FINDERS

毎日10本「死にたい」電話がかかってくる時代に、芸術は何ができるのか?坂口恭平×マヒトゥ・ザ・ピーポー対談
  • CULTURE
  • 2020.01.27
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

毎日10本「死にたい」電話がかかってくる時代に、芸術は何ができるのか?坂口恭平×マヒトゥ・ザ・ピーポー対談

坂口恭平さん(写真左)とマヒトゥ・ザ・ピーポーさん(写真右)

2019年12月27日に、梅田 蔦屋書店で坂口恭平さんとマヒトゥ・ザ・ピーポーさんの対談が行われた。

今回、坂口さんの新著『まとまらない人 坂口恭平が語る坂口恭平』(リトルモア)、マヒトゥさんの初小説『銀河で一番静かな革命』(幻冬舎)の刊行記念としてセッティングされたこの対談。この2人はどちらも今の日本で最も独創的な「コミュニティづくり」を実践するアーティストだ。

坂口さんは、路上生活者の暮らしに着目したデビュー作『0円ハウス』から一貫して、資本主義社会の「当たり前」を疑う生き方を追求してきた。東日本大地震の直後には熊本県に「新政府」を樹立。住居兼仕事場の「ゼロセンター」をつくり、実際に福島県の子どもを無料で受け入れた。また自身の電話番号(090-8106-4666)を公表し24時間いつでも死にたい人からの電話を受け付ける「いのっちの電話」を2012年から続けている。自身も躁鬱の病と向き合いながら毎日書く日々を送っている。

一方、マヒトゥさんは、完全インディペンデントのロックバンド・GEZANのボーカリストとして昨年はフジロックで2番目に大きいホワイトステージに出演したことでも話題となった。また2014年からは、入場料を自身で決める投げ銭制ながら折坂悠太、鎮座DOPENESS、THE NOVEMBERS、原田郁子(クラムボン)など音楽好きに熱く支持されるアクトが多数出演する音楽フェス「全感覚祭」を主催。昨年は全国各地から食材を集めてフードフリーも実施し、千葉公演が台風19号の影響で中止になるも、その翌日に渋谷の有名ライブハウス7会場を借り上げ深夜の特別公演を開催、1万人超とも言われる若者が溢れかえった“伝説”を生んだ。

この2人が集う対話が面白くならないはずがないし、もっと多くの人に知ってほしい。そんな思いを抑えられずに記事化を依頼し、イベント終了後に坂口恭平さんへの単独インタビューも行った。

また、イベント終了後には坂口恭平さんへの単独インタビューも実施し、収録した。

構成・写真:平田提

坂口恭平

1978 年、熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004 年に路上生活者の住居を撮影した写真集 『0円ハウス』(小社刊) を刊行。以降、ルポルタージュ、小説、思想書、画集、料理書など多岐にわたるジャンルの書籍、そして音楽などを発表している。2011年5月10日には、福島第一原子力発電所事故後の政府の対応に疑問を抱き、自ら新政府初代内閣総理大臣を名乗り、新政府を樹立した。躁鬱病であることを公言し、希死念慮に苦しむ 人々との対話「いのっちの電話」を自らの携帯電話(090-8106-4666)で続けている。14年、『幼年時代』第35回熊日出版文化賞受賞、『徘徊タクシー』が第27回三島由紀夫賞候補となる。16年に『家族の哲学』が第57回熊日文学賞を受賞。現在は熊本を拠点に活動。 2023年に熊本市現代美術館にて個展を開催予定。

マヒトゥ・ザ・ピーポー

ミュージシャン。2009年に大阪にて結成されたバンド・GEZANの作詞作曲を行いボーカルとして音楽活動開始。

2014年、青葉市子とのユニットNUUAMMを結成。

2018年、GEZANのアメリカツアーを敢行し、スティーブ・アルビニをエンジニアに迎えたアルバム「Silence Will Speak」を発表。

2019年2月にソロアルバム「不完全なけもの」、4月に「やさしい哺乳類」を発売。

5月に小説『銀河で一番静かな革命』を発売、6月にはドキュメンタリー映画「Tribe Called Discord:Documentary of GEZAN」が公開、同年7月にフジロックのメインステージ出演。2014年からは、完全手作りの投げ銭制野外フェス「全感覚祭」を主催。自由に境界をまたぎながらも個であることを貫くスタイルと、幅広い楽曲、独自の世界を打ち出す歌詞への評価は高く、日本のアンダーグラウンドシーンを牽引する存在として注目を集める。2020年1月29日にはGEZANの新しいアルバム「狂(KLUE)」をリリース。

「鳥にお金を払わないヒッチコック」になりたくない

マヒトゥ・ザ・ピーポー:全感覚祭が終わった後、体調的に追い詰められて、顔がパンパンになってて。表現をすることや生きていることを考えざるを得なくなっていて、ふと坂口さんの存在が内側から湧いてきたというか。これまでちゃんと話せたことがなかったんで、しっかり話してみたいな、と。

―― (司会・幻冬舎竹村)それで、この対談イベントにつながりました。そのときの坂口さんの対応が優しかったんですよね。「マヒトゥくん、辛かったり、きつくなったりしたら、電話しなよ」って。

坂口恭平:俺はすべての人を常にモニタリングしてるんだけど。いつか俺の所に来るかどうかだけは特にしっかりチェックしてるのね(笑)。表現する人の中にも、自分のやりたいことだけじゃなく「やらなくちゃ」みたいに思って活動してる人もいるでしょ。そういう人って世間からは勘違いされがちだから、特に俺は気にすんの。マヒトゥくんのことは、2016年ぐらいから気にしてたから。

マヒトゥ:ありがたいです。モニタリングっていうのはSNS上でってことですか?

坂口:マヒちゃんの場合はSNSだけじゃなかったね。ソロでCD出すタイミングとか、GEZANが売れてきたけどどうなるのかな、とか情報はずっと追ってたよ。マヒちゃんだけじゃなく、いろんな人の成長の仕方が気になるの。表現してて「金稼ぎをやってはいけない」みたいなことを言う人は、余計気になるんだよ。全感覚祭だって、身入りがゼロに近いんじゃないの?とか心配して収支計算までしてて(笑)。ずっと続けてくわけだから。

マヒトゥ:坂口さんは「いのっちの電話」をずっと続けられてますけど、何かしらの形でバックが返ってきたら良いって思われてるんですか?

坂口:いのっちの電話はさ、無料でやってるって思ってないんだよね。何より人の話をタダで聴けてるわけだから。むしろペイしてない俺が搾取してるとすら思ってるから。ヒッチコックの映画の『鳥』に近いんだよ。ヒッチコックって別に鳥にギャラ払わないじゃん(会場笑い)。

でも、俺からすると大問題なわけよ。ヒッチコックが鳥に金を払わないなんて。ゴダールなんかは、そういうのちゃんと問題視してるわけ。俺も無料だからどうしても他のことを優先してしまうんじゃないかとか、こんなこと続けてすごいですねとか言われるけどさ。俺にとって、いのっちの電話をかけてくれる人たちはとても大事なんだよ。

マヒトゥ:いのっちの電話の対話を作品に落とし込むこともあるんですか。

坂口:必然的にそうなってるよね。一応相手の話も聴いているから、お互いペイして相殺にはなってるつもりなんだけど。愛情が溢れてるから、いのっちの電話をやってるって言い方も一方ではするの。いろんな角度で見られるようにする必要があると思うのね。

でもマヒちゃんはそういうところまっすぐじゃん? めっちゃいい人なんよ。善人って呼ばれるのイヤだろうけど、そうなの。でもマヒちゃんからいのっちの電話は来ないだろうなって思ってた。でもこうして会えて良かったよね。

「トぶ人」に向けた文章が読みたい

―― 坂口さんはマヒトゥさんの小説『銀河で一番静かな革命』を読まれたんですよね。

坂口:そうなんですよ。普段、俺は本が読めないんですけど。

マヒトゥ:『まとまらない人』にもそう書かれていたので、読んでくださるとは思ってませんでした。嬉しいです。

坂口:俺の「本を読めない」っていうのは、意味を求められてしまったり、書評の依頼が来ても困るからで。本を読んでも意味を読解することはなくて、1つだけあるのは、俺がその本を読んでつくりたくなるかどうか。

俺が創造しようと思うってことは、その本に孤独を感じられるってことなんだけど。で、マヒちゃんの小説にもそんなポイントを2カ所確認した。そこは俺が続きを書きたくなった感じがした。読んでて「トんだ」んだよ。

トぶ人を標的に当てた本が読みたいんだよね、俺は。書店に並んでる多くの本は、トばない人を標的にしてるから。

マヒトゥ:すごく面白い話。

坂口:書く人がトぶように、野球で言うならインハイの球を投げて、読む人もインハイ狙って打ち返す。それができる人が世の中にはいるわけじゃん。

マヒトゥ:僕も表現がどのポイントに向けて放たれるべきなのかはいつも考えていて。音楽でも、すごく才能があるんだけど音の側に吸収されているように感じられたり、人の世界のものじゃなくなったりしたものとかもちょくちょくあって。それを寂しく思うこともあります。

音楽の歴史のために音楽を更新していく面もあると思うんです。だけど、その音楽を聴くのは、一人の人間じゃないですか。大阪の梅田 蔦屋書店に今日来てくれて、イスに座っているとか、そういう状況で聴く。僕はトべない人の気持ちも、トぶときの気持ちも分かるんですけど。

坂口:それってマヒちゃんが明晰だってことだよね。小説を読んでも思ったよ。トぶ文章っていっても、明晰じゃないと書けないんだよね。例えば(ウィリアム・S・)バロウズとかの例もあるわけじゃん。ビートニクの、カットアップの手法とか。俺が30歳のときの文章もそれこそ明晰だったの。「恭平さん、ちょっと解像度が高すぎるよ」ってよく編集者の九龍ジョー君に注意されてた。それで少し解像度を落とす作業をしたり。その明晰さって抑制から生まれるんだよな。折衝するというか、妥協するってことに明晰に対応してる。

マヒトゥ:まっすぐ解き放つとすっと消えていくものもあるんですよね。過去を振り返ってみて、トび抜けちゃったことへの反省もあるかもしれない。もともと書こうと思ってなかったんだけど、言葉に集中せざるを得なかったのは、きれいなものを提示しようと思っても自分がイメージしたように伝わらなかったからかもしれない。

坂口:伝えたいことがあったとして、説明を足していくのは違うじゃないんじゃないかと俺は最近思ってて。言語って、伝達のために使われてるじゃん。でも一番いい言葉が使われてるのかっていうとそうじゃないかもしれない。伝達って一歩間違うと命令じゃん。言葉を命令のために使わないためにどうすればいいか?

俺が30冊ぐらい本を書いて思ったのは、とにかく伝達のために使っちゃいけないということなんだよね。言葉を伝達せずに伝えるってのは矛盾してるんだけど。言葉を届けるには、って言ったほうがいいかな。妥協は一見悪く見えるけど、届けようと考えることは大事だと思ってる。

マヒトゥ:今回の小説でも編集の段階で、トぶような、モヤのある部分は整理したところがあるんですよね。今までもライターさんとかに取材されて文章になることがあって、トぶ部分を翻訳してもらったりはしていたんだけど、それが十分でないから、改めてこういう作業を小説の中で自分で担おうと思ったのかなと思ってます。

今ここで死にたいってことは、正直でいるってこと

坂口:そういえばネットでさ、いい文章を見つけたんだ。読むね。

“感動した人は大勢いるだろうと思いますが、私も感銘を受けました。それが持続する感銘なのです。私がどんな風にマヒトゥ・ザ・ピーポーを思い浮かべているか……”

マヒトゥ:俺の話なんですね!

―― (笑)。

坂口:続けるよ。

“――簡単に説明してみましょう。マヒトゥ・ザ・ピーポーは根を詰めて仕事をする男です。だからどうしても絶対の孤独に沈むしかない。しかもそれはありきたりの孤独ではなくて、密度の高い孤独なであり、夢が詰まっているわけじゃありません。幻想とも計画とも違います。そうではなくて行為や事物が満ち溢れ人間すら詰め込まれた孤独。要するに多様で創造的な孤独ということです。そんな孤独の奥底にいるからこそマヒトゥ・ザ・ピーポーはたった一人で一大勢力足りうるのだし、大勢でチームを組んで共同作業を行うこともできるのです。マヒトゥ・ザ・ピーポーは誰とでも対等に付き合うことができる。相手が公的機関であろうと様々な組織であろうと家政婦や労働者、あるいは狂った人であっても全く同じ態度で接することができる。今回の小説でもマヒトゥ・ザ・ピーポーは常に相手と対等の立場に立って質問しているのです。マヒトゥ・ザ・ピーポーの質問は視聴者である私たちを動揺させますが、質問して質問を受けた当人が当惑することはありません。マヒトゥ・ザ・ピーポーが妄想症の患者と話す態度は精神科医の態度ではないし、仲間の狂った人の態度でもありません。労働者の人と語り合うときマヒトゥ・ザ・ピーポーの態度は雇用者のものでも、仲間の労働者のものでもなければ、知識人の態度でも俳優を指導する演出家の態度でもありません。しかし、これはマヒトゥ・ザ・ピーポーがあらゆる語り口に同調する策士だということではありません。マヒトゥ・ザ・ピーポーの孤独が、並外れた容量をもたらし、密度を高めるということなのです。ある面からするとこれは、常に「どもり」であろうとするのと同じことです。それも実際にしゃべるときにどもるのではなく言葉そのものを集約するどもりになるということ。一般的には異邦人になるには外国語の中に飛び込んでいくしかありません。しかしマヒトゥ・ザ・ピーポーは自国語の中で異邦人になろうとしている。プルーストは「美しい本は必ず一種の外国語で書かれている」と述べています。マヒトゥ・ザ・ピーポーについてもこれと同じことが言えるのではないでしょうか”

マヒトゥ:……すごい。こんな人がネット上にいるんですか?

坂口:ほんとに俺、こういうの見つけるのうまいんだよ。mixiの奥の奥の奥にいます(笑)。こういった人がいるわけだよ。マヒトゥ・ザ・ピーポーが投げているインハイローの球を、しっかり受け取って、打ち返してるわけ。だからトんでるわけじゃなく、非常に明晰に言葉を出してるってことなんじゃないかな。

まあ、俺なんだけどね、書いたの。

―― (笑)。

マヒトゥ:これ坂口さんが書いたの? あとで送ってください。

坂口:いや、俺が書いたってのも冗談でね。今のはドゥルーズがゴダールについて書いている文章なの。「ゴダール」のところを「マヒトゥ・ザ・ピーポー」に入れ替えて読んだんだよ。新幹線で暇だからドゥルーズの『記号と事件』を読んでたら、「マヒトゥにこれ読めば良いんじゃね?」って思ったの。元気になったでしょ?

マヒトゥ:すごく元気になった……。

坂口:そういうもんなの。本ってゴダールがどうとかじゃなくて、マヒトゥに言えば元気になるんじゃないかとかそういうことなの。

マヒトゥ:頑張れる気がしてきた。

坂口:すごく良いこと言ってるでしょ? どこからでも曖昧でいるしかない人って疲れてくるわけ。お金稼ぐのもうまくないし。逆にお金稼げるようになってくると、また疲れる。俺も自分がつくっているときにただ降りてきたものを右から左に流す行為もするけれど、「恭平さん、どうやって食ってるんですか」っていう労働者目線に応えるものも出さなきゃとも思ってて。

マヒトゥ:だから坂口さんは、自分がつくったものがどういう風に響いているかのモニタリングもするってことですよね。

坂口:そうそう。自分がつくるものがすげえって感覚だけじゃなくてね。同時に労働者の視点があるってのが大事で。ドゥルーズがゴダールの作品について評価するときに、それを言っててさ。ゴダールって結局死なずにつくり続けてるんだよ。俺がマヒちゃんが面白いなと思ってるのは、作品を出せたら死んでもいいタイプの人だってこと。

それがなくなると、死にたく「なくなって」くる。死にたくなくなるのはやばいことなんだよ。今ここで死にたいってことは、正直でいるってことじゃん。

マヒトゥ:確かに。自分に関して言うと、何かを発したときに波紋を見ることはなくて。でも自分が出したものが100%で届いたこともないんですよね。それを見て落ち込む時間とかが嫌だから、それを見る前に次の何かを追いかけるほうが今の自分には合ってて。

坂口:みんなも嬉しいよね? マヒちゃんでも落ち込むんだって知ってね(笑)。俺なんか落ち込むときはすっごいけど何度もそれを人に見せてるから、もう誰も俺が落ち込んでも何も思わなくなった(笑)。

死なないために、書く

―― 今はこんなに周りのことを心配してるけど「新政府」をやっていた頃の坂口さんは見ていて心配で、よく40歳超えたなって感慨深くて。

坂口:それは俺も思うよ。でもあのときもさ、みんなが心配でやってたからね。でも飲み会で「今死んだら伝説だよね」ってよく言われてたよ。

―― あるときから「死なないこと」が合言葉になってましたよね。

マヒトゥ:そのきっかけは何かあったんですか。

坂口:それがね、書くということなんだよ。書くのが終わって1周すると2周目が始まるってことを知らなかったの。これがまあ表現の恐ろしいところで。2009年の『ゼロから始める都市型狩猟生活』のときに1周しちゃったの。1周するとさ、死にたくなって。もう書くことない、吸収しないとって。でも何をつくったらいいか分からなくって。絵を描いて売ったり、どうやって食っていくのかの労働者の視点はあるんだけど、同時に書かなきゃいけないのにどうしよかなって。

そんな中に東日本大震災が起きて、気がついたら新政府つくっちゃってたんだよね。あのときやってたのは、今俺が考えている「酋長」って考えにつながるんだけど。新政府の話を『独立国家のつくり方』に書いたら、これも一生懸命やりすぎてまた一周周っちゃって……。それで困ってるときに竹村さんに会って、『幻年時代』を書いたの。初めての小説を。

マヒトゥ:『幻年時代』ってとてもきれいな言葉ですよね。

坂口:『坂口恭平の幼年時代』ってタイトルだったの、最初は。でも震災の後に熊本に戻って、自分が4歳のときに砂と話してたこととか、竜巻起こしてたってのを見てたって妹に言われて。スピリチュアルな話じゃないんだけどさ、そういう幻みたいなことを一気に思い出したの。熊本に戻ってから。

―― 書くことの意味が変わったというか、習慣になったのは熊本に帰ってからですか?

坂口:そうだね。毎日10枚とか、『幻年時代』の時は毎日50枚書いちゃってたからね。

昨年亡くられた、石牟礼道子(いしむれ・みちこ)さんにお会いしたのが大きいんじゃないかな。小説を書き始めてからね。石牟礼さんも「恭平さん、私も死にたいの。どうすればいいんですか」とか話してくれたり、一方で俺も砂のヴィジョンとか人間と会話したくないこととかを話して。でもそれが書くってことですとか、いろいろ教えてくれたんだよね。

俺の書くタイミングって、パニクった時なの。もうヤバイ、って。家族も大丈夫?みたいな。でも家族も、こっから何かが生まれることが分かってるから「お父さん孕んでますから、もうすぐ生まれますから」みたいな(笑)。これからもきつい時はあるだろうけど、むっちゃ楽しみなんよね。何が生まれるか。

マヒトゥ:僕の場合は落ち込んだら動けなくなっちゃうから。もしくはクラブでめちゃくちゃ踊る。

坂口:おれも落ち込むけど、24時間落ち込むことはできないんよね。俺の場合は専属のいのっちの電話があるから、そこに電話すんの。

マヒトゥ:坂口さん専門のいのっちの電話があるんですね。

坂口:なんでおれがいのっちの電話やってるかっていったら、おれも同じことやってるからなのよ。橙書店の店主の田尻久子ちゃんなんだけど、電話すると

「はい、今どんな感じ?」

「いや、そんな話じゃなくてとにかくやばいのよ」

「目つぶってみて。何か見えた?」

「見えます」

「何が?」

「砂漠しかないよ」

「真っ暗じゃないんだ、やった! 私、頭の中が砂漠なんて経験ないから、見てみたい。それ書いて、書いて」

ってガチャって切られて(笑)。「え、ちょっと待って」ってなって。でも目が変わるわけよ。頭の中砂漠だって言ってはみたけど、実際に見たわけじゃないのよ。ついつい言葉にしたこと。だけど、相手には俺の言葉が伝わって、相手には砂漠が見えたわけじゃん。ってことは……って書くしかなくなる。

俺は「インサイドアイ」って呼んでるんだけど、眼球って頭蓋骨の内側にも半分あるわけじゃん? だからそこから内側を見る修行っていうか、それはやってる。ナイロビのシャーマンは全く同じことをやってる。頭蓋骨の内側にへばりついたものを、ランドスケープって言ってるわけ。

マヒトゥ:僕は友達に催眠療法師がいて、それに近いのかな。僕がやってもらったときはカラオケボックスで、周りもうるさかったんだけど(笑)。最初は半信半疑だったんだけど、最初の20分ぐらい目を閉じて、RPGみたいに声のガイドに沿ってイメージしていくんです。歩いたら木があるから、そこの根本にある扉を開けてくださいとか。本当は表に出したいんだけど、言葉になってないような深層心理が知れるらしいです。その人が書き取ったメモを見せてもらったら、首のない犬がどうたら変なことを言ってたと気づいたり。

坂口:いのっちの電話もそれに近いところはあるかもしれない。ただ違うのは、そこに意味がないってこと。そこで浮かび上がったランドスケープでしかないから。精神分析みたいにリビドーだとか、そういう診断に使わないようにしようって約束をいのっちの電話ではしとるね。メタファーではない。村上春樹ではない。春樹的なものがなんで良いかっていったら精神分析的だから、意味をみんながつけられるとこだとは思うんだけど。

いのっちの電話には、日本自体の「死にたい」が反映されてる?

坂口:いのっちの電話にかけてくる、シングルマザーの人とか、うつ病の人とか、みんな絵に描いたような、本に書いてあるような症状を自分で言うの。全員同じことを言うわけよ。それって、書いてあることを、まるで自分の症状のように思い込んじゃってる。精神分析しすぎなんだよ。

だから「もっと違う、思いつくことないの」って訊くと、詩がぽっと出てきたり。言葉ってやっぱり伝達じゃない役割もあって、そういうのが出てくるんだよね。でも、みんなが発達障害だとか、自己愛性人格障害だとか、すぐ読んだ言葉で自分をまとめちゃう。

マヒトゥ:受け取り方次第ではどうとでもとれちゃうというか。

坂口:そう。『まとまらない人』っていうタイトルも、結局そういうまとめサイト的なものに対する抵抗だったのかって思うぐらいで。意味とかじゃなくて、意味に回収されずにどっかに行こうとしてるものが、その人を待ってるんじゃないかなって思うんだよね。風景とかね。

マヒトゥ:存在する何かのカテゴリの中に自分を置いていくっていうのは、今日来ている人もやってることだと思うんですよ。物事を円滑に進めるためにそうしてると思うんだけど、全感覚祭にしろ音楽をつくるにしろ、来てくれた人や聴いてくれた人をそういうカテゴリから解体できないかって考えてるんです。枠の中にいる人を、一人ぼっちにする方法ですね。ちょっとした主語の使い方とか、方法は考えるんだけど。坂口さんは何か思うことありますか?

坂口:俺はそれが死にたくなるタイミングなのかなって思ってる。死にたくなったら一人ぼっちになるよね。俺のいのっちの電話の場合は、それがあってやっと「はじめまして」になれる。「自分のことを全部意味に回収したいですよね。でもね!」って。でもそれをやってもなんにもならないよ、やってみようって思う気持ちとか心地いいとかないの?って訊く。

そうすると結構みんな、心地いいのが何か考えたことないって言うわけ。「親が~」とか「学生時代は~」とかすぐ言う。いやいや、そこじゃなくて、幼稚園のとき何が自分の琴線に触れたとかっていうことを、聞いていく。言語から離れて、自分の言語と向き合うように。

マヒトゥ:いのっちの電話って、電話って手段でやってるのが良いと思ってて。文字になってる情報と、温度をもった声って別のものですよね。最近思うのは、Twitterとかって、書き言葉として「対みんな」ってものがシステムの中に始めから用意されてるんですよね。みんながアカウントを持って、知っている人を中心に関わっているように見えて、でも書き言葉としては「対みんな」にしか向けられないようになってて。同じ嗜好の人とコミュニティつくったり、喧嘩したりするのには向いてるけど。

その点ラジオって、多くの人に発信されているけど、聞くのはあくまで一人で。話しかけられているように感じる。それはすごくメディアとして今の時代にフィットしてるなって思ってて。いのっちの電話はさらに電話だから一人しか聴けなくて。その先を行ってますよね。

坂口:俺も声にしか興味ないから。いのっちの電話でかかってくる声は、ほとんど天の声みたいなもんだと思ってる。俺以外の他の人には聴けない声。どこにも行き場のない、存在しないことになってる声。電話をかけてくる主体の人間が見えてないから。

人間って生きてる限り、どこかしらの地面に足をつけてるわけじゃん。地面からiPhoneみたいに充電してるわけじゃないけど、地面にあるものがその人の声になっている感じがしてる。だからそれを見捨てるのか、見捨てないのかって選択を迫られてる気がしてくるんだよ。さっきの話にもつながるけど、その人個人の考えに思えても、全員同じことを言ってたりするんだよ。

最近は「死にたい」って電話が毎日10件ぐらいはかかってくるの。1件30分かけてるから、ヤバいよね。最近感じるのは、日本人ひとりひとりが今死にたいんじゃなくて、日本という妄想の共同体自体が、自殺しようとしてる可能性があるんじゃないかってこと。

安倍首相が言うことも声じゃん? でもその声は誰にも届いてないじゃん。声が伝達してない。誰にも言えない声が全員死にたい、こんなの嫌だって、人間一人がじゃなくて共同体自体が自殺しようとしてるんだよ。あの震災、2011年の3月11日のあと、正確には3月12日からだよね、それ以降ずっと、声が変わらない。非常にまずい方向に向かってる。人間ひとりひとりの声って全部つながってる。Twitterに書かれてる言葉とは比べ物にならない。

マヒトゥ:「全員死にたい」っていうのは、裏を返せば「全員生きたい」ってことでもありますよね。電話してくる人もそうだと思うんですけど。

坂口:そうそう。生きるために、死にたいって言うんだよね。リストカットもそうだけど。みんな「死にたい」っていうのは一緒なんだけど、やりたいことはそれぞれ違うわけ。その人本来の声は違うんだよ。口にしてる言葉はみんな一緒でも。声の二重化が起きてるんだよね。自分の声が、共同体の声になっちゃってる。

芸術ってのは、その声を引き出すわけじゃん。マヒちゃんが出そうとしているのはそういう声だろうし、それってすごく大変だろうと思ってるから。表現活動してる人ってみんな一緒の目的じゃないし、やり方も違うだろうけど、そういう孤独に向き合う宿命はあるだろうから。協力する必要があると俺は思ってるよ。

トークが終わると予定にはなかったが、坂口さんが「飛行場」を、マヒトゥさんが「失敗の歴史」をそれぞれ弾き語ってくれた。お二人の対話の内容も相まって、歌詞が静かに身体に染み入ってくるような感動に会場が包まれてイベントは終了した。

―― 実は以前、僕も「いのっちの電話」に電話したことがある。躁鬱の波にやられ一文無しになり、ハイでありながら、でも死にたくなっていたときのことだった。坂口さんのアドバイスを受け、奇しくも『まとまらない人』の編集・リトルモア加藤基くんの助け舟を得て、なんやかんやあって今は安定している。ただ時折グラグラ揺れるような不安定さにも苛まれる。そんな人は、どう生きていくべきなのだろう。イベント終了後、坂口恭平さんにインタビューをさせていただいた。

自分の人生の巻物のなかに、やりたいことの一行はある

坂口:今はさ、いろんな話が来ててさ。俺のドキュメンタリー映画撮りたいって人とか。いのっちの電話の音声を、許可もらって公開したいとかさ。

―― それはオープンダイアローグ的に、癒やされる人が多い気がします。

坂口:そう、聴けばいいわけじゃん。俺の話を聴けばいい。Twitterにたまに書き起こしてる、いのっちの電話のやりとりでもいいよ。自己啓発本を読むよりずっと良いと思うよ。全部違うところがいいんだよ。彼らが言語化していることと、本当に思ってることがさ。

―― エクリチュール(書き言葉)とパロール(話し言葉)の違いというか、書き言葉を使うと、自分の気持ちから離れるような感覚を得ることがありますよね。

坂口:そうだね。もっと言うと、俺はいのっちの電話をかけてくる全員に、テキストの訓練をさせたいわけよ。何らかの精神分析じゃなくて、そっから抜け出す作業を言語で書くってことで。でもそういう本は売れないから、売れるアクセントとかを入れちゃうんだよね。そっちにいったらいかん、と。売れればいいって世界になっちゃってるから。表現する人たちをもう一度くくり直したいっていうか、その人たちがもっと責任持たないといけないと思うんだよね。

―― 思わず誰かが書いた・話した言葉でしゃべってしまうことがあります。

坂口:でもそんなことを表で言いながら、家では泣いてるわけじゃん。俺知ってんだから(笑)。それこそ安倍ちゃんが泣いてるわけなんだよ。常に俺はみんなを気にしてるんだよ。モニタリングしてるからさ。

―― Twitterができる前から複数のタイムラインを坂口さんが持ってたような(笑)。

坂口:そうそう、俺が一人で勝手にタイムラインをつくってたね。俺は心配してるだけだから。嘘ついてる人とか見るとすごく気になる。嘘はばれるって言葉があるからさ。

(ここでいのっちの電話がかかってくる。「今インタビュー受けてるから、幼稚園の時、小学校の時……何に興味があったか、好きだったかを考えてもらってていい? 後でかけ直すから」と坂口さんがお相手に伝える)

坂口:いやいや……こんな感じでかかってくるんだよ。『まとまらない人』にも書いたけど、もう精神科医が俺のこと紹介したりしてるから(笑)。これが商売になったら難しいんだよね。経済活動を介しては残ってほしいとは思う。態度経済というよりは敬意経済って呼んでる。よくぞ電話してくれた、と。その人に可能性があって電話をとってるんだから。

こういう時にさっき話したゴダールが効いてくる。今日読んだ文章とかもさ、マヒちゃんへの励ましも含めてだけど、おれが目指しているところだから。なんとかつくりながら生き抜くってこと。俺は実はコントロールされてもおかしくないから。分かんないけど、自殺者を減らすほうが危ないから、国は対策してないのかもしれないんだから。自殺者を放置するのが重要な人がいるのかもしれない。

―― そこに何がしかの意味があるから何もしてないと。どこか『1984年』の「ビッグ・ブラザー」のようではありますよね。

坂口:陰謀論のつもりはないけど、そういう意識はあるよね。みんな無意識でいるけど、自殺者が毎年3万人いて、それでパニックになってる人はいないわけだよね。人身事故もそう。電車で人身事故があって、みんな喪に服してるかと思ってたら、毒吐いてたりとか。だから俺最近、電車に乗れないんだよ。あまりに死を弔う感覚がない空間だから。

―― テレビのニュースで悲愴な面持ちで交通事故のニュースを読み上げたキャスターが、すぐ切り替えて芸能情報を笑顔で伝えるような……。そんな感覚が一般人の日常でもある感じですよね。

坂口:俺はなんでか、死を身近に感じることはバッチいとは思わないんだよね。俺の母親とかはいのっちの電話やってても「なんで死ぬ人を内側に入れるの。あなたが守るのは家族でしょ」って言うんだけど、俺は自分が関わったやつが死ぬなら家でやってほしいって思うんだよ。バッチいから怖いわけだよ。忌避してるものが近寄るわけだから。俺はなんとも思わない。

―― なんで死をバッチいと思わないんですか。

坂口:ある日、タクシーの運転手の具合が悪くなって、冷静にハンカチを口につっこんだんだよね。バッてなぜかそこで『ER』感が出てくるんだ。すごいゾンビみたいな真っ青な顔になってたけど、何をすればいいか分かった。たぶん、躁鬱だからなんだろうけど、恐怖心がなくなってるんだな。普段から地震でユレてるんだから、その世界では一番冷静なやつになれる。普段から死体を感じてるってことよ。

なんでみんなが死体見て不安に思うかっていったら慣れてないから。俺は死ってものが常に寄り添ってる。いのっちの電話もしているし、常に死ぬかも知れないって感覚のそばにいる。だから死を汚いと思わないんじゃないかな。

―― とても納得しました。僕が坂口さんにいのっちの電話をしたときって、躁鬱混合状態のピークだったんですよ。ハイのまま明日には死ぬような。今は落ち着いているようでいて、実はグラグラするのに慣れたのかもしれないです。『ドラゴンボール』でセル戦の前に、孫悟空たちが常にスーパーサイヤ人でいる状態をつくるんですけど、そんな感覚というか。

坂口:だから俺らは生き残れたんだよね。躁鬱の人がマラリアになんなかったからその遺伝子が生き残ったって話を何かの本で読んだんだよ。みんなが高熱になるときに、平熱でいられる。それが俺らの適材適所で。俺はずっと人員配置を考えてるんだよね。

3.11のときにも、当時の民主党の議員会館に電話して「人員配置をちゃんとやろう」って言ったんだけど、爆笑されたのよ。俺は真面目だったんだけど。最高の勘違い野郎でしょ? それで新政府をやった。芸術家だからとか、自分の芸術を追求しようとかじゃなくて、俺の目的は人員配置だからね。

―― 社会全体の治療をしようとしているような。

坂口:ヒーラーであるしかないからね。それが酋長ってことだから。カリスマじゃないわけよ。いっつも頼まれごとばっかりなのよ(笑)。俺、偉ぶってると思われるけど、めっちゃ気使っててやってて。『まとまらない人』って言いながらまとまってるんだよね。超作戦練ってる。

―― 今日のお話を聞いていても、坂口さんは自分自身にもモニタリングされてる気がしました。自分をプレイヤーとして、後ろで見てる人がまた別にいるっていうか。

坂口:そうだね。気を遣うんだよ。人への油断がないんだよ。幼少のときから、人に対してさ。敬意を持つっていうか。

―― 何かやるんじゃないか、とか。

坂口:そう。バスでたまたま席譲った人が占い師で、俺を見て「ひいっ!」って言うわけ。「あんた、なんでもできるよ。天地を動かすよ」って言われて。

小学校4年生の時のあこがれの職業が『ドラゴンクエスト』の勇者だからさ。なんでもできる。すべてにおいて勇気を持ってるって強いでしょ。任侠なんだよな。何の任侠にも入ってないんだけど、いつ死んでもいい、一番前で刀持たずにいるってこと。

―― 坂口さんがおっしゃる「酋長」もコミュニティやパーティを代表してなんでもできる人、器用で率先して新しいことを覚えていく人ですよね。

坂口:そう、それが俺にとってはバランスをとることなんだよね。例えばうちの息子が三食チョコレートしか食べようとしないわけ。妻のフーは「ありえないでしょ!」って言うけど、俺は「食べたいっていうならチョコレート食べさせるしかないんじゃね。フーには俺の血は入ってないけど、こいつらには入ってるから。ごめん、一概にはダメって言えない」って。

だから月に1日は好きなことをしていい日をつくってるの。食べたければチョコレート食べていいよ、ゲームを24時間やりたければやっていいよって。いのっちの電話で質問するのもそれ。やりたいことは、その人の人生の巻物に書いてあるんだよ。人生に蓄積された、その中にしか答えはないから。でも逆にそれがあるってことだから。俺も絶望や不安を体験して、もがいてつくって、出せてこれたんだから。その巻物から一行見つけたら、そこから広げられるからってみんなに言うんだ。自分の書物を見つけるってこと。それがあれば、死なないわけなんだよ。


  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

SERIES

  • 幻想と創造の大国、アメリカ
  • ブックレビュー
  • クレイジー裁判傍聴
  • オランダ発スロージャーナリズム
  • Wアフリカ少年ニュース
  • FINDERSビジネス法律相談所