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売上10倍、社員数15倍、見学者数300倍。富山の伝統産業躍進の立役者に学ぶ、自ずと循環思考になる方法【能作克治『踊る町工場』】
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  • 2019.12.09
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売上10倍、社員数15倍、見学者数300倍。富山の伝統産業躍進の立役者に学ぶ、自ずと循環思考になる方法【能作克治『踊る町工場』】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

成功の秘訣は「為さねば成らぬ」

「刷新」という言葉がある。障害を除いて、全く新しいものにすることを意味する。能作克治『踊る町工場』(ダイヤモンド社)は、鋳物という伝統産業をまさに刷新した社長が、その過程と今後の展望を惜しげもなく共有している一冊だ。

1984年に著者は大手新聞社のカメラマンから一転し、富山県・高岡の鋳物メーカーの株式会社能作(当時は有限会社ノーサク、以下能作)に入社した。会社を経営する能作家の一人娘の婿となったこと、ものづくりに興味があったことがきっかけで、「旅の人」(富山県の方言で県外からの移住者を意味する)として富山県の伝統産業に関わることになった。

その後、2002年に著者は能作の社長に就任した。売上・社員数・見学者は入社当時からほぼ横ばいだったが、その後約15年で売上は10倍、社員数は15倍、見学者数は300倍まで激増することになった。特に、年間総売上が約13億円の売上だった2017年に16億円をかけて建てた新社屋は、錫(すず)の食器で食事ができるレストランや、約2500種の鋳物の型がずらりとならぶインスタ映えスポットが話題となり、県外のみならず海外からも多くの人を呼び込む富山の一大観光スポットとなっている。躍進の影では地道な作業が行われてきたが、そのポリシーは至ってシンプルだ。

楽しくない仕事なら、やらないほうがいい。おかげさまで能作は順調に売上が伸びていますが、その理由を極論すれば、特に計画を立てず、楽しいと思うこと、やりたいと思ったことだけをやってきたからです。(P33)

「お金は自ずと後からついてくる」とはよく聞くものの、そう信じて物事を実践していくのは簡単ではない。なぜならば「自ずと」を実現することが一番難しいからだ。伝統産業に関して言うならば、伝統というのは変わらないものではなく変われるものの中に宿り、折々で変えなければいけない瞬間が訪れるということになる。つまり、上記引用で著者が主張しているのは一見「為せば成る」ということのようだが、実は「為さねば成らぬ」ということなのだ。

「自ずと」結果をもたらしたきっかけは、純度100%の錫

では、能作はどのように自ずと変わってきた(為してきた)のだろうか。著者は社長就任後、下請けメーカーとして問屋に依存、薄給激務で社員のモチベーションも低いという状態に危機感を感じ、自社製品の開発に乗り出していった。着目した素材は錫で、最初のヒット商品は風鈴だった。4000円の商品が3カ月で3000個完売となった。

錫は抗菌性が高く、風鈴を気に入ってくれたショップからの意見も取り入れて錫100%の食器もつくりはじめた。純度100%の錫はやわらかく、硬度をあげるために金属をまぜるのが一般的だが、そこを逆手に取って「曲がる食器」をつくった。これもまた大人気商品となった。

自走し始めた能作は、前述した新社屋を建立し、人気キャラクターとのコラボレーション商品を売り出すまでに至った。ちなみに題名の「踊る町工場」の由来は、社内見学をする子どもたちが職人たちの仕事場を電車ごっこで通っていくことに由来している。社内でそんな光景が見られるようになるとは、2002年当時誰も想像していなかったはずだ。

能作にはまとめきれない業績がまだまだあるものの、こうした過程はアメとムチの割合でいうならば「アメが10割」で社員とコミュニケーションをとりながら実現していったという。ポイントは以下の4点だ。

・儲けを優先しない
・社員教育をしない
・営業活動をしない
・同業他社と戦わない

ムチを振るうと社員は萎縮して、「新しいこと」へのチャレンジから目を背けてしまいます。だから僕は、社員が失敗しても怒らない。「やらないから失敗しない社員」と「やって失敗した社員」がいたら、僕は後者を評価します。 (P57)

また、自分の信条もさることながら、人の意見をどう受け入れるかも重要なポイントとして挙げられている。

たとえば、「立山ぐい呑み」(日本3名山の一つ、富山県の立山連峰をモチーフにした錫100%のぐい呑)をつくったとき、社員から「富士山に似ている」という声が上がったので、「富士山 FUJIYAMA」(ぐい呑)を思いつきました。
その直後に富士山が世界遺産に登録され、注文が殺到。嬉しい誤算だったのは、日本には社名に「富士」のつく会社が多く、贈答需要が増えたことです。(P105-106)

社員や職人や販売店のスタッフの意見を聞き、「好きこそものの上手なれ」と信じて、それぞれが「これでいいや」というモチベーションではなく「これがいい」と思える仕事をしてもらえるようにする。著者のそのようなスタンスによって能作は実績を上げ、他社との競争関係に悩まされることもなく、熟成するように成長していった。

お金ではない資産を残す難しさ・楽しさ

能作は営業もせず、どのように自分たちをブランディングしていったのだろうか。著者はその方法の一つとして、展示会での出品を紹介している。

普通に考えると、展示会出品も営業活動の一環だ。しかし、著者にとっては新たなニーズに出会うこと、そして相手から依頼を引き出すことが出品の主眼だ。つまり、売り込むのではなく、想像もしていないような依頼を探り当てることを目的としている。

また、国内で見向きもされなかった会社から、海外の展示会で数回遭遇したことによって相手の持つ印象が変わり依頼を受ける至ったこともあったという。ここでもやはり、海外の展示で箔をつけるためでなく、自ずと箔が付いたというプロセスになっている。

本書には著者と親しい人や社員のコメントも収録されているが、新社屋のプランニングを手がけた伝統技術ディレクター・立川裕大は著者のことを「人をやる気にさせる天才」と形容している。

当時、「能作」の売上は13億円くらいだったと思います。それなのに、売上額を上回る16億円を使って新社屋を建てる。普通の経営者では絶対できないですよ。しかも能作さんは、お金のことや細部に一切、口出ししない。「もうわかんないから、それはクリエイティブチームのみなさんに任せますよ」という感じで。(P168)

新社屋の建設費は予定よりも3億円増えたが、それも許容されたという。結果的に、これもまた自ずと、国内外で賞を授与されるような建築となった。

「自ずと」の姿勢は、現場で最年長のベテラン社員(ろくろ職人)の観察にもよく表れている。

社長は、どんな仕事でも断らない。くるものは拒まずの姿勢で、どんどん引き受ける。しかも、どんな仕事も楽しそうにやる。とにかく間口が広くて、どこも引き受けなかった仕事でも受けていたので、問屋からは重宝されていたと思います。(P180)

著者はどんなモチベーションでこうした姿勢を続けているのだろうか。それはおそらく「資産を残したい」という想いだろう。資産というのは金銭的なものではなく、ものの見方や関係性といったような目に見えない資産だ。

伝統産業もまた、サステナビリティとは無縁ではない。物事の循環が見えたとき、刷新というのは目新しさの追求ではなく、既にあるものを変えながら継承していくことだと気づくことができるのだろう。このように、本書は「為せば成る」という柔らかさと同時に、何事も「為さねば成らぬ」という厳しさをも教えてくれる。


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