EVENT | 2019/09/19

“広告界のイチロー”が日本企業に伝えたいこと レイ・イナモト(I&CO代表)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(10)

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加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模...

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加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らは何故リスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。進化の大爆発のごとく多様なビジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。

日本人クリエイティブディレクターとして、ニューヨークを拠点に名だたるグローバル企業の経営陣と同じ土俵で渡り合い、“広告界のイチロー”の異名を取る男、レイ・イナモト。常に注目を集め続けるその彼が2019年7月、自らが率いるビジネスインベンションファーム「I&CO」の東京オフィスを開設した。

業界騒然、クリエイティブ×ビジネスの未来をいち早く体現してきたスター・クリエイターが、今東京に拠点を構える理由とは? 胸には輝ける一つ星――時代を動かすその決意が今、新たなるステージへと進撃を果たす。

聞き手・文:深沢慶太 写真:松島徹

レイ・イナモト(Rei Inamoto)

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東京都生まれ。アメリカのミシガン大学で美術とコンピューターサイエンスを専攻後、1997年に帰国してタナカノリユキ氏の事務所へ。98年に再渡米し、ニューヨークのデジタルエージェンシーR/GAに入社。2004年よりクリエイティブエージェンシーAKQAでグローバルブランドのデジタルマーケティング戦略に携わり、08年よりCCO。12年には米「Forbes」誌「世界の広告業界で最もクリエイティブな25人」に選出。退職翌年の16年にInamoto & Co(現I&CO)をニューヨークで設立。19年7月、同社の東京オフィスI&CO Tokyoを開設した。
https://iandco.com/ 

“広告界のイチロー”が、東京に拠点を開設した理由

—— イナモトさんは、2015年までグローバル・クリエイティブエージェンシーAKQAのCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を務めた後、ニューヨークでご自身の会社Inamoto & Co(現I&CO)を旗揚げし、この7月に東京オフィスを設立されたばかり。どんな目的で、東京に事務所を開設されたのでしょうか?

イナモト:それには、大きく分けて3つの理由が挙げられます。一つ目は、これからの日本という国を考えていくにあたり、日本国内からの視点だけではビジネス的に限界があると思うこと。これまでご一緒させていただいてきたユニクロやトヨタ、ANA、味の素との仕事にしても、常にグローバルな状況を意識して仕事をしていきたいという想いが基本にあります。二つ目は、日本という国を一つのブランドとして見た時に、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが終わった後のことを考えていかなければならないこと。三つ目としては、スターティングメンバーとして共同代表を務めてくれているPARTY出身の高宮範有と、アクセンチュア出身の間澤崇、2人の人材に恵まれたことも大きかったですね。

—— 日本で事業を立ち上げて海外に行くという考え方だと、日本視点のものを持っていくという感覚になりますが、世界の側の視点から日本のビジネスをフックアップしていきたいということでしょうか。

イナモト:そうですね。ここ10年程の間、日本で成功を収めたデジタルサービスが海外では通用しないケースを数多く見てきました。その背景には、1億2千万人の人口を抱える日本市場の規模的に、成功すればそこそこ儲かってしまうという事情がある。でも、これから日本が超高齢化社会へと突入し、市場も縮小していく一方で、グローバル市場のスピードは早まるばかりです。そう考えても、「日本で成功してから世界へ持っていく」のでは遅過ぎる。だからこそ、日本企業であってもまず海外で成功させたものを国内にも導入した方が、長い目で見て現実的だと考えています。

—— I&COは「ビジネスインベンションファーム」ということですが、濫用されすぎている感のある「イノベーション」ではなく、「インベンション(発明)」という言葉を使っている理由は何でしょうか?

イナモト:まさに今、どこの会社も新規事業の創出につながるイノベーションを求めていますが、この10〜15年の流れを見ていて、痛感したことがあります。よくある例ですが、まず経営者がコンサルティング会社へ行き、「数年後に新しい事業を立ち上げたい」と依頼する。すると、1〜2年かけて数百ページに及ぶパワーポイントのレポートが出てきます。内容は決して間違っていないけれど、ごくありきたりのことや、「オムニチャネル」「カスタマイゼーション」「デザイン思考」などのバズワードが並び、どこから手を付けたらいいかわからない場合が多い。内容的には正しいけれど、面白くないことばかり。次に経営者はデザインファームやイノベーションファームに、自動車メーカーであれば車、リテールであれば店舗やECなど「未来の〇〇を考えてほしい」と依頼する。すると半年から1年程かけてコンセプトムービーができあがる。そこには“中身を自動で発注してくれる10年後の冷蔵庫”といった未来の様子が描かれていて、コンセプトとしてはわかりやすいものの、おとぎ話めいていて現実味がない。最終的にその経営者は時間とお金がない状態でクリエイティブエージェンシーに駆け込んで、「何か面白いことをやってほしい」と丸投げする。莫大な予算と時間を注いできた成果が本質的な部分にはつながらず、広告展開だけで終わってしまう。これがよくあるパターンで、本当にもったいないと感じてきました。

そうした中で自分たちに何ができるかを考えた時に、うちはコンサルでもなければデザインファームでもないし、エージェンシーでもない。けれど、全体を見通して物事を考えることができる。デザイン、データ、テクノロジーを軸にして突破口を見出し、新しいものを作っていくことを自分たちの強みにしたいと思い、「ビジネスインベンションファーム」を掲げたというわけです。

I&CO Tokyoの立ち上げメンバー。左からレイ・イナモト、高宮範有、間澤崇、エリ・ミヤギ。

日本企業を経営レベルで「クリエイティブ」に変える必然性

—— 日本企業において経営的な課題とクリエイティブが分断されていることは、しばしば問題視されてきました。その中で大企業の経営者と直接対話を行い、経営の課題から一気通貫でクリエイティブな施策につなげていくことで、活路を見出していくということでしょうか。ファーストリテイリングの柳井正会長と佐藤可士和さんの関係のように、クリエイティブ施策を自ら考えられる経営者の存在は重要ですね。

イナモト:個人的に柳井さんが素晴らしいと思うのは、ビジネス視点から可士和さんのようにクリエイティブな人材を直接起用するなど、クリエイティビティをどうやってビジネスに活かすかということを常に意識されているところ。その一方で我々がこだわっているのは、「クリエイティブ」という言葉の使い方です。日本でもアメリカでも広告表現をはじめ、最終的にできあがったものを「クリエイティブ」と呼ぶ雰囲気があります。でも正直、「モノとしてのクリエイティブ」はビジネスや経営者にはあまり重要ではなく、経営者にとって本質的に必要なのは「考え方としてのクリエイティビティ」だというのが僕の考えです。ビジネスという視点で考えれば、クリエイティビティが必要とされるのは0から1の部分と最後の9から10までのところ。だからこそ、クリエイティビティを経営のレベルから実践していく姿勢が重要だと思います。

「UNIQLO IQ」

―― そうした取り組みの例として、具体的にどんなプロジェクトを手がけてこられたのでしょう?

イナモト:例えば、AIを活用したアシスタントサービス「UNIQLO IQ」。「デジタル改革をしたい」という少しフワッとした相談を最初に受けたのですが、その時点でやれること、やるべきことはたくさんありました。そこから「お客様のニーズに対し、変化を先取りして応えていく」というユニクロさんのスタンスにフォーカスし、それを具体化するために、データとお客様の声を吸い上げながら購買体験と商品を向上していくサービスとして「UNIQLO IQ」を提案しました。まずはチャット形式で自分の欲しいものを検索したり、おすすめのアイテムを提案してくれたり、お店や商品に対する要望にも対応してくれるなど、お客様との関係性を深めていくための取り組みです。

トヨタの例を挙げるなら、オープンイノベーションプログラムである「TOYOTA NEXT」。依頼内容は「2030年に向けて、トヨタがどうあるべきかを考えてほしい」というもの。自社の技術が凄いぶん、自前主義になりがちなことが同社の強みでもあり、技術開発のスピードが加速している状況下では弱みでもあると考え、トヨタが持つリソースを提供することで外部企業やスタートアップと手を組んでいく方法を提案しました。結果、500社以上から応募があり、最終的には5社と提携して新たなサービスに取り組んでいるところです。

2016年12月の「TOYOTA NEXT」記者発表会でのトークセッション風景。左からトヨタ自動車の浦出高史常務役員と村上秀一常務役員、レイ・イナモト、デジタルガレージの佐々木智也氏。

「最高の広告は広告ではない」――進みゆくマインドセットの一大変革

I&CO ニューヨークオフィスの風景より。

—— つまりこれは、“クリエイティブ=広告”だという思い込みが根強い、経営層や広告業界のマインドセットに関わる問題ですね。

イナモト:そうかもしれません。僕自身の話ですが、そもそも僕は“広告業界”に入ろうとは考えていませんでした。大学時代はアメリカの大学で美術とコンピューターサイエンスを専攻していて、帰国して最初のインターン先がクリエイティブディレクターのタナカノリユキさんの事務所だった。そこで得た経験が、この業界に入ったきっかけになったわけです。それからニューヨークへ渡り、制作会社のR/GAに入社した。90年代後半〜2000年前後にかけてはインターネットの影響を目の当たりにしながら、デザイン、データ、テクノロジーが軸になると新しいことができるということに気づき始めたのがAKQA時代です。その頃から言っていたのが、「最高の広告は広告ではない」ということ。現に、最近バズる広告はどれも広告ではないものばかりです。例えば、2017年のカンヌライオンズ(カンヌ広告祭)でグランプリを受賞した「Fearless Girl(恐れを知らぬ少女像)」は、ニューヨークのウォール街の象徴である雄牛の銅像の前に設置され、金融業界の男女の格差に対するメッセージを発信したもの。その姿がインスタグラムなどで瞬く間にシェアされて、結果的に広告として機能した。こうしたパターンは最近ではよく見られます。

—— 単なる企業や製品のアピールではなく、人々のマインドを変えて社会をよくしていくような潮流がある、というわけですね。

イナモト:僕は今年カンヌライオンズで「デジタルクラフトライオンズ」の審査委員長を務めさせていただいたのですが、何らかの社会的なメッセージがなければ受賞できないというのが、ここ4〜5年の傾向です。最近だと、ナイキが昨年、NFL選手のコリン・キャパニックを起用したケース。有色人種の差別に抗議して、試合前の国歌斉唱中に膝を突いたことでNFLから追放された人物をあえてブランディング広告に使ったことで、反対意見を超える大きな共感を呼び、大きな売上増を達成しました。一昔前なら敬遠されがちだった社会性が強いメッセージを、企業が進んで取り入れた端的な例だと思います。一方で日本に関して言えば、そもそも国や企業、個人のレベルでも自己主張をしないことが美徳とされてきた。それが「いいものを作れば売れる」「社会のことには口出ししない」といった旧態依然とした姿勢につながっている。でも、それは今や、決して世界に通用する考え方ではありません。

I&CO ニューヨークオフィスの風景より。

日本を再び世界一の国にーー星印に導かれた未来への提言

—— アメリカのミレニアルズやそれに続くZ世代をはじめ、今の若者の間には自分が共感できるような社会的アクションを実行しているブランドを選び、支持していくという傾向があり、こうした流れの中で急成長を遂げた企業も数多いと聞きます。しかし日本企業にはどうしても、社会的な問題に対してネガティブチェックをしすぎたり、すぐに決断できなかったりする体質がある。こうした問題と戦うのは、諦めずに繰り返し関わり続けるだけの気力と体力、人並み外れた根気が要ることだと思います。

イナモト:確かに近頃は、ニューヨークの眼鏡メーカーWarby Parker(ワービー・パーカー)のように、購入体験を途上国への寄付につなげたり、無駄を省いた製品開発の姿勢をオープンにするなど、D2C(Direct to customer)の領域で急成長を遂げた例が多く見られます。いずれも広告だけでなく、経営やものづくりの段階からコミュニケーションのあり方を考えている会社ですね。ただ、日本企業の問題について言えば、我々の場合は企業の経営者の方々と直接仕事ができる関係を築いてきたことが大きいと思います。一般的な風潮として、意思決定をするのが誰かがはっきりしていないと、進むのがすごく遅くなるのは確かです。日本ではみんなが賛成していても、誰も決めてくれないケースが往々にしてある。その足枷になっているのが、年功序列という文化です。でも、こうした文化の問題は何も日本だけに限りません。僕が黄色人種である日本人として、あえて白人の男性社会の中に身を置いている理由の一つは、ハングリー精神を持ってその状況に反抗し、変えていきたいという想いがあるからです。

I&COが手がけたプロジェクトより、アシックスのバーチャルワークアウトアプリ「ASICS STUDIO」。プロのトレーナーによるプログラムや音楽プレイリストなどを通して、オンデマンドトレーニングを提供する。

—— ある意味、厳しい状況に自らの身を置き続けてこられたわけですが、そうまでしてやり続けたいと思うモチベーションは何でしょうか。

イナモト:自分の会社を立ち上げた理由につながりますが、自分が70、80歳になって引退した時に、企業で働いていた方が金銭や待遇の面では安定しているかもしれないけれど、精神的に満足できないんじゃないかと思ったことです。仕事を通して世の中に貢献できたかどうかと同時に、自分の心の中で本当に満足できるかどうか……それが自分のモチベーションであり、同時に危機感でもあります。

—— 最後に、イナモトさんの直接の顧客は企業の経営層になりますが、こうしてメディアに露出する際にはいつも星印のTシャツを着ています。何か想いや理由があるのでしょうか? 

イナモト:僕が子どもの頃、母親が『星の王子さま』が好きで、家にたくさん絵が貼ってあった。それが記憶に残っていて、2005年くらいから、星印の付いた服を着るようになりました。本に書かれていたメッセージですが、「子どもの頃のピュアな心を大切に」「未知のことを探索していく」という意味がこの星には込められています。その上で“海外にいる日本人”として、また日本を世界一の国にしていきたい。だからこそ東京に拠点を置いた上で、“日本発で世界一になるもの”を作り上げていきたいと考えています。


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