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鬼のように「良い生活」を求めてベルリンへ。その地で生まれる暮らしと漫画|香山哲(漫画家・イラストレーター・ゲームクリエイター)
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  • 2020.01.07
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鬼のように「良い生活」を求めてベルリンへ。その地で生まれる暮らしと漫画|香山哲(漫画家・イラストレーター・ゲームクリエイター)

日本からドイツ・ベルリンに移住し、その生活や街のことをウェブ漫画「ベルリンうわの空」シリーズとして連載する香山哲さん。漫画制作の他にも、イラストやゲームの制作、プログラミングなど、さまざまな活動をしながら日々過ごしている。そんな香山さんの目的は“良い生活を送る”こと。 

どうしたら良い生活が送れるのだろうか。そもそも自分にとって良い生活、豊かな生活とはなんだろう。そんなことを考えさせてくれる香山さんの作品にも触れながら、独自の目線で捉えたリアルなベルリンでの暮らし、社会のシステム、人々の意識の違いについて話を聞いた。

取材・文・構成:赤井大祐 画像提供:香山哲

香山哲(かやまてつ)

漫画やコンピューターゲームやエッセイなどを制作。

信州大学生物科学科卒業、神戸大学大学院医学系研究科中退。2008年から漫画、絵、デザイン、文章、アプリやソフトウェア開発をフリーで行う。2001年から本やソフトウェアなどを発行するレーベル「ドグマ出版」を主催。2013年から拠点を適当に動かし続け、現在はドイツのベルリン。

漫画「この世の果のアリス」がドグマ出版漫画賞受賞(2002年、自分で授与)。「香山哲のファウスト1」が文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査員推薦作品に(2013年)。「心のクウェート」がアングレーム国際漫画祭オルタナティブ部門ノミネート(2017年)。 

自分の時間をどうやって満たす?

―― 香山さんは最近ベルリンへ移住されたということで、まずはじめに、今のお仕事や生活のことについて教えて下さい。

香山:2018年に東京からベルリンに移住して、漫画を描いたりしながらその収入で生活しています。メインはベルリンへ移住してからの生活をベースにした「ベルリンうわの空」という漫画のシリーズを隔週で連載しています。それとは別に月刊のイラストエッセイの連載もしているので、継続的な仕事はその2本です。

―― 「ベルリンうわの空」シリーズはどんな作品なんでしょうか?

香山:ベルリンに引っ越して、しばらく語学学校に通ったりしながら生活をしていて、その中での出会いや気付き、文化や社会の違いを描いたものです。なにかワクワクする冒険があるわけではなく、あくまで普段の「生活」をベースに描いたものです。

シリーズ2作目となる「ベルリンうわの空 ウンターグルンド」は、現在ebookjapanにて連載中。ベルリンでの生活が虚実交えて描かれている

生計自体はマンガ連載だけでも成り立つのですが、取材期間などで仕事ができないときの蓄えなども考えて、色々と他の仕事もしています。ただ、漫画のページ数だったりは編集者の方と相談してこれだけ稼げれば充分だ、というところまで出来るだけ抑えてもらったりしています。

―― やろうと思えばもっと仕事もできるということですね。どうして意図的に制限しているのでしょうか?

香山:僕は普段の生活がなによりもすべての源になっています。その生活の中で遊びや読書、会話など、さまざまな肉体的・精神的体験が起こり、それが思考に発展して、もし意欲と組み合わされば制作となりますし、作ったものに運良く買い手が現れればお金に変換できて、また生活が続いていくという感じで考えています。

「ベルリンうわの空」より

例えば、語学を勉強すると体験の種類が広がって思考にいい影響が出るし、運動をすれば制作の集中力や負荷が改善する。そうやって色々な方向から自分の生活を補強するための時間を確保するためにもマーケットに向けた仕事量は極力減らして、鬼のように良い生活を追求しています。

もちろん、ここでいう「良い生活」とは、たくさんお金を稼いで高級なものを食べるとかではなく、自分の人間性や理想にふさわしい出来事、体験、思考、感情で自分の時間を満たしていくということです。なので、自分の生活にふさわしい量の収入があればいいと思って今のような形にしています。 

日本を選んで生まれてきたわけじゃない

―― そもそもどうしてベルリンへ移住しようと思ったのでしょうか?

香山:やっぱり、すべての中心である「生活」をできるだけ良いものにしていこうということが理由です。そのために、成人してから国内でもあちこち引っ越してみたりして工夫したのですが、調べるほど、考え方や社会のシステムが自分に合う国が日本以外にあるなと思っていて、金銭面やリモートで働く準備が整ったタイミングで本格的に移住を検討しました。自分は別に日本を選んで生まれてきたわけではないので、都道府県の中で住む場所を選ぶのと同じように、国にこだわらずに自分の考え方に適した場所にした結果です。

過去作「心のクウェート」(2013)より

―― 最初からベルリンに移ろうと考えていたんでしょうか?

香山:いえ、他にもいくつかの国を見たのですが、ドイツはクラウトロック(編注:1970年代ごろにかつての西ドイツで流行した音楽ジャンル)などの文化やその周辺の歴史とかに興味があって調べたりしていたので、国の雰囲気をなんとなく知っていたのが大きい理由だと思います。あと実際に生活してみて、夏は22時まで明るくて湿度も低いとか、特定の虫がいないとか、キツイ広告が目に入ってこないとか、そういう部分でとても住みやすいなと感じました。

「ベルリンうわの空」より

地理的にもドイツは8つぐらいの国と隣接していて、近隣国にも飛行機や電車やバスを使って往復数千円で簡単に移動できたりするのも良いです。ドイツの中でもベルリンはさまざまな国や地域からいろんな人種の人が来て住んでいるので、街に存在する情報やセンスの種類も豊富で、視野を広く持てるのも良いなって思います。

あとは家賃、電車賃、食費など、生きているだけで絶対に発生してしまう費用が日本と比べると安いことも一つの理由です。仕事が安定していなかったり、収入が少ない人でも贅沢しなければ普通に生活していけるような社会の仕組みが、自分に合っているというか、当たり前のものとして感じました。

とはいえ、移民に対する差別や嫌がらせなども少なくはない。「ベルリンうわの空」より

知識の量ではなく“知識の多様さ”を考える

―― 「ベルリンうわの空」では大人と子ども、店員とお客さんなど、さまざまな二者がみな対等に会話をしている印象があります。こういったこともベルリンの特徴のひとつでしょうか?

香山:ベルリンに限った話では無いと思いますが、一つの命と一つの命に立場的な違いはないというような意識が強いなって思います。その点でいうと日本では年上を敬うとか男の人の方が無条件に強いだとか、別のルールが相対的に強く根付いているかもしれないですね。

ベルリンのような多国籍な人種が混ざっている地域だと、知識のあり方や方向性も多様だなって思います。例えば子どもでも、イスラム教徒で小さいころから僕の知らない色んなことを勉強しているとか、馬の乗り方をよく知っているとか。それぞれが知っていることの方向性が違うということを理解しあっているので、お互いに尊重できるし、気軽に話かけることができる空気感につながっているんじゃないかって思います。

子どもだからこそ知っている、ということも実は多いはず。「ベルリンうわの空」より

―― 確かにそれはさまざまな文化的な背景を持っている人が集まっているからこその気づきかもしれないですね。

香山:日本でもたまに新聞に載るような昆虫博士みたいな子とか、8歳でプログラミングができるとかそういう話はよくありますよね。昆虫博士やプログラミングはパラメータとしてわかりやすいけれど、そうじゃなくても、例えば壁とか葉っぱの色について感受性が高いとか、外からは見えづらいけれどそれぞれが生きている時間分、そういった知識や感性を伸ばしたり自由に遊ばせたりしている。それぞれ異なった経緯をみんなが持っているという認識があるなって感じます。

―― 香山さんの漫画を読んでいると、人々の思想や考え、社会や街の雰囲気など、おそらく自分が普通に生活しているだけでは気づかないような細やかな事柄に気付かされます。作品作りのときはどのようなことを意識しているのでしょうか?

香山:僕が描いている漫画は、忙しくて時間のない人とか、付き合っている友達の種類が本人の理想より少ないとかで視野を今より広げたいと思っている人に対して、生活とか考え方に新しい道や方向性を与えたいというのが一つ大きくあります。ワクワクした冒険を描きたいとかドキドキするようなエンターテインメントを作りたいという気持ちはほとんどないんですよね。

というか、本当は文章で読んでもらえるならそうしたいぐらいなんですが、人間は漫画にすると読むという習性があるのでそれを使っています(笑)。もちろん漫画を描くのが楽しいということもあります。

noteでもさまざまな形で文章を公開している

専門書が最高な理由

―― ある種の啓蒙活動みたいなことですね。そのための情報収集はどのようにしているのでしょうか?

香山:日常生活の中で感じたことや考えたことを描くこともあるのですが、それを補強していくためにも、そのとき関心がある事や描きたいテーマの専門書などを読むようにしています。学術的な専門書やリサーチをしっかりした本って、クオリティや注がれたパワーがすごいのに中身にアクセスする人が少ないですよね。なので、関心のある分野はどんどんインプットするようにしています。面白くて、深度や信頼性が大きく、得た知識に希少性がある。最高です。

―― 「専門的で難しい本をちゃんと読める」みたいなことってベーシックですがとても大切なスキルですよね。情報収集といえば今はSNSが主流になりつつあります。

香山:SNSであらゆるの情報をキャッチできる気がしちゃいますが、フィルターバブルなんて言われているように、自分の知っているものとか自分の都合のいいものばかりが流れてくるよう内向きな作りになっているんですよね。ただそれはSNSだけじゃなくて、漫画なんかでも同じような設定のものばっかり読んでいたりすることって多いんじゃないかなって思います。なので、できるだけ新しかったり、知る機会が少なそうなことをピックアップするようにしています。

ーー 最近はどんな本を読まれましたか?

香山:連載中の「ベルリンうわの空 ウンターグルンド」でホームレスのような人でも使える公共の施設づくりをする話を描いていて、その関連でホームレス支援とかの専門書をたくさん読んでいます。他にも直近だと『人間の経済』宇沢弘文(新潮新書)と『地下道の少女』アンデシュ・ルースルンドとベリエ・ヘルストレム(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。

作中では一から作っているが、ベルリンにはいくつかこういった施設が実際に存在する。例えば「Duschmobil」という、大型の車を利用したものなど。「ベルリンうわの空 ウンターグルンド」より

巨匠から逃れる作品づくり

 ―― 香山さんの作品はルポ漫画っぽくありながらも虚実入り交ざった不思議な作りになっているのが特徴かと思います。特に人間がみなクリーチャーのような姿で描かれているのがとても印象的ですが、どのようにして現在のスタイルが作られたのでしょうか?

人々の不思議な相貌も作品の魅力の一つ。「ベルリンうわの空」より

香山:まず、虚実を強弱色々と混ぜて描いているのは、読む人が「これは本当の話?」と思ったりする方が、画面にあるものだけを見てその土地や状況を理解した気になるよりも、読者の何らかに寄与できると思ったからです。読んだ人が真相を調べたり、類推してみたり、いろんな反応をして、ただ受け入れるだけではないものにしたいと思って、今のような形をとっています。

普通に話していた人が実は幽霊だった、なんてことも。「ベルリンうわの空」より

―― フェイクを入れることによって、ある種のアンチ・フェイクニュースみたいな形にもなっていますね。キャラクターに関してはいかがですか?

香山:日本における漫画ってやっぱり良くも悪くも手塚治虫時代の諸作が基礎を固めたというところがあって、例えば手塚治虫の描く女の人はアイメイクをしていなそうなキャラでも全員まつ毛がバチバチになっているんですよね。

「リボンの騎士」のサファイアは実は男女の心をもつトランスジェンダーという設定なので、明確に女性ではないが、他のキャラクターもこのようにまつ毛が長く、目がくっきりと描かれていることが多い。

漫画的な表現ではあるけれど、本当は男女で目のつくりにそんなに違いはないし、固定化されたジェンダー観がすごく反映されているんです。そういった表現が今も日本の漫画の中に残っていると思っていて、できるだけ距離を取りたいと考えているので、性別や年齢など外見の特徴が分かりづらいように描いています。

とは言いつつも、手塚治虫をはじめとした作品にはとても影響を受けているなと思います。それでも古いと思う部分からはできるだけ逃れたいという思いはあるので、吸収して引き継いていく部分と、旧世代の限界だと僕なりに認識して取り除いていく部分とをしっかりと考え、作品を作っていきたいなって思っています。


『ベルリンうわの空 ウンターグルンド』
シリーズ2作目として、現在、ebookjapanにて連載中。

1作目の「ベルリンうわの空」は完結済みで、ebookjapanにて電子書籍版を購入可能。
1月17日にイーストプレスより紙書籍も発売。

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