実に言えるのは「見た目」が大きく影響したということです。

――ジェットストリームなどの従来のボールペンと比べると、より今らしい、シンプルな見た目ですね。世界的デザイナー、佐藤オオキさんのデザインオフィス、nendoがデザインを担当しています。

古川:見た目が良いだけのペンは、海外のメーカー含めたくさんありました。でもブレンについては「ブレません」「ガタツキません」という“性能”と、“今までにない新しいもの”、そして“ジェットストリームとは違うもの”という3つのメッセージがひとつのデザインに集約されていて、それが伝わったんだと思います。

―― プロダクトデザインとしてうまく機能したんですね。選挙管理委員の方々からは、明らかにジェットストリームを意識したペンである、との声も出ていますね。

古川:メーカーがどこまで打倒ジェットストリームを意識しているかについて、直接聞いたわけではないので本当のところはわかりません。ですが、新しいパーツを使ったり、デザインにnendoを起用するのにもそれなりにコストがかかっているはずです。それでも150円と、ジェットストリームと同価格に設定しているのは、やはり意識はしているだろうなと思います。

とは言え、ここまで斬新な見た目で受け入れてもらえるのか、ということと、機能的に「ブレない」と言ったって、ボールペンのブレを気にする人なんてそんなにいるのか?という疑念もあり、当初僕は懐疑派でした。でも今回投票を経て「ようやく待っていたペンが出た」「これを使ったらもう戻れない」みたいなコメントがたくさん寄せられ、こういうペンを待っていた人がこんなにたくさんいたんだ、と反省しましたね。

―― 逆にジェットストリームのデザインは「古い」と言われますね。

ブレン(左)、ジェットストリーム(右)

古川:今でこそジェットストリームの見た目について文句を言う人が大勢いますが、発売された2006年当時はそこまで言われてなかったはずですよ。でもそれから12年経ってブレンが出たことで、あらためて「ジェットストリームのデザインってちょっともう古いよね」という認識が生まれたんです。つまりブレンによってジェットストリームのデザインが相対化され、一時代前のもの、歴史のものになったということです。

ボールペンは”2周目“に突入

―― ボールペンの歴史でいえば、フリクションも外せませんね。

古川:フリクションは仕事を大きく変えましたね。ジェットストリームと同じくらい重要な存在だと思います。僕もよく使っていますが、人によってはもう好き嫌いとかではなく必需品ですよね。

フリクションの発売が2007年なので、ちょうどジェットストリームと同じ頃です。そのタイミングが、僕らの中ではある種のスタート地点であり、ボールペン界、ひいては文房具界が変わっていきました。そしてそのサイクルが一周したかな、というのが2019年の第9回目でした。

―― 先程の、ブレンによってジェットストリームが前時代のものになったという話ですね。

古川:はい。そしてそれに対して、今の文房具ブームを創ったジェットストリーム、フリクションがそれぞれ回答を示し始めているんです。

―― とても気になる展開です。

古川:まず、フリクションで言えば、「ポイントノック04」というペンが去年発売されました。

2019年発売「フリクション ポイントノック04」(PILOT)本体価格250円(税抜)

ペン先に「シナジ−チップ」というパーツを使用することで、フリクションの欠点と言われていた、インクの薄さや書き味の悪さを解消してみせました。このペン先はパイロットが2016年に出した「ジュースアップ」というペンに初めて採用されたもので、このペン自体ものすごく評判が良かったんですよ。つまりパイロットというメーカーが、他で培った優れた技術をフリクションに展開することで、フリクションをさらに一つ上の次元に引き上げたんです。もう書き味は普通のペンと比べて遜色無いレベルですね。

―― そしてジェットストリームも同じように進化しているんですね。

古川:先程お話をしたように、ブレンの登場によってジェットストリームのデザインが過去のものとなりました。しかし昨年の12月に出たのが「JET STREAM EDGE(ジェットストリーム エッジ)」というペンです。まず機能的には、ボール径が0.28mmとものすごく細い。その分通常のジェットストリームほどの滑らかさはありませんが、この細さでこの書き味を実現させられるのは、ジェットストリームインクだからこそだと思います。

そしてこのデザインを見ても分かる通り、直線的でメカニカルなデザインに変わりました。同じ時期に発売された三菱鉛筆の文房具はだいたい同じ方向のデザインとなっていて、つまり会社として大きく舵を切ったんだと思います。

2019年発売「JET STREAM EDGE(ジェットストリーム エッジ)」(三菱鉛筆) 本体価格1000円(税抜)

―― 「ダサい」と言われていたジェットストリームの姿はもうありませんね。

古川:このデザインは、ブレンに呼応する形で生まれた「(ジェットストリームも)2周目に入りましたよ」というメッセージだと僕は読み取りました。ジェットストリーム、フリクションという一時代を築いたペンの発売から10年後にブレンが登場し、その直後に進化系とも言える「エッジ」が出てきたことはすごく大きいし、僕らはそこにストーリーを感じとってしまうんです。

「文房具」という振る舞いをするデジタル機器

―― スマホやタブレットの登場は、言わずもがな文房具に大きな影響を与えていますね。

古川:やはり文房具の市場は緩やかに縮小しています。ここ10年、文房具というものがすごく相対化されてきました。つまり、PCやスマホに自分たちの領域を奪われることで、「文房具じゃなきゃいけないことってなんなのか」ということをメーカーは考えざるを得なくなりました。

今、デジタルデバイスでできることをあえて手でやるということは、人によってそれは半ばホビーとしての魅力だったり、あるいはただ単に慣れや習慣だったりする。その中で、文房具メーカーもなんとか「手書きって楽しいですよね、気持ちいですよね」ということを言いながら、同時に自らのアイデンティティを問い直しをしている10年だったわけです。

―― 2、3000円するようなボールペンも今じゃ一般的ですし、趣味のものになりつつあるのかもしれませんね。

古川:ホビーにしろ、習慣にしろ、今も文房具を使い続ける人に対して、なにか付加価値を付けてあげよう、ということをメーカーはずっとやっています。それは例えば品質を上げる、よい見た目にする、細かい使い勝手を向上する、ニッチな目的に応える道具を生み出す、とか。そういったメーカー側の生存戦略が、今、文房具の多様化や、高級化、高品質化につながる背景になっているんだと思います。

身も蓋もないことを言えば、今の社会で「文房具」というのはスマホでありノートPCでありタブレットであるわけです。例えば、黒板の板書をノートとペンで写してしいたところを、スマホのカメラで撮るようになった。つまりスマートフォンで写真を撮ること自体が、ある種「文房具的な振る舞い」となったんです。

―― なるほど。文房具の意味が拡張しているんですね。

古川:ここ10年、デジタル機器に脅かされるかたちで文房具への問い直しがされてきて、その結果、どうやら文房具はそう簡単に完全に廃れることはなさそうだ……という空気になってきているとは思います。ただ、だとしたら、それはいったいなぜなのか? そこのところはまだはっきりと分かっていないと思います。ただ単に、慣れや習慣というのが予想以上に手強いものだった、ということなのか。それともまだ僕らがはっきりと言語化できていない、アナログの道具に固有の価値があるのか。

―― 最近は若年層を中心に、PCを使えない人が増えているという話もありますね。当然全員がホワイトワーカーになるわけでもない。となるとアナログ的なものは残っていくんじゃないかという気もします。

古川:そうですね。これからどんどん、デジタル機器の脆弱な部分やできないことがはっきりと分かってくると思うんです。そうなったときに、アナログのデバイスやメディアが見直されることも増えていくでしょうね。

―― デジタルによってアナログの価値が再び見いだされていく。ストリーミングの裏でレコードやカセットテープが再評価された音楽業界と同じようなことが起こるのかもしれませんね。

古川:手書きは記憶に強く定着するとか、脳科学的に云々って話もありますよね。個人的にはこの手の言説ってあんまり信用してないのですが、でもまだ明確に測定されていないだけで、将来的に、今まで計測されていなかった科学的なデータや、違う側面の価値が見いだされていくかもしれませんね。とは言え縮小傾向なのは間違いないので、その中でどう抗っていくのか、が次の10年の大きなテーマだと思います。

―― 最後に、文房具業界に今後こうなってほしいというビジョンはありますか?

古川:実はあんまりないんですよね。OKBの活動を通していつも感心するのは、さっきのブレンの話もそうですが、「こんなものが欲しいと思ったことは無かった」「これが不満だとは思ってなかった」みたいな、狭いニーズをガンガン掘り起こしてくるじゃないですか。そこに開発者の魂みたいなものを感じて嬉しいんですよ。

なので、今の自分が欲しいものとか、こうあってほしいということはあまり無いんです。むしろ、僕みたいな普通の人間のニーズを飛び越えた、メーカー側が持つ過剰な技術や熱意を背負った文房具が飛び出してくるほうが面白いと思っています。