CULTURE | 2019/07/03

「スポーツのデータ活用」で選手の、ファンの何がどう変わるのか【連載】Road to 2020 スポーツ×テックがもたらす未来(4)

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今年、日本で開催される大きな世界大会のひとつがラグビーワールドカップ2019だ。9月20日に行われる日本対ロシアの開幕戦を皮切りに11月2日まで、約7週間にわたって48試合が行われる。日本開催だけに時差を気にすることなく観戦できるアジア初開催の大会となる。

他のスポーツと同様に、ラグビーでも選手の活動データの取得・活用がさかんに行われている。多くのデータが集まり分析・活用が進むとスポーツシーン全体がどう変わるのか、そしてそれらのデータはどのように運用すべきなのか、慶應大学の神武直彦教授に解説いただいた。

取材・構成:飯塚さき

神武直彦

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げに従事。欧州宇宙機関(ESA)研究員を経て、宇宙航空研究開発機構主任開発員。国際宇宙ステーションや人工衛星に搭載するソフトウェアの独立検証・有効性確認の統括およびアメリカ航空宇宙局(NASA)、ESAとの国際連携に従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2013年にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボを設立・代表就任。2016年日本スポーツ振興センターマネージャー。2017年同アドバイザー。2018年度より教授。総務省「スポーツ×ICTワーキンググループスポーツデータ利活用タスクフォース」主査。博士(政策・メディア)。

「日本代表選手のデータ」と競争できる時代がやってくる

ラグビーワールドカップでも、さまざまなテクノロジーを駆使したデータの活用が行われるでしょう。誰がどれくらいのスピードで走っているか、総走行距離はどれくらいかといった選手の運動量だけでなく、選手ごとのプレーやポジショニングのデータもとられています。今までは、指導者や選手がコーチングやトレーニングのためにデータを使っていましたが、最近は観客もこうしたデータを見られるようになってきました。

例えば、ある選手のトップスピードを、過去のワールドカップと比べてみて、以前よりも早くなっているのか、遅くなっているのかということもわかるでしょう。もし4年前の彼だったらタックルを受けずに走り抜けたかもしれない、といった推測ができるのです。

しかし、一概に足が遅くなったら悪いわけではなく、体のバランスが強化されていたり、試合の流れを的確に判断できる能力が高まっていたりするようなこともあるでしょう。そういった試合の流れについてのデータも記録され、活用されつつあります。こうしたデータも、テレビやスマートフォンを使って、観る人と共有されつつあります。そうすることで、例えば、ある小学生のデータをとって、「今日の君のトップスピードは、この間の試合の日本代表の田中選手のトライの時のスピードより速かったよ」などとフィードバックすれば、とたんにデータが自分事になるのです。日本代表選手と自分とがデータを介してつながることで、スポーツを「観る」人が「する」きっかけにもなり得るでしょう。

データは、とるだけではなく、様々な観点から分析することが大切です。取得したデータをそのままの状態で見比べるだけだと、分かることは限定的ですが、それをとりためることでいろいろなことがわかってきます。自分や自分たちのチームがどのように成長しているのかを振り返ることができますし、対戦するチームがどういう戦術、運動量で試合に挑んでくるのかの予測をすることもできます。

「観る」人でも様々なデータを手にすることができるようになってきました。特定の選手やチームだけではなく、誰もがデータを手にできることで活用方法も飛躍的に広がっていくでしょうし、スポーツデータがそういう方々のインテリジェンスやデータリテラシー能力の向上に寄与する可能性があるということでも、よい傾向だと考えています。

観る人にとってのスポーツデータ

とられたスポーツデータはオンライン上で共有できるので、観る人がSNSなどで議論し合うことができます。そこでコミュニティが形成され、新しいスポーツの楽しみ方が生まれるようなことも起きています。今までは、1人で観戦するのはつまらないからとスポーツバーやパブリックビューイングに行っていた人が、外に出なくても、手のひらでスポーツ観戦をして、他者とコミュニケーションをとることができるようになったのです。単に解説を聞きながらゴールが決まったかどうかだけを知るのではなく、さまざまなデータをもとに、いろいろな人とやりとりを楽しめるようになったことも面白いポイントです。

また、会場で試合を観る人は、勝敗を見守るだけでなく、臨場感を味わうといった観戦の「体験」を大切にしています。その場で雰囲気を楽しむこと、隣の人と盛り上がることなど、それぞれのニーズによって、どうデータが使われるかがポイントです。同じラグビー観戦でも、真剣に試合を観て、今のプレーは何が起こっていたかなどを知りたい人がいる一方で、細かいデータよりも自分の周りにどんなファンがいるのかといった情報が欲しい人もいるでしょう。スポーツの価値が人それぞれ違うなかで、いかにニーズに合った情報を提供できるか。今後、より多くのスポーツデータを得られる時代になると思いますが、ニーズによって情報をどうカスタマイズし、適切なタイミングで提供できるかが大切になってきます。データは、とることも大切ですが、それを分析して適切に提供するところまでを考えることが、本当に必要なプロセスなのです。

「数字」の落とし穴を理解し、選手のリテラシーを高める

テクノロジーを導入することには、当然難しさもあります。数字が出てくることによって、「スピードが速い」「走行距離が長い」といった指標が見えるのですが、それだけを見ると、足の速い人やたくさん動いている人が偉いように見えてしまいがちです。しかし、スポーツではポジションによって役割が違うため、それだけで選手を評価するのはよくありません。異なるポジションの選手の総走行距離を比較しても、あまり意味はありません。それは、彼らの役割が違うからです。実際に、あるチームで距離やスピードのデータをとり始めたら、何人かの選手が、とにかくたくさん走らなくてはいけないというプレッシャーを感じてプレーが崩れてしまった、ということを耳にしたことあります。データをとることで選手は「監視されている」感覚になってしまうこともあります。そうならないためにも、とったデータを目的に応じてきちんと評価できる人や指標、仕組みを確立していくことがとても重要です。実際に、ラグビー日本代表では、練習時のデータを選手が把握して、その日の身体への負荷が予定よりも小さい場合にはプラスアルファの練習を自分に課したり、また、積極的に休息をとったり、チーム全体の運動量から、世界の上位チームと戦うために必要な運動能力になっているのか、足りていないのか、というようなことを把握したりしているようです。

競技の特性を考えることも大切です。例えば、ラグビーはサッカーに比べて総走行距離は半分程度ですが、代わりにサッカーよりも激しいコンタクトを伴います。それだけでなく、試合によっても、走らなくてはならなかった試合とそうではない試合があります。つまり、競技特性に加えて、試合ごとの異なるコンテキスト(背景)まで加味して考える必要があります。競技特性やコンテキストを把握した上で、データを正しく評価することが重要です。

ワールドカップのように、国を代表して選手が試合を戦う場合には、まず勝つことが大切です。多視点・高精細なデータをとって活用することで、選手の発掘・育成から、試合への準備、ケガ予防、メンバー選定といった、あらゆる場面での意思決定に役立ちます。選手本人にとっても、支えるコーチ陣にとっても、データに明るいことは大きく優位に働くでしょう。データを駆使することによって、現在のコンディションやパフォーマンスだけでなく、未来の可能性や課題なども予測できます。早めに正確に予測することで、計画的に良いところを伸ばし、課題を克服し、選手自身が壁を乗り越えることも可能になります。競技によらず、世界レベルで戦っている優秀な選手は、テクノロジーやデータに興味を持ち、その活用を自分の強みにしていることが少なくないように思います。データをうまく使いこなし、強みを伸ばし、弱みを克服するといった行動をとることができれば、怪我をせずに活躍する可能性が高まるでしょう。そのため、結果的にデータを自分の味方にする選手こそが、今後伸びていくといえそうです。

同じデータでも、見せ方や分析の仕方で、「する」側や「支える」側のデータにも「観る」側のデータにもなり得ます。データを蓄積し、日本代表チームと自分のチームがバーチャルで戦う、などといったことが、将来的にはできるようになるかもしれません。


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