CULTURE | 2019/07/25

人類進化を導くサイボーグ技術のインパクト 粕谷昌宏(MELTIN MMI代表取締役)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(9)

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加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。

これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らは何故リスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。

進化の大爆発のごとく多様なビジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。

「人類をサイボーグとして進化させ、そのポテンシャルを最大限に高めようとしているベンチャー企業がある」――その話は本当だった。2018年春に発表されたアバターロボット「MELTANT-α(メルタント・アルファ)」が巻き起こした衝撃。しかし、それは壮大なるビジョンのまだ序章に過ぎない。

「3歳にして人類の限界を感じた」と語る粕谷昌宏が率いるサイボーグベンチャー、MELTIN MMI(メルティン・エムエムアイ)。日本発のテクノロジー、いや人類そのもの、生命史上の革新を目論む極限の異才。驚嘆必至、その遠大なるビジョンが今、明かされる。

聞き手・文:深沢慶太 写真:増永彩子

粕谷昌宏(かすや・まさひろ)

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1988年、埼玉県生まれ。3歳の頃から人類の限界を感じ、サイボーグ技術の実用化を目指して早稲田大学理工学部へ。大学院では先進理工学研究科で生命理工学を専攻。修了後、電気通信大学大学院情報理工学研究科 知能機械工学で2016年に博士号を獲得。在学中からパワードスーツや義手、ロボット開発で数多くの賞を受賞し、13年にサイボーグ技術の実用化を目指すべくMELTIN MMIを設立。18年春にサイボーグ技術によるアバターロボットのコンセプトモデル「MELTANT-α」を発表し、世界的に大きな注目を集めている。
https://www.meltin.jp/

“人類の限界”を超えるため、サイボーグ技術のベンチャーを設立

MELTINが2018年春に発表したアバターロボットのコンセプトモデル「MELTANT-α」(コンセプトムービーより)。

ーー 粕谷さんはサイボーグ技術の実用化を目指すため、2013年にMELTIN MMI(以下MELTIN)を設立。18年に発表されたアバターロボット「MELTANT-α」では、人間の手の動きを完璧に再現しつつ、「機械との融合によって人間の身体の限界を突破する」という壮大なビジョンを打ち出し、世界を驚かせました。そもそもなぜ、サイボーグの開発に取り組もうと考えたのでしょう。

粕谷:僕のモチベーションをごく簡単に表現するなら、自分が「やりたい」と思っても「人間の体である以上は無理」と諦めざるを得ない状況をなくすこと。人と機械が完璧な融合を果たしたなら、誰もが自分の体を動かすように義手や義体を動かし、何不自由なく幸せに暮らせるようになる。そのためにサイボーグ技術の開発に取り組んでいるというわけです。

「MELTANT-α」。“人間の手に最も近い”性能のロボットハンドを備えている。

―― それは何らかの理由で、人間の体に不都合を感じているということでしょうか?

粕谷:はい。僕自身、小さい頃からあれこれと空想を巡らせていて、どんどん湧き出てくるアイデアを実現する方法がないことにフラストレーションを感じていました。子どもだけにお金もなければ、買い物の仕方もわからず、力も弱くて何もできない。「こんなに不便な自分って一体何なんだろう…」って。それが3歳位の頃の話ですね。その後も例えば、すれ違った人が道の角を曲がった時に、「あの人は姿が見えなくなった後も本当に存在しているのだろうか? それを確かめるために、死角になっている部分が見えるようにカメラを置くのはどうだろう? ただ、そうすると死角はもはや死角ではなくなるから、それがこの世界に感知されて、僕から見えないようにされてしまうかもしれない。いっそのこと、その人と心や脳同士で通信することができれば、その人の存在を実感することができるのに……」といった感じで、探究心からくる疑問が尽きませんでした。

―― それは今でいうBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)の発想ですね! あまりの早熟さに驚きました。そこからサイボーグ技術という解決手段を思いついたのはいつのことでしょう?

粕谷:自分のしたいことと、自分の体にできる限界の乖離というジレンマを解決するには、工学と医療の二つを組み合わせるのが鍵になると気づいたのが小学校5年生の頃。明確にサイボーグ技術にフォーカスしたのが中学校3年生頃のことです。「自分はこの技術を生涯かけて研究したい」と心に決めた後で『攻殻機動隊』という作品の存在を初めて知り、「僕が考えてきたことが、既に世界観として成り立っている!」と、すごく感動したのを覚えています。

―― 日本のロボット工学者の多くは、『鉄腕アトム』や『機動戦士ガンダム』など、幼少期に見たSFアニメの影響を公言していますが、粕谷さんの場合はそうではなく、自身の探究心が先にあったということですね。

粕谷:僕の場合はメカや技術の実現が目的ではなく、当初から技術はあくまでも手段だと考えてきました。それで、早稲田大学大学院と電気通信大学大学院では筋電義手(筋肉の電気信号を読み取ることで自然な動作を可能にする義手)の研究に携わりました。これらの技術を背景に、仲間たちと立ち上げたのがMELTIN MMIというわけです。会社名の由来は「Melt-in」、つまり人間の身体と精神、環境の三者が溶け合い、融合することを表していて、その思想がロゴマークの三角形にも込められています。なお「MMI」は、人と機械をつなぐ「Man Machine Interface」の頭文字です。

「MELTANT-α」のデモムービー。

世界初の“進んだ手”を持つアバターロボット「MELTANT-α」の衝撃

ーー 「MELTANT-α」の発表は2018年春のことですが、特に手の動きを強調しているように感じます。世界的に筋電義手や人型ロボットの開発が急速に進む中で、人の手の動きをここまで滑らかに再現できるものはなかったのではないでしょうか。

粕谷:そこが、僕たちが確立したまったく新しい技術です。今までのロボットハンドは一見、しなやかに動いていたとしても、ものを掴み上げるには握力が足りないなど、人間の手の能力には到底及ばないものばかりでした。しかし「MELTANT-α」は、人間のように5本の指を動かすことができ、しっかり掴んで持つ力を備えている。この二つの要素の両立によって、ペットボトルの蓋を指先でつまんで外すこともできるようになりました。

ポイントの一つは、ワイヤーによる駆動機構を採用したこと。人間の指が細くても強い力を出すことができるのは、指には搭載できない程大きい前腕部分の筋肉と腱でつながっているから。こうすることで、指の中に筋肉を搭載するよりも遙かに大きな力を出すことができます。それと同様に、「MELTANT-α」ではアクチュエーターを指の外部に配置し、その力をワイヤーで指に伝えているわけです。とはいえ、指から離れた位置に内蔵されたアクチュエーターの出力をワイヤー駆動で指先に伝える場合、力の発生源と指先が離れているため、従来の技術では動きの誤差やディレイ(遅延)の発生を余儀なくされていました。それを機構設計と制御ソフトウェアの両面で解決することにより、世界で初めて汎用的なロボットハンドに搭載することができたというわけです。

ーー 「MELTANT-α」のデモ動画のように、操縦者の動作を忠実に再現するには、人間の動きを正確に読み取る技術も必要ですね。

粕谷:動きを正確に読み取ることはもちろん、手作業においては感覚が非常に重要な要素となります。どんなに器用な動きができても、感覚がなければ作業はできません。例えば、ペットボトルのキャップを開けようとしても、つまむ2本の指の力をお互いの指に向かってしっかりかけなければ、指でキャップを弾くだけで回すことはできない。「MELTANT-α」は、力の情報はもちろん、質感も得ることができるセンサーを搭載しています。それにより、操作者は遠隔地にいながらにして、「MELTANT-α」の指先がなぞった木目の方向を確かめることすらできるようになりました。

「人類はもっと進化できる」――思考実験で導く壮大なるビジョン

ーー 技術面以外にも、日本と海外での受け取られ方には大きな違いがあったのではないでしょうか。我々日本人には、彗星探査機の「はやぶさ」が大気圏で燃え尽きる姿に涙するなど、機械に対して共感的・親和的な傾向があります。一方で欧米では映画『ターミネーター』のように、“人の似姿”といえる存在に対する警戒心が根強いようです。

粕谷:その通りです。日本でのポジティブな反応に対して、CNNに取り上げられた際には、「怖い」とか「仕事を奪われる」といった声が多く見られました。原子力発電所や宇宙空間などでも人間が危険を犯すことなく作業できるようにしたり、人間の仕事に伴うハードルをより低くすることで各個人がより活躍できるようにするための技術なのに、文化的な背景によって受け止められ方が大きく変わってしまう。技術だけでなく、ビジョンを伝えることの重要性や難しさを痛感しましたね。

実はこれは、設立当初からの課題でもあります。当時は“義手ベンチャー”と呼ばれることが多かったのですが、今思えばビジョンの掘り下げが甘く、MELTINが何を目指しているのかを端的に伝えることができなかった。そこで2017年に、弊社をサポートいただいているベンチャーキャピタルのリアルテックファンドの担当者の方から紹介されたのが、ビジュアルデザインスタジオのWOWでコンセプターとして活躍している田崎佑樹さんでした(※1)。田崎さんにはCCO(Chief Creative Officer)として参加してもらい、デザイナーや編集者、ライターなども交えて、人類の進化史の視点からサイボーグによる未来の人間や社会のあり方を突き詰めていく思考実験に取り組みました。ですから「MELTANT-α」は単なる技術の提示ではなく、僕たちが目指しているビジョンを体現したコンセプトモデルという位置付けになるわけです。

(※1)参考記事:アート&サイエンスで導く人類のネクストヴィジョン 田崎佑樹氏(WOWコンセプター)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(1) 
https://finders.me/articles.php?id=126

思考実験を経て完成した、MELTINのビジョンムービー。

ーー 「MELTANT-α」の発表とともにウェブサイトも刷新されましたが、「人類は進化できる」「新たな文明史の幕開け」という言葉に驚かされました。

粕谷:アバターロボットはあくまで最初のステップの一つに過ぎません。MELTINは将来のサイボーグ技術の実現に向け、アバタービジネスと医療機器ビジネスを行っていきます。アバターによって人工的な身体を、医療機器によって人間と機械の接続部分を開発しながら、両方の技術を融合させていくことを想定しています。その意味で言えば、今実現できているのは最終的なビジョンのうち2〜3パーセント程度に過ぎません。荷物を持ってくれる3本目の腕があってもいいかもしれないし、別の体があれば「自分がいないところでは何もできない」という、これまで常識とされてきた状態をも解決できる。例えば職場のアバターロボットに脳を直結できれば、「通勤」という言葉自体がなくなるでしょうし、もし体が不自由だったとしても何ら問題なく活躍できる世界が到来するはずです。

“第3の腕”による、はんだごて作業の様子。首まわりの筋肉の動きでロボットアームを操っている。

ーー 通勤といえば……シンギュラリティを予言した未来学者のレイ・カーツワイルは、バーチャル上で完璧にオフィス環境が再現できれば、物理的なオフィスは必要なくなると言っています。これについてはどう思いますか?

粕谷:未来における多くの一般的なオフィスはもしかするとそうなるかもしれません。ただ、あくまで僕たちがサイボーグ技術の用途として目指しているのは、人間が人間の枠組みを超えてこの世界へさらに進出していくことです。バーチャル空間に可能性があるといっても、人が作っている以上、人間が作るものの範疇に収まるしかない。その枠を超えるには物理的な世界に干渉する手段として、人間を超えるフィジカルなボディが必要だと思っています。

近い将来、MELTINのサイボーグ技術が担うであろう、具体的な活用シーンの例。

生身で宇宙冒険、思考で意思疎通……サイボーグで“宇宙の謎”を解き明かせ

粕谷:例えば、僕はこのサイボーグ技術を使って宇宙冒険に出掛けたいと思っています。その背景には、子どもの頃からの「この世界のすべてを解き明かしたいけれど、人間の体ではできない」という思いがある。宇宙の謎を解き明かすには人間の寿命は短すぎるし、人間の脳ではキャパシティ不足です。そもそも宇宙船や宇宙服がある時点で、地球環境を再現した空間に留まっているのに過ぎないわけで、そうではなく僕は“本当の意味で”宇宙を体験したい。宇宙飛行士に「真空はどんな感じか」と聞いても、答えられる人はいないわけです。生身でありながら宇宙空間にいることができ、どこかの星へ行く間に寿命が尽きることもなく、さらに他の人間とも脳同士で非常に高速な通信ができれば、ようやくほぼすべての制約が取り払われることになるはずです。

―― そのビジョンには肉体面だけでなく、テレパシーと呼ぶべき精神面の進化も含まれていますが、なぜテレパシーが必要になるのでしょう?

粕谷:インターネットやスマートフォンは、人間同士の意思疎通を格段に便利にしたと言われています。それでも、人間の脳が持つ非常に優秀な処理能力を考えれば、脳と脳をつなぐ手段は未だに原始的なまま。考えたことをわざわざ指を動かして文字入力したり、筋肉で空気を震わせて声に変換し、相手の鼓膜を震わせたりしなければならないわけですが、これでは速度的に大幅なロスがあり、しかも意図が正確に伝わるわけでもない。人間と人間、またはコンピュータと人間という非常に高速な演算をすることができる二つの存在が、異常に低速なインターフェイスで接続されている……これは僕に言わせればあり得ない状態であり、明らかに非効率です。もし自分が考えたアイデアをそのまま相手と共有できるインターフェイスがあれば、このインタビューにしても3秒で済むかもしれない。そうすれば、人間が一生の間にできることも飛躍的に増えるはずだと思います。

ーー その時には人類は、地球上の生命体として“幼年期の終わり”を迎えるわけですね…! しかし、道のりは今まさに始まったばかりです。ビジョンの実現に向けて、これからどのような取り組みを進めていくのでしょう?

粕谷:「MELTANT-α」について言えば、昨年からANA×JAXAの宇宙プログラム「AVATAR X」に参画し、宇宙環境での利用に向けた研究開発を進めています。また一方で、次の段階として様々な環境下でフィールドテストを行うための「MELTANT-β」の開発を進めているところです。「α」はあくまで技術を見せるためのコンセプトモデルでしたが、「β」は実作業を考慮したデザインになると思います。

MELTINのスライド資料より。

近い将来で言えば、2021年頃には危険環境での作業を賄うアバターロボットをリリースしたい。誰もが通勤せずに肉体的な作業をこなせるようになるのは、2030年頃でしょうか。2040年には、考えるだけでアバターを操作したり、ミーティングができたりするようにしたいですね。そのためには、単に技術的な発展だけでなく、法律や社会的な意識をも変えていく必要がある。ちょうど今、サイボーグ技術でどこまで人間の能力を改変していいのか、その力を正しく使うための教育はどうあるべきかなどを考えるために、人類学や哲学など幅広い専門家を交えた国際サイボーグ倫理委員会の立ち上げを進めているところです。

ただ重要なことは、僕は決して僕は決して肉体を改造すること、人間を超えた超人になることを推進しているのではなく、あくまで各個人が自分の望む人生を手に入れられるようにしたい、その選択肢を増やすために活動をしているということです。その未来に向けた努力を、これからも続けていきたいと思います。


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