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オランダの子どもが「全員泳げる」理由。スイミングスクールに見る日蘭の違いとは【連載】オランダ発スロージャーナリズム(15)
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  • 2019.07.17
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オランダの子どもが「全員泳げる」理由。スイミングスクールに見る日蘭の違いとは【連載】オランダ発スロージャーナリズム(15)

プール内の画像はすべて筆者撮影。この写真はスイミングスクールで着衣水泳の練習をしているところ

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今年も梅雨が明けるとそろそろ夏休み。暑い夏がやってきます。一方で、海水浴や川でのキャンプなど、夏休みになると毎年のように「水の事故」のニュースを目にします。小さなお子さんのいるご家庭では、水の事故に特に気をつけているのではないでしょうか。

例えば、小さなお子さんと一緒に海や川に遊びに行ったと想像してみてください。その時、子どもが水の事故に遭わないようにするために、皆さんならどうしますか? 「波の高いところには行かせない」「ライフベストを着せる」「深いところで泳がせない」「川の流れの速いところには入らせない」「柵のあるところにしか行かせない」などなど、でしょうか?

どれも皆さん、当たり前のようにすることだと思います。

しかし、オランダではちょっと違います。オランダの場合、まず始めにこういう時に考えるのは、「子どもを泳げるようにする」です。

吉田和充(ヨシダ カズミツ)

ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director

1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/

「柵」がない運河の理由

さて、ここでガラッと話は変わります。オランダに来たことがある方は、ここでちょっと街の風景を思い出してみてください。その風景の中に「運河」があるのではないでしょうか?

オランダはもともと海を埋めたてて作った国。オランダの干拓の歴史はローマ時代にまで遡り、11世紀から始まったと言われています。正式国名の「ネーデルランド」も「低い土地」という意味で、今でも実に国土の30%は海抜0メートル以下にあります。

そんなわけで今でも、国中には運河が張り巡らされているのです。なので、オランダに来たことのある人の記憶の中には、こうした街中に張り巡らされた運河があるのも当然なのです。

さて、この街中の運河。もうちょっと良く思い出してみると、というより良く見てみると、日本の運河、あるいは川のある風景とはちょっとした違いがあることに気がつきます。その違いとは、「運河」や「川」そのものの違いではなく、その周りの違いです。

実は、オランダの運河には「柵」がないのです。なので、もちろん「危ない!」「危険!」「入るな!」なんていう看板も皆無なのです(もちろん、「柵」がある街中の運河もありますので、あしからず)。

「柵」がないのには、いくつか理由があります。「柵を作るのにお金がかかる」「景観が損なわれる」「そもそも誰も必要としていない」などなど。しかし筆者が考える「柵がない」最大の理由は「人は失敗する生き物である」という前提で社会設計がなされているから、です。

「えっ?だったら、柵を張り巡らせたほうがいいんじゃない?」「柵があれば落ちないでしょ?」と思われるかもしれません。しかし、運河や川、あるいは、それがたとえ海だとしても、どんなに柵があっても、どんなに注意していても、どんなに気をつけていても、人間は、というか特に子どもは、「なぜわざわざここで?」というようなところから、潜り込んだり、落っこちたりします。現に、だから毎年のように水の事故が発生してますよね。

つまり、人間は「事故や失敗は完全に防ぐことはできない」ということなのです。

実は、オランダはこういう考えの前提に立って運河というより、社会制度そのものを作っています。

子どもは全員泳げる

では、この前提に立った時に「じゃあ、どうするのか?」という問題が出てきます。「人間は必ず失敗する」「必ず水の事故を起こす」「必ず運河に落ちます」と言われて、「ああ、そうですか。しょうがないですね」と言っていては、なにも始まりません。

こういう時、オランダでは「う〜ん。だったら、落ちても大丈夫にすればいいじゃん!」と考えるのです。

オランダは「干拓の歴史を持ち、運河のある美しい街に住んでいるんだから、その運河に落ちて溺れ死ぬのはしょうがないことだ」「なぜなら、人は必ず失敗をする生き物だから。時には人が運河にも落ちるだろう」「だから、絶対に失敗しないようにしよう!」とは考えないのです。

「人が絶対、失敗しないようにしよう!」と考えるのではなく「だったら、失敗しても大丈夫なようにしよう!」と考えるのです。これは小さいけれど、実は大きな違いです。

ということで、オランダの子どもは全員泳げます。というか、泳げるようにするのです。4歳とか、5歳くらいになると全員、水泳教室に通い始めます。そして「この子は泳げますよ」という卒業証明書(ディプロマ)をもらうまで通うのです。

なので、オランダの水泳教室の目的はハッキリしています。「運河に落ちても溺れないようにすること」です。そのため、そのスイミングスクールの内容も日本の感覚でみるとビックリすることばかり。

まず、どんな子どもも初めから足のつかない深いプールでレッスンが始まります。もちろん、初めはライフベスト的なものを着た状態でレッスンするのですが、かなり長い距離を泳ぎます。「泳ぐ」というより、「浮いている」に近いかもしれません。いやいや、それよりも初めは「沈まない」という状態に近いです。

そこから、徐々にジャンプして飛び込んだり、潜ってボールを取りに行ったり、あっちまで行って帰ってきたり、水中の障害物の中からおもちゃを拾ってきたり、ずーっと浮いていたりと、比較的早いタイミングから、かなり長い時間、水中にいれるようになります。

レッスンが進むと、そのうち、オランダ水泳教室名物の「着衣水泳」なるものが始まります。初めは短パンTシャツから。そのうち長ズボン、長袖Tシャツ。そして最終的にはダウンジャケットとか、コートとかを着た状態へとレッスンが進んでいきます。なので、水泳教室にも関わらず、普通に靴や洋服を着ている子どもたちがプールに入っているのです。

つまり「運河に落ちても大丈夫なように」が目的ですから、服を着た状態で泳げないと意味がないのです。「水着だけ着ている状態で運河に落ちる」なんてこと、ないですからね。

なので、オランダの水泳教室では「25m泳げるようになった!」とか、「クロールができるようになった」「平泳ぎができるようになった」ということは、残念ながらありません。「クロールの時の手の角度がこう!」とか、「息継ぎの仕方はこういうリズムで!」とかは皆無です。全く教えてくれません。そもそもクロールとか、平泳ぎとか自体を教えてくれません。

でも、最終的に子どもたちは、洋服を着た状態でかなりの長時間、長距離を泳げる(というか、溺れない?)ようになります。もちろんフォームもめちゃくちゃ、タイムも競わない、25mとかいう単位も全くありません。

あくまでも「水泳」の目的は、「運河に落ちても溺れないこと」という超実践的なのです。子どもたちは、水泳教室の卒業証書、「ディプロマ」と言いますが、を持っていないと、プールとかに遊びに行っても泳がせてくれないことさえあります。

2008年の北京オリンピックから始まった、海で10Kmを泳ぐ「オープンウォータースイム」という競技があります。オリンピックの水泳競技の中では最長の距離を泳ぐ種目です。過去3回のうち、オランダは男子が2回、女子が1回、金メダルを獲っています。人口の少なさ(オランダの人口は1700万人)から考えると、異常なメダル獲得ペースですよね。この背景には「溺れない」ためのスイミングスクールの存在があると考えるのは早計でしょうか?

「人は失敗をする生き物である」という前提の社会制度設計

さて、実はこの「運河に落ちないように柵を設けるのではなく、落ちても溺れないようにする」という発想、つまり「人は失敗する生き物である」ということを前提として、社会制度を設計する発想は、何も水泳に限った話ではありません。オランダでは、基本的に「人は失敗する生き物である」という前提で全ての社会設計がなされている気がします。

だから、オランダは「チャレンジしやすい社会制度」「チャレンジしやすい心理的状況」を作っていると言っても良いかもしれません。スポーツにおいては、このマインドセットは非常に大事です。失敗するかもしれない「チャレンジ」の先にこそ、勝利や大記録があるからです。

そういえば、最近、オランダスポーツ界は世界的に見ても目覚ましい活躍をしています。女子サッカーはW杯準優勝。男子サッカーも、ヨーロッパで行われたUEFAネーションズリーグで準優勝。F1では、つい先日、日本でもホンダの久しぶりの優勝が話題になりましたが、そのドライバーはオランダ人のマックス・フェルスタッペンでした。さらに今年から始まったプロホッケーの国際リーグでは、オランダ男子が3位、女子は1位。テニスでは、女子のキキ・ベルテンスが世界ランク4位。ごく最近だと、今年のツール・ド・フランス(第1ステージ)でマイク・テウニッセンが、オランダ人としては30年ぶりに優勝しました。

こうした勢いは、実はスポーツでだけではありません。オランダでも大学を卒業した若者、特に優秀な人ほど起業する傾向になっています。もちろん、以前よりIT技術の発展などもあり、世界的に起業しやすい環境になっていますが、日本では「失敗したらどうしよう」「大企業に就職しないと2度と社会に出れないのではないか?」と失敗を恐れるマインドセットが強いように感じますが、こちらでは全くそういうことは聞きません。「失敗」に対する、心理的な負担や社会制度が根本的に違うからです。実は、逆に新卒は就職しにくいという事情もありますが。

もちろんオランダのこうした傾向は今に始まったことではありません。でも、つくづく「人間は失敗する生き物であるということを前提とした社会制度」は、そこに住む人にとっては、非常に住みやすい社会(特に子育て環境)を作るのではないか?と実感しています。

スイミングスクールの指導法の違いから見る、社会の作り方の違いをご紹介しました。

ちなみに、一昨年の真冬。うすーい氷の張った池で遊んでいた子どもたち(小学校高学年)が、次々に池に落ちるという場面に遭遇しました。薄い氷が割れて、ものの見事に沈んでしまったのです。もちろん子どもたちを助けはしたのですが、実は全員ダウンとか厚手のコートを着込んでいたものの、パニックとかになることはなく比較的スムーズに岸まで泳ぎつき、誰一人溺れなかったことには地味に感動しました。

そう、たとえ、運河に落ちなくても子どもが「溺れる機会」はどこにでもあるのです。

皆さんも、何か企画する時には「失敗することを前提にした」制度設計をしてみてください。


次回の公開は8月15日頃です。

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