供養を担当した佐山拓郎上人(浄土宗西念寺)は、月に200時間残業、週休1日、結婚休暇も多忙で辞退、という壮絶なサラリーマン生活を10年間経て僧侶に
©株式会社人間
取材・文:6PAC
山根シボル
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株式会社人間代表取締役、アイデアマン、デザイナー、トイレットペーパーを交換する係。日々、奇想天外な企画をなんとかシボリだし、株式会社人間の「人間っぽさ」を担っている。人の目を見て話せない性格のせいで、人の顔覚えられないという弱点がある。アート好き、ゲーム好き、そして大のラジオ好きのサブカルオタクであり、広告業界のハガキ職人という気分で世の中を大喜利的に見ている。
浄土宗の僧侶が「消化されなかった有給」を供養
事前に募集した「有給の消化ができなくて悔やまれた体験」に戒名を付けた灯籠を大量に設置
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世界的にかなり低い水準となっている日本人の有給休暇取得率。この問題を改善しようという狙いがあるのか、2018年に働き方改革法案が成立したことで、翌年4月1日から年10日以上の有給休暇が付与される全ての労働者に毎年5日間の有給休暇を取得させることを義務付けがなされた。
この有給休暇をテーマにした風変わりなイベントが、昨年12月に大阪で開催された。株式会社人間という大阪の会社が仕掛けたのが、使われることのなかった有給を浄土宗西念寺の佐山拓郎上人が供養する「有給浄化」というイベントだ。冒頭で述べた日本人の有給取得率向上を祈願するイベントでもある。
「有給浄化」を仕掛けた株式会社人間の代表取締役、山根シボル氏にあれこれ訊いてみた。
「使えなかった有給を見える化」する試み
山根シボル氏(顔が小さいバージョン)
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―― ネットでもだいぶ話題を呼んだ「有給浄化」ですが、どういったことがきっかけで企画されたのでしょうか?
山根:日本では各社が「働き方改革」を推進していますが、その内容は難しく見えるものや固い表現が多く、「面白くて 変なことを 考えている」をモットーに掲げる我々としては、何か株式会社人間らしい「働き方改革」を表現できないかと考えておりました。
そんな経緯から、昨年の11月23日(勤労感謝の日)にブラック企業をテーマに、その実状をリアルに体験できる参加型演劇イベント「ブラック企業体験イベント」を開催しました。参加者は新入社員として架空のブラック企業に入社し、事前に公開されたウェブサイトにて募った実際のブラック企業エピソードを体験していただくといったものです。その流れで勤労感謝の日に行われる株式会社人間の変な働き方改革の第二弾として、今回の「有給浄化」を企画いたしました。
昨年開催されたブラック企業体験イベントは「全部実話ベースってマジかよ!超絶ブラックな「世界一辞めたい会社」体験レポート」としてFINDERSでも記事を公開している
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―― 「有給浄化」を実施した目的は何ですか?
山根:日本に「有給をとりづらい」というムードがある中で、2019年4月から年次有給休暇付与日数が10日以上の全ての労働者に対し、毎年5日の有給を取得することが義務化されました。制度の改正という追い風がある中で、有給をとる側にも、とらせる側にも、意識の面で変わっていく必要があるのではないかと考えています。
私たちはこのイベントによって「使えなかった有給の見える化」を行い、有給という制度と価値について改めて知ってもらう機会を作り、翌年の有給休暇の取得率の向上につなげることを目的としました。
「供養して許す」わけではない
これはおつらい…
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―― 実施後の反響としてどういった声が寄せられたのでしょうか?
山根:SNS上では、「切ない気持ちになる」、「エピソードに共感する」、「私も応募するエピソードたくさんある」などの声が寄せられ、日本の有給消化率の低さは大きな問題だということを実感しました。
イベント後も国内外のメディアからお問い合わせいただきましたが、このイベントをきっかけにテレビ番組の中で有給取得の義務化が特集されたことは良かったと思います。
―― ネットでバズったことを受けて、Twitterでは「やるせない気持ちに折り合いをつけられる前向きなこのイベント自体は良い計らいだが、そもそも制度としてあるのに取れていない事実の雲隠れにならないといいな」、「これ世の中の有給取得がしにくい現状を取れなかった側が認めたことになってませんか?」といった声も見受けられましたが、こうした考えに対してはどう思われますか?
山根:「取れなかった有給休暇を供養することで許す」というような見方は、イベントへの理解が少しズレているかなと感じます。今回のイベントは、これまで取れなかった有給を供養することを通して、「有給休暇の消化率の低さ」という事実を明るみに出し、問題意識を持っていただくことで、有給を取りやすい空気づくりに繋げていくことが目的です。
インターネットならではの笑いを追求
―― 株式会社人間は「面白くて 変なことを 考えている」会社だそうですが、他にはどういった形の”面白くて 変なこと”を手掛けられたのでしょうか?
山根:これまで手掛けた実績として、まず「PUBIC HAIR GROOVING」というものがあります。これは、m-floの☆Taku Takahashi氏に女性のアンダーヘアを提供し、毛の波形を音の波形に変換。そこから楽曲を制作していただき、史上初のアンダーヘアミュージック「IN MOTION(インモーション)」の企画・制作を行った企画です。
次に日本テレビ深夜のバラエティ番組「新・日本男児と中居」から、「渡辺徹さんを再ブレイクさせるような企画を作ってくれませんか?」との依頼を受け、「わたなべとおるかな?」というTwitterアカウントを立ち上げました。これはただ渡辺徹さんが様々なものの隙間を「通れるか?」、「通れないか?」を検証するだけのアカウントとなっています。
また、友人や恋人の鼻の穴から鼻毛が出ている時に、「鼻毛出てるよ」とは気軽に言えません。そんな時に匿名でやんわりと、鼻毛が出ていることを通知してくれる鼻毛通知代理サービス「チョロリ」も手掛けています。
相手のメールアドレスを入力して、鼻毛が出ている穴や本数を選択すれば、匿名でやんわりと、鼻毛が出ていることを通知してくれるサービス「チョロリ」。公開と共に大反響を呼び、救われた鼻毛の数は3年間で60万本を突破。
©株式会社人間
―― これまでにも、面白いことや変なことを仕掛ける会社を取材したことがあるのですが、そうした他社さんと御社との決定的な違いはどこにあると思いますか?
山根:株式会社人間は「面白くて 変なことを 考えている」をモットーに、ジャンルの枠にとらわれないアイデアをつくるWebコンテンツ制作会社です。“面白くて 変なこと”とは、今現在ある事柄や技術を、全く別の方向に伸ばし、新しい使い方や魅せ方をすることを意味しています。常に新しいことに興味を持ってよく理解し、工夫のあるやり方で“表現”を一歩進める活動を目指しています。
弊社と似た考え方を持っている他社さんも存在していますが、大きな違いは社名の「人間」が表すように、「人間らしさ」にフォーカスしている部分でしょうか。「こんな反応を見たい」、「ウケそう」、「良いダジャレが完成しそう」という本能的なばかばかしさや、人間の持つおかしなところを見たくて、企画をしていることが多々あります。人間の持つ黒い部分も笑いに変えてあぶり出していきます。あと、おっぱい案件を年に1回やることを目指しているのも、弊社だけかもしれません。
―― 御社などもそうですが、大阪には笑いを切り口に面白いことを手掛ける会社が多いと実感しています。大阪人にはブラックジョークとして消化できる企画であっても、他の地方の人間には「笑えない」と言われた企画はあったりしますか?
山根:「笑い」を目的とした活動を長く続けておりますが、もともと、活動がインターネットを中心としていたため、それほど笑いのセンスにおいて地方性を感じたことはありません。
そもそも、インターネット自体がひとつの地方であり、振り返ると“インターネットならではの笑い”を目指してきたと思います。しかしながら、広島の妻の実家に行った時など、オフラインの場で大阪ノリを出して滑ることは多々あります。
今後生まれてくる有休を有意義に活かすために
会場では、有給の使い途が思い浮かばない人のために5日分の過ごし方を提案する「やすみくじ」も設置
©株式会社人間
―― 「有給浄化」は日本の悪しき企業文化に対する問題提起として、意味あるイベントだと思います。それでも重要になってくるのは問題解決というところだと思うのですが、「有給が取れない現実」に対する問題解決策についてはどう思いますか?
山根:今回のイベントが報道されることにより「有給が取れない現実」が注視されました。我々の役目はコンテンツを通して、社会問題に光を当てることです。
今回供養していただいた、僧侶の佐山拓郎上人にいただいた言葉を引用したいと思います。「忘れてはいけないのは、あの時に有休を使わず(使えず)、働き続けたことで生まれた現在の自分もいることです。“現在の自分を作ってくれた一部でもある、失くしてしまった有休”を、心からの感謝を込めて供養することで仏の世界へ送り出し、その後悔を清める。そうすれば、今後また生まれてくる有休を有意義に活かすことができるかもしれません」。辛い思い出をそのままにするのではなく、「有給浄化」を通して少しでも前向きな気持ちになっていただければと思います。
有給休暇が義務化された今、これ以上制度を変えることは難しいです。こういった一人ひとりの体験が行動につながり、有給休暇を取りやすい空気づくりをしていくことが、根源的な問題解決につながるのではないかと思います。
―― 御社が手掛けた企画で、これまでに一番社会的インパクトが強かったものは何でしょうか?
山根:昨年開催したブラック企業体験イベントです。11月23日の勤労感謝の日に、248名の応募の中から一般人の方30名を厳選させて頂き、イベントを開催しました。管理職から代表取締役まで、普段は相当な仕事をされている人々に片っ端から社訓を叫ばせ、怒号を浴びせ、反省文を書かせました。
絶対一人くらい怒る人が出るんじゃないかと思った内容も「昔いた会社を思い出して懐かしかった」、「こういうことはいまだにある」、「社会を知らない学生のために大学でやってほしい」など、前向きな意見をいただきました。また、多くのメディアでもイベントの内容を報道していただきました。
©株式会社人間
「ブラック企業」の実態をあぶり出す実験は、思った以上に面白かったです。自分が生きている同じ社会に、イベントで表現した「スーパーミラクルハッピー株式会社」は存在していて、今回はたまたまそれを体験しただけですが、誰かが現実世界で苦しんでいることは変わりません。このイベントは、社内研修や学生向けにいいかもしれないなと思います。
炎上ばかりのネットで「面白くて 変なこと」を実現するために
―― 御社のような企画会社には様々な依頼が舞い込んでくるかと思いますが、目に見えないものを形にするうえで、苦労される点はどういったところなのでしょうか?
山根:目に見えないものを形にする仕事は多々ありますが、苦労するのは価値観というか、目に見えるものの感じ方が、人それぞれのスピードでずっと変化し続けていることです。「昨日はアレが面白かったのに、今日は面白くないよね」みたいな、無意識なわがままを常に気にするサービス精神みたいなものが必要ですね。
―― “面白くて 変なこと”を具現化する上で必要なこととは何でしょうか?
山根:最近の私の中での“面白くて 変なこと”は、「面白くて個性的で、そこが好き」のことかなと思っており、嫌われたら炎上するみたいな最近のネットの風潮の中で“面白くて 変なこと”を実現していくには、好かれるための共感が必要なのかなと思います。
黎明期では「なんでもあり」だったインターネットも成熟しきって、特にSNS上には社会もあればメディアもある現実と変わらない世界になりつつあります。一人の個人でさえ世界中から注目される時代ですから、「ネットだから見る人が少ない」「ネットだから過激なことが出来る」という油断は捨てて、それを逆手に取って「見られたい自分(作品)」ひいては「見られたい会社(商品)」までを表現し、コントロールできるようにならないといけない。
で、表現の仕方がわからなかったらうちみたいなグループに相談してもらえればいいと思うので、株式会社人間のWebサイトでお待ちしてますね。