CULTURE | 2019/10/02

結局これどうなってるの?Twitterでバズった「不可視彫像」が謎すぎるので、製作者の坪倉輝明さんに解説してもらった

(c)teruaki TSUBOKURA
文・取材:6PAC

坪倉輝明(つぼくらてるあき)
メディアアーティス...

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(c)teruaki TSUBOKURA

文・取材:6PAC

坪倉輝明(つぼくらてるあき)

メディアアーティスト/クリエイティブテクノロジスト

1987年京都生まれ。金沢工業大学メディア情報学科卒。 2016年までWeb・広告系のクリエイティブスタジオ「(株)ワントゥーテン」でVRやインスタレーション(体験型コンテンツ)のエンジニアをしていましたが、2017年よりそれまで趣味で続けていたメディアアートを本業にして独立し、現在は国内外の美術館や商業施設で作品展示を行う活動をしています。

何もない台座に光を当てると作品が浮かび上がる

坪倉輝明氏

社長ではなくCEOと呼称する会社が増えたように、時代の流れと共に肩書きとも変化していく。CEOという肩書きは、現在一般的にも認知されていると思うが、昨今よく耳にする“メディアアーティスト”という肩書きは、まだまだ耳慣れない人も多いだろう。

メディアアートを制作する人が”メディアアーティスト”というわけだが、そもそもメディアアートの定義というのがよくわからない。最先端のテクノロジーを使ったアートとも言えるだろうし、コンピューターや電子機器を活用した芸術という言い方も可能だ。

そうしたメディアアートを手掛ける“メディアアーティスト”と言うと、落合陽一氏を連想する人が多いかもしれない。しかしながら、日本国内には数多くのメディアアーティストが存在している。展示台の上にはなにも置かれていないのに、懐中電灯の光を当てるとなぜか作品の影がはっきりと浮かび上がる「不可視彫像」の映像が、7月30日にTwitterに投稿され話題となった。この不可視彫像の作者である坪倉輝明氏もまたメディアアーティストとして活動する一人だ。

不可視彫像の映像をよく見てみると、現実でもそうであるように、光を当てる角度で影の形も変化する。また、存在していないはずの作品を懐中電灯で押してみると、展示台から落ちてしまったかのように、影も消えてしまう。挙句の果てには、展示台から落ちてしまった作品の代わりに、上から新しい作品が降ってきて、影も新しいものへと変化してしまう。この映像を一目見て、すぐさま不可視彫像のからくりがわかった人など、制作者本人である坪倉氏以外いないのではないか。そう思い、同氏に話を伺ってみた。

不可視彫像の正体はプロジェクションマッピングだった

フリーランスという立場で、メディアアーティストという肩書きだけではなく、“クリエイティブテクノロジスト”という肩書きも名乗っている同氏は、「メディアアーティストとしての美術館・商業施設などでのメディアアート作品の展示と、クリエイティブテクノロジストとしての広告制作の仕事」が主な収入源だと話す。広告制作の仕事では、企業のプロモーションイベントなどで展示される体験型コンテンツや、テーマパークや水族館などでの体験型アトラクションなどを手掛けているという。

全国各地で開催されている「魔法の美術館」シリーズ。この夏は全10箇所で行われた。画像は今年6月から8月にかけて愛媛県美術館で開催された際のチラシ

今回話題となった不可視彫像については、「不可視彫像は、美術館に置かれた作品台に向けて懐中電灯を照らすと、彫像の影が壁や作品台に落ちるのに、肝心の作品が見えない。という少し変わった作品です。私は普段美術館で作品展示をすることが多かったので、美術館に置いた時に一番面白く見える作品はなんだろうかとずっと考えていました。そこで、普通は美術館の作品は白い作品台の上に置かれているのが“当たり前”ですが、この当たり前を逆手に取って“作品が無い作品”を美術館に展示したら面白いのではないだろうかという発想で制作したのがこの作品です」と、制作した動機を話してくれた。

肝心の仕掛けに関しては、「この懐中電灯に見える物体からは実際の光は出ていません。実は中に位置や角度を取得できるセンサーが入った懐中電灯型デバイスで、体験者が懐中電灯を向けている位置をリアルタイムでPCに送信しています。位置・角度の情報を受け取ったPCのアプリ内には、現実と全く同じ位置やサイズで再現された3Dモデルと3D空間が作られていて、懐中電灯の位置から光を照らした時に壁に当たる光や、そこに彫像があった場合に作品台や壁に落ちる影をシミュレーションし、天井付近に設置されたプロジェクターでそのシミュレーション結果(リアルタイム映像)を現実の作品台や壁に合わせてプロジェクションマッピングしています。つまり、光や影は全てプロジェクターで投影されている映像なので、現実では起こるはずのない現象を起こすことができるのです」と説明する。

「当たり前の現象の逆」をテクノロジーで実現する

どこからこういった発想が出てくるのかは、常人の脳味噌では計り知れないものだ。同氏によると、「普段から日常生活の中で身の周りの物理現象などを観察していて、何が“当たり前”かを考え、テクノロジーを駆使してそれとは逆の現象を起こすことができないか、ということを色々と考えては思いついた事を少しずつアイデア帳に記しています。そのほとんどは作品に成ることはないまま眠ってしまうのですが、複数のアイデアが組み合わさったり、稀に天啓が降りてきて“これは作らないといけない”と感じるものだけが作品に成ります」という。テーマパークのアトラクション、リアル脱出ゲーム、手品のトリックなどを参考にすることもあるそうだ。

ちなみに不可視彫像は、同氏が大学の卒業制作で作った「Shadow Touch」という作品の続編。普通は触ることのできない影に触れたら面白いのではという発想で作った最初のメディアアート作品が、「Shadow Touch」となる。

不可視彫像の映像を見て、頭に浮かんだのが、「ホラーコンテンツのギミックとして使えるのでは?」という点。不可視彫像の映像が話題になった後、そういった方面からの引き合いはなかったのか訊ねてみると、「ご想像の通り、お化け屋敷の演出などの相談はいただいたことがあります。色んな条件で実現しませんでしたが」とのこと。 ホラーではないものの、「カブキノヒカリ展」という松竹との仕事では、歌舞伎役者の動きをモーションキャプチャし、まるで目の前で演舞をしているかのような影絵を見ることができる 「不可視演舞」という作品を制作したことがあるという。

最新技術かどうかは、一般人にはわからないしどうでも良い

坪倉氏が所属するアーティストグループ「CALAR.ink」が六本木アートナイト2017で発表した「During the Night -よるのあいまに-」。従来のライブペインティングは単調になりがちかつ長時間に及ぶため、鑑賞者がそのすべてを見届けることは困難であったとして、数々のデバイスやテクノロジーを「魔法(のアイテム)」と見立て、参加者体験型のライブエンターテイメントに昇華させた

不可視彫像だけに限らず、マイクロソフトのARゴーグル「Hololens」でいつでもどこでも渋谷のハチ公像を召喚できる「Myハチ公」や、専用のメガネ型デバイスと台座を組み合わせることで、キャラクターフィギュアを立たせたままスカートの中を覗けるという「パンツが見える夢のメガネ」など、ドラえもんのポケットから出てきそうなものを具現化してきている同氏。技術的な引き出しが多いからこそ、問題解決のために必要な技術をアイデアの具現化のために活かせるのかを最後に訊いてみた。

「そうですね。私は広告系のエンジニアをやっていたのですが、毎日のように客先へ出向いては先方の要望を聞き、プロモーションのためにテクノロジーを駆使した問題解決のアイデアを考えなければいけませんでした。
そしてそれが技術的にも面白く、プロモーション的にも画が映えて、スマートに問題解決をしてしまうようなアイデアが通ったときはとても楽しかったんですよね。なので、普段からそういった強いアイデアを出せるように、個人の時間を使って問題解決の為に技術の引き出しを増やしたり、たくさんアイデアを出しては、仕事で使えなさそうなものは個人のプロジェクトとして制作したりしていました。また、技術に詳しい人ほど最新技術に拘ってしまいがちですが、一般の人からしたら最新かどうかなんてわからないですし、どうでも良いということがほとんどです。私の所属するアーティストグループのCALAR.inkでは、アナログの仕掛けや手品などのトリックも組み合わせた参加型のライブペインティングショーなども行っていますが、最新技術を使っていようが使ってなかろうが面白ければなんでもいいという、体験者の目線で制作しているのでデジタルとアナログが共存する不思議な空間になっています」

気になる同業者について「落合陽一さんとは何度かお会いしていますが、私と同い年で、同じく学生の頃からメディアアートをされていて、今一番活躍されているメディアアーティストですのでとても尊敬しています」と話す同氏は、同時に藤堂高行氏、橋本麦氏、高橋啓次郎氏といったアーティストやクリエイターが「気になっている」とも語ってくれた。不可視彫像の次はどういった作品で我々を驚かせてくれるのか、今から楽しみである。