ITEM | 2019/12/23

2020年の新ビジネスアイデアを求める人が学ぶべき、アーキテクチュアル・シンキング(建築的思考法)入門【西澤明洋『アイデアを実現させる建築的思考術』】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

実は日常にありふれている建築学的な物事

1年の世相を表す「今年の漢字」。2019年は令和の「令」となった。時間は否応なしに流れ続けるので、何かと人間は1年、1カ月、1週間、1日、はたまた1世紀などといった単位で時間を区切りたくなる。そして時を超える存在に憧れる。そのひとつが建築だ。

西澤明洋『アイデアを実現させる建築的思考術』(日経BP)は、「建築的な考え方(アーキテクチュアル・シンキング)」をさまざまな社会領域に応用させるべく、建築以外をメインフィールドにする7人のインタビューを編纂した一冊だ。インタビュー対象者の肩書は映像ディレクター、デザインストラテジスト、マーケティングディレクター、求人サイト会社代表、プランニングディレクター、コミュニティデザイナー、社会福祉士、メディアアートディレクターなど幅広い。7人の仕事内容にあわせて、構造、コンテクスト、コンセプト、場、考える、共創、構想力という7つの章立てがなされている。著者は建築のアカデミックバックグラウンドを持ち、100社以上のブランディングを手がけてきたブランディングデザイナーだ。

本書の冒頭で、建築のプロセスにみられる4つの特徴が挙げられている。

・協働性(大人数が関わる)
・社会性(社会的意義を問われれる)
・確実性(建たなければいけない、失敗は許されない)
・統合性(一貫性を求められる)

まず身近な例から、「建築的考え方」を紐解いていこう。構造の章でグラフィックデザインについて話されている箇所で、本の成り立ちは建築学的にとらえることができると例示されている。

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グラフィックの情報を構造という視点でみると、例えば雑誌などの誌面も、タイトル、リード、本文という構造がある上で、誌面のグラフィックとしての意匠があります。また紙に情報が印刷され、それを束にして製本された「本」という物質的構造もあります。当然、同じように本や雑誌をデザインしようとすると、通常はそれらの制約条件を受けるところから意匠がスタートします。(P46)

この書評も然りだが、リード文や本文は文字数目安に影響を受けており、内容は媒体の方向性に沿っている。特段の説明なく俳句一句で済ませたり、2万字の大論考を書いたりすることは難しい。筆者が3000字目安の記事を書く際によく採るのは、5000字ほど書き、3000字前後まで減らしていくという手法だ。映画演出の際には、セリフを書いて、本番で魚の骨のようにセリフを抜くということをしたりする。CMのイメージをクライアントと擦り合わせるときも、架空のナレーション原稿を企画段階で書いて撮影に臨み、そのナレーションは結局使わないという方法が有効な場面は多い。このように、物事の骨組みや、木で例えるならば根・幹・枝葉の付き方がどうあるべきなのかということを本書は題材にしている。

建築的思考の本質は、関係性の探求にあり

先に引用した箇所は構造についてだったので、次はコンテクスト(文脈)についてご紹介しよう。

文脈に沿うことも大切だが、近年色々な意味合いで使われる「アップデート」の意識も重要だ。OSのアップデートの頻度のごとく、現代社会ではあらゆる物事がアップデートの必要性に直面している。その切迫性の最中でイノベーションが起こることが期待されている。イノベーションの意義を説明する際、著者は関係性という言葉に重きを置いている。

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要は、イノベーションとは新結合そのものではなく、何かと何かが新しく結合することで、世の中の関係性が変化し、それにより価値が増える。単に新規性を評価するのではなく、そのような「関係性が変わることによる価値の増大」をクリエイションの価値として評価できるということなんだと思います。 (P96)

イノベーションというのは目的というよりも結果だ。となると、大切なのは目的に突き進んでいく人や心を支えるコンセプトであるということになる。求人サイト「日本仕事百科」の代表取締役 ナカムラケンタ氏は、それを「求人の根っこ」と表現する。彼の仕事は、植物の根っこを掘り出すように、求人案件の潜在的方向性をあぶりだす作業だ。そしてある時、建築事務所の求人企業の取材にあたった際に自分の仕事が建築的であることを自覚したという。

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「中庭が欲しい」と話しても、本当は「明るい家が欲しい」と言いたかったのに、クライアントが持つボキャブラリーの中から「中庭」と表現しているだけかもしれません。「子供が安全に遊べる場所」として「中庭」と言った可能性もあります。クライアントが言う「中庭」の本質を確認しないといけません。(P153-154)

多様な目的やコンセプトが交差する場。その一例にイギリス発祥のパブがある。パブはパブリック・ハウスを語源とし、元々イン(inn:宿)などと呼ばれていた。宿のように腰を落ち着けて考えることができる場所がハブ(hub:拠点)となり、公共性を持つその場所で価値観の交換が自ずとなされ、多様なコミュニケーションや表現が許容されていく。パブという場の存在がもたらす効果も、広義でいう共創にあたるはずだ。

共創を主体的に促進するワークショップファシリテーターの重要性について、本書ではコミュニティデザイナーの山崎亮氏のインタビューをもとに紹介されている。ワークショップ運営もひとつのデザインで、コミュニティを発酵・熟成させていくことは建築的思考を大いに活かせる領域なのだ。

手法が題材を担う―存在しないはずのものを存在させる、プロセスの魔術

本書の終章として、最近では新国立競技場の設計でも知られる建築家・隈研吾氏へのインタビューがなされている。著者は隈氏のキャリアの中で、プランニングや構造が「主」で、マテリアルは「従」という一般的な主従関係の逆転に着目した。きっかけは、2001年に栃木県那須町に開館した石の美術館の設計だったという。

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強みと言えば、ふんだんにある地元産の石と、高度な経験と技術を持った職人さんたち。ならば、それらを最大限に活用することで、今までの石の使い方とは異なる新空間をつくれるかもしれない、と判断したのです。マテリアルを主役にすることで新しいものにつながる可能性が高まると明確に意識したのは、そのときでしたね。(P311)

限られた予算の中で特徴ある建築にするため、オーナーの山から石を切り出し、それを最大限に活かせる地元の職人たちを起用するというプロセスが採られた。このように不自由を自由に変えなければいけない切迫性は、冒頭に挙げた特徴4つの中でいう「確実性」が問われる建築だからこそ頻繁に生じる。

宮崎駿の『風立ちぬ』のキャッチコピー「生きねば」ではないが、建物は所与の与えられた予算や条件のもとで「建たねば」ならない。そのプロセスを事業計画や意思決定に応用することこそが、建築的思考術だ。

建築家は自分で建物をつくるわけではなく、実際手を動かして作業するのは大工などの職人だ。建築家は常日頃設計スキルに磨きをかけ、「そこでしかできない何か」を探し求めて最善の方法を見出していく。そのためには、建築物が周囲や社会にどう影響を与える可能性があるか、つまりは社会的意義を強く意識することが必要になる。そのイメージを誰とどうやって進めていくかは、内容の考案よりも難しいことだという。

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本書のタイトルにもある「アイデアを実現させる」方法はプロセスにあるのです。新しい造形としてのデザインをつくることも、新しい領域のデザインをつくることも、「デザインを生み出すまでのプロセスをいかに新しくデザインするか」が、最も重要なことなのではないでしょうか?(P326-327)

まだない世界をつくりだし、存在しないものを存在させる。そんな魔法のような構想が建築には必要とされる。人生もまた未完の建物のように構想を求めている。人生をより良い関係性を携えて駆け抜けていく秘訣は、プロセスをうまくデザインすることにあると本書を読むと実感できる。年の終わりに、そんな建築的目線で一年を眺めてみてはいかがだろうか。