CULTURE | 2023/12/05

書店を使った若手社会人のお悩み相談。 「書店思考」で仕事や生活の 「漠然とした悩み」の本質を解き明かす

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書店を使った若手社会人のお悩み相談。「書店思考」で仕事や生活の「漠然とした悩み」の本質を解き明かす

「本を読みなさい」

多くの人が、親や教師、会社の上司から言われてきた言葉でしょう。そして、その言葉の裏には「もっと勉強しなさい」といったメッセージが込められていたと思います。

ですが、どの本を読めばいいのか。その「選び方」を教えてもらった、という人はどれだけいるのでしょうか?連載『READ FOR WORK & STYLE』特別編の後編。前編では私、代官山 蔦屋書店でコンシェルジュを務める岡田基生が、そんな書店の歩き方や本を選ぶ際に見るべきポイントなどを紹介しました。今回はより具体的な悩みに対して、ブックコンシェルジュの立場ならこう考え、この本を選ぶ、という実践をご紹介できればと思います。

岡田基生(おかだ・もとき)

代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)

1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来 して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」『共創のためのコラボレーション』(東京大学 共生のための国際哲学研究センター)、「イーハトーヴ――未完のプロジェクト」『アンソロジストvol.5』(田畑書店)など。
Twitter: @_motoki_okada

まず見るべきはロングセラー

今回は、FINDERS編集部の舩岡さんの悩みを伺いながら、実際に書店を歩いていきたいと思います。

舩岡:よろしくお願いします。社会人としては2年目で、編集部に入ってからまだ1年ちょっとです。以前働いていた会社では営業職で、売上さえ上げれば何でも良いという環境だったので、目標とそれにかける時間も明確でした。でも編集の仕事は締切以外にも、取材前の準備など自分としてどこまで詰めれば良いのか基準がなかなかわからない、ということがあります。たくさん時間をかけて悩めばいい、とは思いませんが、短時間で完成してしまうと不安になってつい余計に時間をかけ過ぎてしまいます。なので時間のコントロールを身に着けたいと悩んでいます。あと、どういった本が自分の血肉になるのかといったイメージがなく、書店に来ても自分の悩みを解決する本の探し方がわかりません。

「若手クリエイティブ職の時間の使い方」ですね。編集者やライターだけでなく、デザイナーや動画編集者といった方々にも共通する悩みかもしれません。それでは店内をまわりながら探していきましょう。

まずは王道として、ビジネス書の平積みコーナー。前編でご紹介した通り、平積み本は話題書や書店として推しているタイトルが並ぶイチオシです。まずはここから探し始めるのがオススメです。この中で「時間」というキーワードを意識しながら見ていくと少しずつ絞れていくと思います。

一冊いい本がありました。安宅和人『イシューからはじめよ――知的生産のシンプルな本質』(英知出版)。これは大定番ですね。2010年に出版されて現在なんと第45刷です。

ここで重要になってくるのが、自分が悩んでいるのが「時間」に関することだとしても、タイトルや帯に「時間」と書いてある本だけを探してはいけない、ということです。これは難しい部分でもありますが、しっかり身につけたいものです。まず「時間の使い方」というテーマを自分の中で因数分解してみましょう。

編集部・舩岡さんの悩みは「仕事のやめどきがわからない」という話でした。つまり言い換えると、「完成度」「効率」という2つのテーマが見えてきます。どこまでやったら終わりと言えるのか。どういうふうにやったら、よりクオリティが上がるのかですね。最初は「時間管理術」の話だと思っていたけれど、実は「企画の立て方」という話かもしれないし、その前にある「企画の問題意識、問いを見つける力」の話かもしれない、という仮説も浮かびました。

そうすると『イシューから始めよ』のサブタイトル「知的生産のシンプルな本質」や帯に書かれている「人生はなにかを成し遂げるにはあまりに短い」という時間にまつわる話にも自然と目が向き、これも時間について考えられる本なんだ、ということがわかります。さらに「イシュー」、つまり「何が問題なのか」を見定めることで、先程の「どこまでやればいいのか」というクオリティの話の解決にも繋がっていきます。

もう一冊、目についたのが、イサベル・シェーヴァル『デザインフルネス 脳科学でわかる心地よい生活環境のつくり方』(フィルムアート社)という本です。これには「どうすればより良く働けるのか」という環境づくりについて書かれています。今、この本から、時間の問題を解決するために、働く環境に目を向けてみる、というアプローチを思いつきました。

こういった例から私がお伝えしたいのは、「クリエイティブ業務での時間の使い方」を考えるときに、一見遠回りに見えても大喜利的にどんどん色々な切り口で考えていくのが大切だということです。「時間」をテーマにどれだけ本を探せるか、ちょっとこじつけてみるぐらいの方が新しい視点が見つかるかもしれません。

また少し踏み込むと、「クリエイティブな仕事での時間の使い方」って、自分の価値観の話になってくる気がするんです。ある種のメソッドのようなものがあって「これをやれば大丈夫」という明確な決まりはありませんよね。

もちろん前提としてその時々の課題や要件はあると思いますが、自分がどういう仕事をしたいのか、自分の価値観や美意識にもとづいて、自分はこういうことをやりたいからここまでのクオリティにしよう、と決めるはずなので、むしろ答えは自分の中にあるはず。いろいろな切り口の本を読むことによって、答えや価値観が自分の中で明確化していき、仕事の区切り方も見えてくるかもしれません。

「健康」や「睡眠」から「時間の問題」解決の糸口を探る

さて、今度は少し違った角度から本を探してみましょう。「仕事術」「時間術」的な本は、画一的というよりむしろスタンダードな知識と呼ぶべきものも多く、このあたりもぜひチェックしてみてください。クリエイティブな仕事であっても、たとえば自動化やデータの整理などを効率化することで、仕事の時間の使い方は変わってきますから。

書店には実用書のコーナーがあると思いますので、ここから「自動化」というキーワードを考えていくと『ショートカットキー全事典』(インプレス)なんて本が見つかるわけです。知らない人からすれば、こんな本あるんだ、って感じですよね(笑)。でもこれが意外と大切だったりもする。Outlookのショートカットキーってあんまり知らないよな、とか。

こちらの本は平積みにはなっておらず、棚で「差し」になっているものですが、差しの本の魅力というものがあるわけです。爆発的に売れることはないけれど、机の上に一冊あったら仕事の効率も結構違うような本。こういうTipsも侮ってはならないと思います。

代官山 蔦屋書店でもショートカットキーの本が、ざっと探しただけで3冊ありました。こういった実用書はとにかく「見やすさ(読みやすさ)」が一番大事なので、それを基準に選んでみてください。もしかしたら一日1時間節約、なんてこともあるかもしれません。ネットで都度検索する時間もそうですし、そもそも「そんなショートカットキーがあるなんて知らなかった」ことに気づけるかもしれません。「知らなかったことに気づける」というのもインターネットと比べての本の強みではないでしょうか。

もちろん蔦屋書店には「時間術」の本もたくさんおいてありますが、あくまで個人的な意見としては、時間術をおぼえるよりも「習慣を見直す」アプローチの方が大事なのではないか、と思うこともあります。

「時間術」の中だけから選ぼうとすると十数冊しか候補がないかもしれませんが、たとえば「習慣」や「睡眠」の方向から「時間」について考えていけば、選択肢は無数に広がっていきます。時間の使い方が悪い、迷ってしまうのが原因ではなく、単に睡眠不足が続いて非効率になっているだけかもしれない。なにが本質的な問題なのかを分析し、広げていくために、書店の棚を回っていただくことが大切です。

なので、健康のコーナーで「時間」をテーマにした本を探す、ビジネス書のコーナーで、自己啓発書のコーナーで…といった具合に、自分の問いをいろんな棚にぶつけてみる。頭を整理するブレストの場として使ってみる。そうしていくと、いくつか「これだ」という本に出会えるはずです。書店は自由に使える「ブレストの場」だと思ってください。

と言っても、いきなり実践するのは難しいと思います。具体的にひとつアドバイスをするならば、すぐに棚を通り過ぎてしまう方は「一つの棚は5分程度を目安」に、どんな本が置いてあるか観察してみてください。重点的にひとつの棚を見ていただくだけでも、きっと「こんな本があったんだ」と発見があるはずです。

問いを棚にぶつける「書店思考」

次は「哲学・思想」のコーナーです。小難しいばかりで実用性に欠けると思われるかもしれませんが、私は「意外と使える」と思っています。

これまでは棚を見ながらお題に答える本を探して来ましたが、実は、悩みを伺ったときに、自分が真っ先に思いついた本がありました。千葉雅也さん、山内朋樹さん、読書猿さん、瀬下翔太さんによる共著の『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』(星海社)です。実はこの本には、そのまま「やめどき」の話が書いてあるんです。

いきなりこの本に行き着くのはややハードルが高いかもしれませんが、書店の棚のことがわかってくれば、あるいは前編で紹介したように、やはり書店員に相談することでたどり着けるのではないかと思います。

哲学というのはある意味全部の学問の基礎になっているようなもので、ライフスタイルを含めトータルで考えることができる方法だったりもします。この本は、特に「使える」ように書かれています。しかも帯を見てください。「書けない&書き終われない病への処方箋!!」と書いてありますね。ちなみに本を買うときに帯に目を通すことがおすすめです。書店に置いてある本は、基本的には開いてもらえないというか、まず表紙と帯で興味を持ってもらわないと始まらないですよね。なので出版社や編集者さんは帯に命をかけているはずです。

面白いのは「自分自身の中に答えやヒントがあるんじゃない」ということです。つまり、それぞれの棚の前に来ると自然とこういった思考が生まれる、ということです。なのでコンシェルジュや書店員は、書店と一緒に思考するのが上手な人、だと思っていただければ良いかもしれませんし、これはもちろん書店員じゃなくても身につけられる思考法です。ビジネス書風に言うならば「書店思考」という感じでしょうか。

それでも迷ったら「キーブック」を探せ

最後に「キーブック」と呼ばれる概念についても紹介しておきましょう。色々な本の選び方をご紹介してきましたが、やっぱり「どの本が良いのかわからない問題」というものは残ります。それだけ本は膨大に存在するからです。

「良い本と良い本は惹かれ合い、参照し合う」という特性があります。つまり、良い本の中で紹介されている本や関係する本は、同じように良い本である可能性が高い、ということ。そのためにこれを手がかりに本を探していきます。

そのためには、まず一冊、もしくは一人、「キー」となる本や人を選び、信頼してみる。つまり師匠を見つける、ということが大切になります。例えば、哲学者の千葉雅也さんを信頼してみようと思ったら、ご著書の中で言及されている他の本を読んでみるとか、千葉さんの別の本を読んでみる、ということをしていくと「とにかく大量にあってどうしたらいいかわからない状態」から、「この本と関係性があるものは信頼できるかも」となり、その輪がどんどん広がっていくんです。

キーブックを見つけるにはやはり、ロングセラーが良いでしょう。最新の本に飛びつかずに、決定版と呼ばれるようなものから読み始めるのが良いと思います。例えば10年以上売れ続け、増刷を重ねている本を探して、その中から信頼できる人たちを探してみるのが良いと思います。

それでも迷ったら、やはり、ぜひコンシェルジュに相談していただきたいと思います!喜んでレコメンドしますので。


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