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山口の限界集落で起きた5人連続殺人事件。その複雑で、面倒で、しばしばつまらない「事実」を丹念に見つめていくこと【高橋ユキ『つけびの村』】
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  • 2020.01.20
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山口の限界集落で起きた5人連続殺人事件。その複雑で、面倒で、しばしばつまらない「事実」を丹念に見つめていくこと【高橋ユキ『つけびの村』】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

火事は野次馬を群がらせ、フェイクニュースは大衆を引きずり回す

2013年7月、14人が暮らす山口県の集落で5人の遺体が見つかった。5人は全員撲殺。そのうち3人が住んでいた家屋2軒は放火され、「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という犯行声明のような奇妙な張り紙も見つかった。その張り紙を自宅の玄関脇に貼っていた保見光成(以下、保見)が容疑者として逮捕された。

保見は逮捕当初には犯行を認めていたものの、山口地方裁判所での初公判ではこれを翻し無罪を主張。精神鑑定を行った結果「妄想性障害」があると判断され、鑑定人によると「両親が他界した2004年ごろから、近隣住民が自分のうわさや挑発行為、嫌がらせをしているという思い込みを持つようになった」という。

逮捕後、県警が山中で発見した保見の持ち物だとされるICレコーダーには、奇妙な言葉が録音されていた。この村で一体何が起こったのか……。

「ポパイ、ポパイ、幸せになってね、ポパイ。いい人間ばっかし思ったらダメよ……。
オリーブ、幸せにね、ごめんね、ごめんね、ごめんね。
うわさ話ばっかし、うわさ話ばっかし。
田舎には娯楽はないんだ、田舎には娯楽はないんだ。ただ悪口しかない。
お父さん、お母さん、ごめん。
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、ごめんね。……さん、ごめんなさい……。
これから死にます。
犬のことは、大きな犬はオリーブです」(P15)

高橋ユキ『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)は、この事件の真相を探りながら、現代社会における「真実」のあやふやさと、それを追い求めるライターの葛藤が素直に吐露されている。

2017年1月に、東京で週刊誌の記者をしつつ、主に殺人事件の公判を取材するフリーライターとしても活動していた著者のもとに、ある月刊誌の編集者から前述の「山口連続殺人事件」の追跡取材の依頼が舞い込む。保見が住んでいた山口県周南市金峰地区にかつてあったという、夜這いの風習について取材だった。こうして東京に暮らす著者は、いわば「ど田舎」である限界集落の世界に踏むことになる。

「限界集落」とは、社会学者の大野晃氏により1990年代に提唱された概念で、その定義は「人口の50パーセント以上が65歳以上の高齢者となり、社会的共同生活の維持が困難になった集落」とされている。これに照らせば事件当時、金峰の郷集落はまぎれもない「限界集落」だった。8世帯12人のうち、65歳未満のものは保見の他に2人しなかった。(P79)

著者が取材を進めた結果、保見が話していた「うわさ話」は実在し、その発信源は、週に一度開催されるコープ(生協)の寄り合いであることがわかった。そして、うわさ話の矛先はもちろん保見にも向けられていた。ど田舎で展開される、虚実入り混じった噂話に渦巻く人間関係に、著者はフェイクニュース全盛の現代社会の本質を見出していく。

裁判傍聴は覗き見か?赤の他人に向き合うことの稀有さ

メディアがこぞって犯行声明とみなした「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という川柳が、実は金峰地区で過去にあった高齢者同士の争いを描写したもので、事件とは全く無関係なものであることを著者は発見する。そして、獄中の保見とコミュニケーションをとりながら、彼から見る世界がどのように歪んでいったのかの痕跡をたどっていく(以下、引用の「ワタル」とは保見光成のこと。元々の名前が「中(わたる)」でのちに「光成」に改名したという)。

本当に、この村は“うわさ話ばっかし”だった。
それは、ワタルとその父・友一に関するものだけにとどまらない。
事件当初からこの村ではワタルへのいじめがあった、と騒がれていた。だが村人たちに話を聞けば、草刈機を燃やされた話は真偽不明であり、河村二男さんに農薬を撒かれたという話も、実際には農作業の際に多く農薬を撒く河村さんと、それを「故意に撒かれた」と受け取ったワタルとで認識が違っていただけのようだ。(P127)

ぼんやりと姿をくらませる真実。2005年に裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を女性4人で発足させた著者は、部屋の中に飛び入った虫をいち早く排除しようとするような切迫性ではなく、カゴに入れた虫を観察するように、忍耐深くその輪郭を見つめ続ける。そしてコンテンツ投稿サービスのnoteで、途中から1記事100円の課金形式で記事を配信しつづけネットで話題となり、書籍化にこぎつけた。本書の後半では、noteの記事を標本のように見つめ直して大幅な追加取材・加筆を行い、単なるルポルタージュにとどまらない、事件のあらましの一般化がおこなわれていく。

実際に、凶悪事件が報じられても、世間から忘れられるスピードが速くなってきた。事件発生から数ヶ月後、編集者に「犯人の肉声を記事にしたい」と相談しても「僕も忘れてたし、もう世間からも忘れられてるから」とNGを出されることも増えた。
ノンフィクションは売れない、と言われて久しく、一つの事件を継続して追い、それを雑誌に掲載することもだんだんと難しくなってきた。(P175)

「他人にぶつかったら、謝りましょう」「歩きながらスマートフォンを操作するのはやめましょう」というような、小学校の廊下にあるかのような張り紙が公共交通機関の中や駅に多数掲示される現代日本。多くの正論が振りかざされ、ぶつかり合うのは都会でも田舎でも同じようだ。赤の他人の裁判に継続的に潜入し、そこに散らばるそれぞれの人生の片鱗を見つめることは、単なる覗き見ではなく、正論の大渋滞から這い出られるような確固とした意志を持つための、ひとつの手段なのかもしれない。

ノンフィクション本に「学び」や「気付き」は必要?事実を事実として見つめた先の「惑い」

本作はノンフィクション作品とカテゴライズされることが多いかもしれないが、内容はフィクション映画さながらの手法が採られている。たとえば、金峰地区の高齢者の話を集めて、架空の古老の話を仕立て上げた「古老の巻」では、限界集落をかつて束ねていた伝統行事の存在が浮き彫りにされていく。そして、特定の立場に肩入れすることなく、地域の歴史や風俗史、事件の前後の流れも含めたすべてが「事実」として見つめられている。

自分が遺族であれば、自分が被害者の立場なら……この“仮定法”は便利な一方、危ない言い方かもしれない。実際のところ、私は被害者でもなければ、遺族でもない。この考えのもとでは、ワタルに限らずすべての殺人犯が、死刑に処されなければならなくなる。(P288)

この視点は、たとえば年明けから世界的な「うわさ話」として展開されているイラン・アメリカ情勢にも応用できる。トランプ大統領、アメリカ国民、ソレイマニ司令官、ロウハニ大統領、イラン国民、安倍首相、日本国民、ウクライナ航空機に乗っていた人々とその家族・友人たち。「立場」は無数に存在するが、私は私でしかなく、私は決して他人にはなれない。

ライターとして、一歩引いた視点を持つという責務を自覚している著者は、ノンフィクション本の「よくある展開」を疑う。生い立ち・経緯・人物相関図・遺族のその後・犯人への取材・状況や動機の分析。終盤には「驚きの真実」が明らかになり、読後はジェットコースターに乗った後のようにスッキリさせてくれるような展開が望まれ、そうでないものは「期待したわりに大した話じゃなかった」とネットのレビューで叩かれる。だが、ここに著者が加えたのは、真実と偽りの狭間で自分自身が感じた戸惑いだった。

いつの頃からか、出版業界は、このスタイルにはまっていない事件ノンフィクションの書籍化には難色を示すようになってしまった。ノンフィクションは新書と同様、読み手に何らかの“学び”や“気づき”を与えるものでなければならないというのである。(P290)

迷いや惑いというある種の「弱さ」によって読者との連帯を試みている本書は、リビングで茶菓子をつまみながらドロドロしたニュースを眺める、いわば対岸の火事を眺めるような気分ではなく、茶室で背筋を正すような、自分の内なる灯火の所在を探したくなるような気分に読者をさせてくれる。もちろん事件や保見の人物像に関する詳細な記述もされているが、そちらはぜひ書中で、著者自身の言葉で読んでもらえればと思う。


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