EVENT | 2024/07/09

白坂成功教授が語る「宇宙ビジネスのつくり方」
とコラボレーションの重要性

Interop Tokyo 2024 基調講演 「これからの宇宙・空間産業について」
開催レポート

文・構成:井上榛香 編集:カトウワタル(FINDERS編集部)

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6月に行われたインターネットテクノロジーイベント「Interop Tokyo 2024」では、今年も宇宙とインターネットに特化した講演やパネルディスカッションを集めた特別企画「Internet × Space Summit」が開催された。そのなかの一つ、「これからの宇宙・空間産業について」と題した基調講演には、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科の白坂 成功 教授、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)宇宙・空間産業推進室の渡邊 敏康氏と南 政樹氏が登壇し、宇宙ビジネスを体系化して説明し、宇宙開発のこれからを語った。

多様性が求められるわけ

基調講演の冒頭で白坂教授はまず5枚のCTスキャン画像を投影した。5枚のうち4枚にはがん細胞が、1枚にはゴリラのシルエットが写っている。これは海外の大学が実施した実験の一部である。24人の熟練の放射線技師に同じ画像を見せると、4枚の画像のがん細胞は簡単に見つけられたのにもかかわらず、83%の放射線技師はゴリラのシルエットを見過ごし「おかしいところはない」と答えたという。この実験結果は、人間はインプットする情報の全ては意識下で処理せずに、無意識のうちに処理する情報を選択していることを表している。素人でもわかるゴリラのシルエットに放射線技師が気付かなかったのは、脳が無意識のうちに必要のない情報だと判断していたからである。

人間は同じ認知の仕方を繰り返していると、思考が固定化される「専門家バイアス」がかかることがわかっている。放射線技師が毎日CTスキャン画像からがん細胞を見つける仕事をしていると、より早く、確実にがん細胞を見つけられるようになるが、がん細胞以外の情報には意識が及ばなくなってしまう。つまり、同じことを繰り返していると、ほかのことに目が行かなくなり、新しいことが始められなくなってしまう。

この専門家バイアスから抜け出すために多様性が求められ、世界中でオープンイノベーションが進められているわけだが、ただ異業種の人材を集めただけではイノベーションは起こらない。白坂教授が所属するシステムデザイン・マネジメント研究科は多様性を活かすメカニズムの研究や教育を行なっている。なかでも白坂教授は電機メーカーで人工衛星の開発を行っていた経験があり、宇宙を専門としている。

白坂教授による宇宙スタートアップのビジネス分析

研究の傍ら白坂教授は、宇宙スタートアップ・Synspectiveを立ち上げた。同社は人工衛星を打ち上げ、観測データを用いてサービスを提供している。これまでに4機の衛星を打ち上げ、将来的には30機体制での観測を目指している。さらに、内閣府に設置された審議会・宇宙政策委委員会の委員及び基本政策部会の部会長も務める。

白坂教授は、世界の宇宙産業の市場規模は2040年に120兆円になると予測されており、日本においても政府が大規模な支援策を打ち出したことを説明した。

日本では今後10年を見据えて国の宇宙政策の基本方針を示す「宇宙基本計画」を策定し、毎年改訂している。宇宙基本計画は2023年に大幅に改訂され、日本が開発を進めるべき技術を見極め、その開発のタイムラインを示した「宇宙技術戦略」と政府が宇宙航空研究開発機構(JAXA)に基金を造成し、JAXAを通じて民間企業や大学を支援する「宇宙戦略基金(通称、JAXA基金)」が策定された。宇宙戦略基金は10年で1兆円という宇宙分野ではこれまでにない大規模な支援事業として注目されている。2024年度の予算は3,000億円に上る。7月から8月にかけては公募が始まる予定だ。宇宙ビジネスに参入するには絶好のチャンスである。

会場は宇宙以外の仕事に就いている人が大半だったが、白坂教授は「宇宙の専門家じゃなければ、宇宙ビジネスを考えられないわけではありません」と話し、国内の宇宙スタートアップを例に挙げて、ビジネスを3つに体系化した。

まず日本で最初に設立された宇宙スタートアップ・アクセルスペースと白坂教授が立ち上げたSynspectiveは、搭載されているセンサの種類は違うものの、どちらも小型の衛星を打ち上げ、観測データを販売したり、データを活用したサービスを提供したりしている。日本ではもともと大手重工メーカーや電気メーカーが国の研究開発費を中心としながら、宇宙分野の技術開発を行なってきた。既存の大手宇宙機器メーカーが作ってきた衛星を、アクセルスペースやSynspectiveは衛星を小型・軽量化し、製造や打ち上げにかかる費用を下げたことでビジネスを生み出した。サービスや製品の価格が下がるとその価格に相応の利用者が出てくる。「小型化・低コスト化できていないものを見つけて、小さく安くできればそれだけでビジネスができます」と白坂教授は説明した。

次に白坂教授は、スペースデブリの除去サービスの提供を目指すアストロスケールと月面探査を計画しているispaceのビジネスを例に挙げて、技術開発のマネタイズの重要性を説明した。アストロスケールの代表取締役社長兼CEO 岡田 光信氏は、宇宙スタートアップを立ち上げたいと決めると、学会に出向き、スペースデブリが問題になっていることを知ったという。岡田氏は技術者を集め、アストロスケールを創業し、技術開発を着々と進めている。白坂教授は「スペースデブリ除去をどうマネタイズするかを考えついたのが岡田さんのすごいところです。技術を見つけてマネタイズができればビジネスが作れます」と説明した。

3つ目は光るアイデアを考え出すというものだ。人工流れ星の開発を目指すスタートアップ・ALEを例に挙げ、白坂教授も「これは難しい。なかなか思いつかない」と話した。

実際にSynspectiveを創業した白坂教授の説明には説得力があった。ビジネスが体系化されると参入障壁が下がったように感じた人も多くいたのか、会場では「なるほど」「へぇ」といった感嘆の声が聞こえた。

2040年、宇宙進出が当たり前の時代へ

次に、話題は将来の宇宙ビジネスへと移り、白坂教授は2040年代の活動について紹介した。アメリカが主導する月面探査「アルテミス計画」が進んでいることもあり、2040年代に月面には少なくとも100人、多くて1,000人が滞在すると予想されているという。地球周回の宇宙ステーションは月面よりも一桁多く、少なくとも1,000人、多くて1万人が滞在すると見られている。現在は訓練を重ねた宇宙飛行士のみが宇宙ステーションに滞在しているが、2040年代は一般人が観光で滞在することも増えるだろう。そうすれば、人が地上で生活するために必要なものは全て宇宙空間でも必要になる。「地上でビジネスをやっているほとんどの方が宇宙空間でもビジネスができます」と白坂教授は話す。ただ、宇宙空間では工夫も必要だ。例えば微小重力下の宇宙ステーションでは水は浮遊してしまうため、宇宙用の飲料を作る場合は専用の容器の開発が必要になる。地上との違いにいち早く気付き、取り組んでいくことが重要だと白坂教授は話した。

地上で行われてきたビジネスを宇宙でも展開していくためには、宇宙企業と異分野企業のコラボレーションが必要になるだろう。PwCコンサルティングの南氏は「コラボレーションを行なっていくと想定したときに、日本がイニシアチブを取っていくために何をすべきですか」と白坂教授に尋ねた。この質問に対して白坂教授は、日本の強みは宇宙スタートアップのバラエティさは世界で突出していることと、月面探査車やロケットの開発に取り組む自動車メーカーのように先を見据えた技術開発ができる会社があることが強みであり、それを活かすべきだと話した。

写真右より慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科の白坂 成功 教授、PwCコンサルティング 宇宙・空間産業推進室の渡邊 敏康氏と南 政樹氏

基調講演の最後にPwCコンサルティングの渡邊氏は、「やはり宇宙業界以外の方も含めてコラボレーションしていくことが重要だと思います」と話し、締め括った。

なお、PwCコンサルティングは宇宙ビジネスの動向や同社の取り組みを有識者やクライアントを交えて紹介する「Space Industry Forum-PwCが考えるこれからの宇宙・空間産業-」のオンデマンド配信を開始した。

Space Industry Forum -PwCが考えるこれからの宇宙・空間産業-  https://www.pwc.com/jp/ja/seminars/space-industry-forum2024.html


開催概要

Interop Tokyo 2024

会期:2024年6月12日(水)~14日(金)
会場:幕張メッセ(国際展示場 展示ホール2~6 / 国際会議場)
主催:Interop Tokyo 実行委員会
運営:(一財)インターネット協会 / (株)ナノオプト・メディア
公式ホームページ:https://www.interop.jp/

基調講演 「これからの宇宙・空間産業について」

2024.6.13(木) 16:05-16:45
提供:PwCコンサルティング合同会社

Speaker
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科 教授 白坂 成功

PwCコンサルティング合同会社
執行役員 パートナー 渡邊 敏康

PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー 南 政樹

Space Industry Forum -PwCが考えるこれからの宇宙・空間産業-  https://www.pwc.com/jp/ja/seminars/space-industry-forum2024.html