CULTURE | 2019/11/05

Googleストリートビューで世界中を旅してみつけた“何かいい風景”を描いているイラストレーター辰巳菜穂。好きとビジネスの間の歩き方。

「Googleストリートビュー」を題材にしてイラストを描いている方をTwitterで発見した。イラストレーター/アーティ...

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「Googleストリートビュー」を題材にしてイラストを描いている方をTwitterで発見した。イラストレーター/アーティストの辰巳菜穂さんである。

なかなかアートが売れない日本で、彼女はSNSに自分の作品をアップし、ビジネスマインドを持って国内外問わず作品を展示・販売している。しかし今の辰巳さんにたどり着くまでには数々の挑戦と軌道修正があったという。

聞き手・文・写真:立石愛香

辰巳菜穂

イラストレーター/アーティスト

福島県郡山市出身。神奈川県横浜市在住。 筑波大学芸術専門学群建築デザイン卒業。イラストレーション青山塾、HB塾修了。 ストリートビューで世界中を旅して見つけた“何かいい風景”を描いている。 第206回イラストレーション誌ザ・チョイス入選(永井博氏審査)、年度賞入賞。 2018年に東京と大阪にて初個展「Street View Journey」を開催。台湾や韓国の展示にも参加、2020年にはスペイン バルセロナにて個展を開催予定。 主な仕事に伊勢丹新宿店やルミネなどの広告、書籍、雑誌、アパレル、Web連載等。
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何もない、誰も気にも留めない風景だけど「なんかいい」

―― 辰巳さんがGoogleストリートビューで映された風景をイラスト化する、「Street View Journey(ストリートビュージャーニー)」シリーズの舞台として選ぶ場所の条件はありますか?

辰巳:始めた当初は、「ダーツの旅」のように適当にえいっとピンをさしてその周辺を描いていたのですが、続けるうちに自分が何フェチなのかがだんだん分かってきて…「電柱やヤシの木など細長い物」、「看板」、そして「はっきりとした影」の3つが入る場所を選んでしまうことが多いです。

―― はっきりとした影ができるということは、太陽の光が強く暑いところを連想させますよね。作品からはどことなくゆったりした陽気なイメージを想像することが個人的には多いです。

辰巳:けっこう孤独感を感じるという方も多いんですよ。感じ方は人それぞれみたいです。場所は自然豊かな場所や都会よりは、暑くて乾燥した荒野のような場所に人工物がぽつぽつとあるような地域を選ぶことが多いですね。いわゆる「素晴らしく美しい景色」にはあんまり興味がなくて、誰も気に留めないような風景かもしれないけど、「なんかいいな」っていうところを探しています。

―― この作風にたどり着いたのにはどのような経緯があったのですか?

辰巳:ストリートビューは3年くらい前からモチーフ選びに取り入れていたのですが、一昨年の冬に「寺子屋」というイラストレーションの勉強会で、講師の方にストリートビューで景色を描くという発想が面白いねと言って頂いたのです。

それなら、と思ってとりあえず自己鍛錬としてストリートビューで毎日知らない街に行き、100日間・100カ所の場所を描こうと決めたんです。それが、「ストリートビュージャーニー」に続いていくきっかけになりました。結局120日くらい続いたのですが、それを終えた今も、毎日ではないけれどシリーズとして描いています。

11月9日(土)までJOINT Harajukuで開催中の個展「Tequila」の模様。ストリートビューのシリーズを展開してからは2度目の個展だという。最終日以外は19時から24時までバーも営業しお酒も楽しめる。

建築家志望の宇宙好き。多様な表現を試した時代

―― 辰巳さんは福島県出身で、高校卒業後は建築家を目指して筑波大学に通われたんですよね。

辰巳:はい。小さい頃のある時から、なぜか自分は建築家になるって思っていたんです。大学進学にあたって、工学系の建築学部よりは芸術系の建築デザインを学んでみたいなと思って、しかも国立じゃないと金銭的に厳しかったので、そうすると東京藝大か筑波大かのどちらかかなと。でも絵画教室の先生に藝大は現役では難しいと言われたので、筑波大学一本に絞って受験しました。

―― 大学時代はどんなことをしていましたか?

辰巳:筑波大学では他の学部の授業も取ることができたので、芸術以外にも色々な授業を受けていました。経済学や社会学、理系の学生に混じって物理や宇宙の授業なんかも受けていました。卒制を「無重力における建築デザインの可能性」というテーマにしたのですが、そのくらいはまっていました(笑)。

他には友人と自宅のアパートで定期的に期間限定のセレクトショップを開いて作家さんが作ったグッズや雑貨を販売したり、あとはサークルのバンド活動でヴォーカルをして文化祭で歌ったり。

―― それは充実した4年間でしたね。卒業後は建築の道に進もうと思っていたのでしょうか?

辰巳:建築を勉強している中で、これはなんだか違うなということに薄々気づいていたんです。建築って、作るまでにいろんな人が関わって時間をかけて完成させるし、あまり感覚的ではないという気がしたんです。私はもっと手の感覚に近いところで仕事がしたいなと考え始めて、元々服を作ってみたいとも思っていたので、大学卒業後に文化服装学院の夜間に通いました。2年目の途中で中退しちゃいましたが。

―― 服でもないなと?

辰巳:服作りも楽しかったのですが、どうもしっくりこなくて。それで当時昼間にアルバイトをしてた会社でWebデザインやコーディングの知識などを仕入れたので、とりあえず一人でもウェブ制作で食っていけるぞと思い、なんとなくフリーランスで働き始めたという感じですね。

―― 独立心がすごい!そこからは順風満帆だったんですか?

辰巳:いや、そうでもありませんでした。ウェブ制作ってもちろんクライアントありきなので、クリエイターとして作品をつくるのとは少し違うじゃないですか。だから3年経つ頃だんだん欲求不満になってきて、自分の作品を作りたい!と爆発して、一旦ウェブ制作の仕事をお休みすることにしました。新しい仕事は全部断って…。

―― 芸術は爆発だ!ですね(笑)。2008年には絵本『白のきらいな白くまくん』でタリーズピクチャーブックアワード最優秀賞受賞していらっしゃいますね。 

やぎぬまなお名義で2008年に発表した絵本『白のきらいな白くまくん』はタリーズピクチャーブックアワードで最優秀賞受賞を受賞した。

辰巳:仕事を休んですぐに、カフェで絵本コンテストのパンフレットを発見して、いくつか描いてみたいお話があったので、すぐに作って送ってみたところ賞に選んで頂いたのです。これは本格的に絵本を制作してみたいと思ったんですが、当時仕事をしていなくてお金もなかったし、生活が苦しくなっていて…。

それでやっぱりお金って大事だなと思って、いただける仕事と並行して、自分の好きな作品を制作していこうと思い始めたんです。お金が大事だなんて、世の中の大半の人は知っていることだと思うけど…きっと自分で頭をぶつけてみないと分からない性格なんでしょうね。

―― ちょうどバランスよくできるようになったんですね。

辰巳:そうですね。でも絵本で描きたいイメージを実際に描く技術がなくて、今度はそれを何とかしたくて、4年ほど前に「イラストレーション青山塾」に1年間通いました。

―― 絵の描き方を基本に戻って勉強したということですね。

辰巳:はい。絵を描く仲間ができたことも良い刺激になりました。授業を受ける度に上手くなっている実感があって、ここからはもう絵を描くのが楽しくてしょうがなくて、絵本じゃなくても絵を描いて暮らせたら素晴らしいなと思って、今に続いているという感じです。考えてみれば小さい頃は絵を描くのが好きでしたし、大学の頃「建築じゃないなら何が作りたいんだろう?」と悩んでいた時から、ずいぶん遠回りしてここに戻ってきたなという感じです。

海外は、絵を飾るということ自体が普通

―― 辰巳さんはSNSを利用して作品を海外に販売したり、韓国や台湾の展示に参加したり、フランスやスペインのギャラリーでも取り上げられたりして、とてもグローバルにご活躍されている印象です。

辰巳:海外からはインスタ経由で、日本ではTwitter経由で作品をみつけてもらえることが多いみたいですね。毎日描いてアップしていた頃から、だんだんフォロワーも増えてきて、今ではとてもたくさんの方に見て頂けているので嬉しいです。

―― 日本人はあまり絵を買わないけど、海外の人にはアート作品を買うという習慣が割とカジュアルに根付いていることを実感しますね。

辰巳:そこは日本とはぜんぜん違うみたいですね。アメリカに住んでいる方が、「今度引越しするんだけど、新しい家に何枚か絵を飾りたい」と一度にたくさん購入してくれたこともあって、それが普通の感覚なのかなと。

―― 自分の作品を売って、手元からなくなるというのは寂しいですか?

辰巳:私は寂しくないんですよね。自分が持っていてもどこかにしまっておくだけなので、世界中の誰かの家にお届けできると思うととても嬉しいです。

2年ほど前につくった作品集。原宿の「ギャラリールモンド」にて展示を行った際、この場所を知っていると言う海外のお客さんとの奇跡的な出会いもあったそうだ。

自分の価値を下げることをやらない。

―― 先ほど「お金が大事だ」と実感した時期があるとおっしゃっていましたが、アートをビジネスにするにおいて大事だと感じていることは何でしょうか?

辰巳:本来、作家は創ることに集中するべきで、売る人は別でいた方がいいんだろうなと思います。でも作家の立場でビジネスを考えるなら、自分の価値を高く保っておくことはとても大事だと思います。自分の作品を安く売ったり、「仕事ください」としつこく言ったり、自分の価値を下げることをやらないようにすること。

そしてビジネスに関しては、できれば別人格を設けた方がいいかなと。絵って自分の内面そのものみたいなものなので、否定されると傷つくし、それを売り込んでいくのって結構きついことだと思うのです。だから、ビジネスについて考える時には営業部長にバトンタッチする。それをやるのももちろん自分なのですが、そういう切り替えの感覚を持つとだいぶ楽だし、「やりたい/やりたくない」ではなく、「やるべきこと」を選べるようになります。

食べたいものは食べた方がいいし、やりたいことはやった方がいい

―― 辰巳さんが目指す将来像とはどんなものでしょうか?

辰巳:イラストレーションのお仕事を頂きながら、アーティスト寄りの活動も続けていけたらいいなと思っています。

イラストレーションのお仕事では、新しいモチーフに挑戦したり、依頼されたイメージをどうやったら実現できるかなと考えたりすることで新しい手法との出会いもあるので、長く続けていけるように技術を高めていきたいなと思っています。外国の風景を描くのはやっぱり好きなので、そういうお仕事が増えていったら嬉しいです。

アーティストの活動としては、大きいキャンバスの作品にもチャレンジしたいです。今は机の上で描けるような小さいサイズが多いので。あと、最近とある美大の公開講座で油彩を習ったのですが、油絵の具の感じもいいなーと思って早速いくつか風景画に取り組んでいます。あとはやっぱり、海外からのオファーにもきちんと応えられるようになりたいと思っています。

―― 普段から英語を勉強しているとか。

辰巳:7〜8年前にもっと英語力をつけなきゃと危機感を覚えて、英会話学校で受付のバイトをしていました。とりあえず英語を使わなくてはいけない状況を作って自分を追い込むのが一番いいと思って。外国人の先生との会話やメールでだいぶ英語を使うことに慣れたので、あのとき追い込んでやっておいて良かったと今になって実感しています。

―― まずはきちんとした英語が話せるようにならなくてはダメだとか、自分にストッパーをかけてしまっている人って結構いると思うんですが、辰巳さんの人生は、常に走りながらいろんなものを吸収して実践してみるというのがすごいなと思います。

辰巳:チャンスが目の前にあらわれた時に、それをつかめる自分でいることが大事なんじゃないかと。そのためには、必要だと思うことは走りながらでもどんどんやっちゃわないといけないですよね。人生がどこで終わるかなんて誰にも分からないし、やりたいことをやり残しておきたくないんです。

―― ストリートビュージャーニーは、これからもシリーズとして続けていくんですよね?

辰巳:ストリートビューだからこその現代の作品性とか、この延長線上でできることや面白いこともまだまだありそうだなと思っているので、可能性を感じているうちは続けると思います。

そもそもストリートビューの面白さって、「誰のものでもない目」を通して世界中の景色を探しに行けることだと思うんです。そして世界中の人とニュートラルな「情報」としての景色を共有できて、それを私の主観的な視点で見た時にはこんな作品になるんです、と示すことができる。何かしら現代だからこその表現ができるような気がしています。

―― 辰巳さんの仕事って現代だからこそ叶う働き方ですよね。技術の発展によって個人に合った生き方や暮らし方ができるようになったなと。

辰巳:落合陽一さんが「世界中の人に同じ機会が与えられている」と言っていましたけど、本当にそうで、スマホひとつあればみんな条件は一緒じゃないですか。クリエイターの人なんかはそれだけでプロモーションできてしまうわけですし、そういう均等な機会がある中で、自分の働き方としてフリーランスを選択できるってすごく楽しい生き方ですよね。

―― はい。そんな生活に憧れる一方で、この世界は「これは負けないぞ」という才能がないと生き残っていけないなとも思ってしまうのが一般的だと思うんですが…。

辰巳:だからこそ面白いという面もありますよね。自分が力をつけた分だけ、きちんと自分に返ってくるわけだし。とても単純。それに比べて、会社に所属して色々なしがらみの中で上手くやるのって本当に複雑だし、すごいことだなと思います。私はその中では絶対生き残れないです(笑)。

でも何か個人的に「これだけはやっておかないと死ねない!」みたいなことがあるのなら、会社に頼らなくてもできる世の中だとは思います。例えば文章を書きたいのなら、出版社に持っていかなくても発表できるわけですし。

―― ごもっともです(笑)。

辰巳:いつ死ぬかわからないからこそ、食べたいもの食べた方がいいし、やりたいことはやった方がいいですよね。


個展「Tequila」
2019.11.3(Sun)-11.9(Sat)
Googleストリートビューで世界中を旅して“何かいい風景”を描くIllustrator/Artistの辰巳菜穂が MIHO BARとコラボして開催する個展。毎日19時からはバーも営業。3日はアーティストのMIHOをお迎えしてMIHO BARを開催します!カラリと乾いた暑い土地の景色を、メキシコのお酒テキーラと一緒にお楽しみ下さい。

■開催概要
11.3(sun)-11.9(sat)
平日 15:00-24:00 / 土日祝 13:00-24:00(最終日は18:00まで)
*11.3(sun)20:00- MIHO BAR &Reception Party
JOINT Harajuku
東京都渋谷区神宮前4丁目29-9 2F
TEL 03-6455-5356