「30歳までに結婚しなきゃ」「仕事で成果を出さなきゃ」といった、世間の「こうあるべき」という価値観に未だに縛られ続け葛藤する現代人。30歳を目前にして自分は何者なのか、ほんとうにこのままでいいのだろうかと悩む若者を指す「27歳症候群」という言葉があるほど、誰しも通過する問題のようだ。
そんな現代人が抱える問題に焦点を当てた映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』が11月3日(金・祝)から公開となる。
本作は仕事なし、男なし、貯金なしの崖っぷちアラサーの安希子(深川麻衣)が、友人の勧めで56歳のサラリーマン“ササポン”(井浦新)と奇妙な同居生活を送る、元SDN48の大木亜希子の実体験を基に書かれた小説が原作だ。
本作の映画化を手掛けた穐山茉由(あきやま まゆ)監督は原作から「”おっさん”と住むというインパクトのある話の裏に、現代に生きる人の悩みが痛いほどリアルに描かれていると感じた」という。
映画化にあたって、原作をどのように読み解き、どのようなテーマを据えたのか話を聞いた。
穐山茉由(あきやま まゆ)
映画監督
OEMメーカーを経て外資系ファッションブランドのPRを務める。31歳で映画美学校に入学、勤務を続けながら映画制作を学ぶ。2018年に初の長編『月極オトコトモダチ』が、第31回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門へ正式出品。さらに「MOOSIC LAB 2018」で長編部門グランプリほか4冠達成。2020年『シノノメ色の週末』では第31回日本映画批評家大賞「新人監督賞」を受賞。2023年11月3日(金・祝)に全国公開を控える『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択した』の監督を務めている。
「30歳までに結婚しなきゃ」は避けては通れない悩み
―― どういった経緯でこの映画に携わるようになったんですか。
穐山:原作小説の存在は知っていましたが、ちょうどプロデューサーから読んでみてよ、って勧められたんです。読んでみたら、描かれているテーマが自分も心当たりのある、いわゆる「30代になる手前で通る悩みや問題」が赤裸々に書かれていてすごく共感できたんですね。
私もこれまでそういったテーマで作品を作ってきたこともあり、映画化されるのであれば私が撮りたいなと思い、ちょうど原作者である大木亜希子さんも映像作品にしたいと考えていらっしゃったタイミングだったので監督を担当させていただくことになりました。
―― 共感した「問題」や「悩み」はどのようなものだったのでしょうか。
穐山:世間がつくった価値観みたいなものに囚われてしまうような部分です。典型的なところでいうと「30歳までには結婚しないといけない」みたいなことですね。そういう風潮は徐々になくなってきていますが、今の仕事を一生続けるのか?独りでいる覚悟は?などの答えを迫られる感覚というか、どうしても意識せざるを得ないタイミングが出てきますよね。
原作でもアイドルを辞めたあと、仕事も恋愛も「成功しなければ」というプレッシャーの中で突然足が動かなくなってしまったというエピソードがあるように、「他者と比べてしまう自分や固定観念に縛られてしまう自分と、どのように向き合っていくのか」というのが原作の根本的なテーマだと感じました。
―― 原作のそういったテーマを穐山作品として落とし込む際に気をつけたことはありますか。
穐山:原作は「元アイドル」としての目線も面白く書かれていたので、「元アイドルがおじさんと共同生活を始める」に焦点を当てた描き方もできたと思います。ですが、今回の映画では「アイドルという特殊な存在の人」ではなく「等身大の女性像の悩み」に注目して描こうと、脚本を担当してくださっている坪田文さんと脚本作りの段階から考えていました。
なので、仕事や生活が本当にうまくいかなくて、精神も病んでしまった。そんな状態から主人公がどう再起していくのか、という過程に焦点を当てました。誰しもが思い当たるような普遍的な出来事を切りとることで、20代後半の女性の繊細な心の機微を描けるよう作品にしたかったんです。
―― 穐山監督にもそういった「等身大の悩み」があったのですか?
穐山:私は30歳手前で婚約破棄をして、いわゆる社会の「価値観」との間で悩んだことがありました。でも思い返すと20代後半のもがいていた時期って自分で「選択」をしていなかったんですよね。つまり生活にしても仕事にしてもなんとなく、社会が求める価値観の中をフラフラと突き進んでいただけ。本当にギリギリまで、社会に求められていなくても、自分の理想的な状態を考えて、それを選択していいということに気がつけなかったんです。
本作で注目した「あるものにとらわれずに自分で選択していいんだよ」というメッセージは、元々私が映画を手がける際にいつも中心に据えてきたテーマでもあるので、今まで積み重ねてきたものごとを新たな表現として作品に落とし込めるかなと思いました。
少しでも同じような悩みを抱えている人に観てもらって、何か感じてもらえればと思っています。
「2足のわらじ」に引け目を感じていたのは自分だけだった
―― 実際、既存の価値観に囚われずに意思決定することは、なかなか難しいと思います。監督はなぜ自分で「選択」しようと思えたのでしょうか?
穐山:そもそも、そういう価値観に合わせることが向いていなかった気がします。それでも価値観が基準としてある前提で生きていたので、どこかギャップを感じていたんですよね。でも「この先、このまま進んでしまったら、自分の気持ちを置いて行ってしまうな」と強く思える体験を経て、変化したんだと思います。
ーー 監督は30代前半から映画美学校に入学し、映画を撮り始めるという人生の転換点を迎えています。「今から始めるのは遅いんじゃないか」というような固定観念と距離を置けたのはなぜでしょうか。
穐山:身も蓋もありませんが、そういった引け目よりも純粋に学びたいという気持ちが強かったので、「もう遅いかも」と思わなかったんだと思います。周りはほとんど年下ばっかりだったので年齢の違いを実感しましたが、意外と垣根はなかったです。
どちらかと言えば、年齢のギャップよりも会社員を辞めてまで映画制作に専念するのかという点のほうが悩みました。本当に完全に辞めて大学で学び直す選択肢も考えたんですが、一気に方向転換するほどのリスクを背負うのはちょっと不安もあり、違うかなと思ったんです。
ーー 冷静に判断した結果、会社員も映画監督も取り組むことになったんですね。
穐山:ただ、ひとつに絞るのが美徳みたいな価値観がありますよね。私もそれを自分に課して「二足のわらじ」でいることに、引け目に感じていました。
意外とその中に飛び込んでみると、「監督と会社員の両方やってるのが珍しい」と面白がられることがあって、思っていた反応と違うことが多かったです。自分が思っていたマイナス面は、実はそんなにマイナスじゃなかったんですね。もしかすると、「あるべき像」は、自分が勝手に作り上げて自分で縛っているのかもしれないですね。
ーー 監督ご自身も、亜希子が抱える”アラサー”特有の悩みや葛藤を通ってきたんですね。
穐山:そうですね。ただ、何か作りたいと漠然と思っていたくらいで何をしたいかは分かりませんでした。
バンドの活動をしたり、写真を撮ったりと好きなことにどんどん手を出していました。最終的に行き着いたのが映画で。映画を作っていくうちに、学校で作った課題やちょっとした短編を人に見せることで思わぬ反応をもらったり、伝えたいことが伝わらないことがあったり、自分の手がけた作品を人に見てもらって反応して貰えるようになるともっといろんな人に見せたいなとか、なんかそういう気持ちがどんどん増えてきたんですね。
実は映画監督もはじめから明確にやりたいと思っていませんでした。本当にこのままでいいんだろうかという、誰しも通る30代を手前にぶち当たるこのモヤモヤした気持ちを昇華させるものが必要だって思ったんですよ。もう生きていくのに必要なくらいに思っていたこともありました。
そうして作品を撮っていくなかで、映画祭に選んでもらって、いろんな人に観てもらうきっかけを作りたいとか、だんだんと自分の名刺になるような作品を作りたいなって気持ちが変化していき、映画監督を仕事にしていきたいなと思ったんです。
もがいた時期を経て、自分の出来る範囲のところから少しずつやっていくことで、思いもよらなかった自分に出会えるかもしれません。映画でも亜希子のそういった姿を描いているので、ぜひ観ていただけると嬉しいです。
11月3日(金・祝)公開
『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』