TikTokを中心に、1本2〜3分程度のショートドラマを年間500本制作し、累計再生数は27億回、SNS総フォロワー数250万、TikTokでの平均再生数は258万回を超える映像クリエイター集団、ごっこ倶楽部。
設立メンバーはプロとして活躍している俳優たちで構成され(『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』でキジブラザーを演じた鈴木浩文も在籍)、パーソルホールディングス、JR西日本といった大手クライアント向けのPRショートドラマを次々作成しマーケティング文脈でも注目される一方、日本テレビ初の縦型ショートドラマ『毎日はにかむ僕たちは。』では、日テレとともにドラマを共同で制作・運営。同作品は専用のTikTokアカウントを開設しており、このアカウント内でドラマの登場人物が出演する日清オイリオのPR動画、また日テレの金曜ロードショーで『ホーム・アローン』が放映される際には番組告知用のコラボ動画を制作するなど、新しい取り組みも多数行っている。
ごっこ倶楽部は「バズる/Z世代に届けるPRコンテンツの作り方」的な文脈のインタビューが既にいくつも存在するが、FINDERSが注目したいのは「俳優を社員として雇用している」という点だ。業務内容は、脚本、監督、カメラ、音響、編集、監督補助、ヘアメイクなど映像制作に関連する全ての分野に携わることとなる。このため、専属俳優というよりは、より広い意味での「クリエイター」として位置付けられることになる。美術家や音楽家が、たとえ一人であっても自主制作で作品を作り出せることに比べ、俳優の仕事はそのような側面が相対的に少なく、不安定な職業となりがちだ。しかし、この新しい働き方は、収入の安定とクリエイティブな活動に集中できる環境を提供し、定着する可能性がある。
今回は設立最初期メンバーの一人であり、主にプロデューサーとしてビジネス面を統括している田中聡氏に話をうかがった。
田中聡
株式会社GOKKO 代表取締役社長
飲食店(アンプール)4店舗の事業売却経験をしている連続起業家。セプテーニ、ビズリーチ、ファベルカンパニーで事業責任者、採用責任者などを歴任。法政大学卒。サッカーで全国大会4回出場。
数々の起業失敗ケースを乗り越えて誕生
―― ごっこ倶楽部はどのように結成されたんですか?
田中:結成は2021年5月で、一番最初に立ち上がったときは、役者5人とカメラマン1人の合計6人で、僕が入ったのはその後なんですね。結成1カ月後ぐらいのタイミングで声がかかって、正式に参加したのが同じ年の9月です。
―― 設立メンバーで共同代表を務める多田智さんとは、以前からお知り合いだったんですか?
田中:そうです。多田は僕が前に所属していたIT系の会社の部下だったんですよ。なので、僕はこれまでエンタメ業界に関わったことはありませんでした。
多田は元々俳優として活動をしている中、コロナ禍で決まっていた仕事が全て無くなってしまったことをキッカケに、その空いた時間を使ってTikTokでショートドラマを投稿し始めたのがごっこ倶楽部です。初めから中国で成功しているモデルを持ってきているので、立ち上げから大きくバズっていたのですがマネタイズは一切出来ていなかったので、僕に相談がきました。僕は僕で別の会社をやっていたのですが、飲食業向けのサービスを提供する事業だったのでコロナ禍で展開ができなくなってしまっていたタイミングでした。
お互い、じゃあ何をやるべきかと相談し合っている中で、ネタになるかもと思ってYouTubeやTikTokをチェックしつつ、中国で縦型のショートドラマのマーケットがめちゃくちゃ広がっているから日本でもやろう、という流れで始まりました。
ーー 実際に活動を始めてみて、いかがでしたか?
田中:最初に「これはモノになるかもしれない」と感じる出来事が撮影現場であったんです。最初に参加したのは夏ごろでしたが、朝5時に集合して、最初のご飯を食べたのが23時だったんですよ。終わったのが深夜2時とかで。当時はみんなお金もないし、暑くてキツいのに誰も文句を言わず熱中していたという。役者として出演しつつ、関連する準備も全部こなすし、監督もカメラを持ったりする。
そこからどうしていくか、お金を借りる、稼ぐ、出資を受けるという選択肢がある中で、スピード感としては出資が一番早そうだということで2021年12月に、第一弾としてW fundさんから1000万円を出資いただけました。そこから22年12月までの1年間で、合計2億円の資金調達に成功しています。
―― 最初期の制作費は持ち出しで、皆さんそれぞれアルバイトもやっていたということですけど、それを脱することができたのはいつごろだったんですか?
田中:2021年の段階でアルバイトは辞めてはいましたが、それは余裕があったからではなく生活を切り詰めていたかたちですね。
―― とはいえ、かなり早い段階から数百万再生される動画を連発していたわけで、わりとお金にはなっていたんじゃないですか?
田中:そこはYouTubeとは違うところで、TikTokは2023年8月からは「Creativity Program Beta」という再生数に応じた収益化プログラムが始まりましたが、そこから得られる収入はこちらが想定していたよりかなり低い額でした。
これだけの組織にしようとすると、やはり別のマネタイズ方法を考えるのが必須で、先ほどお話しした資金調達に加えて、現状の軸が企業案件になっているというかたちです。
約50人のスタッフのうち、8割近くを正社員雇用
―― 1年目は動画を200本制作、今では年間500本ペースということですが、ものすごい量ですね。
田中:そうですね。本数自体を増やすというのは、それだけのペースを維持できる組織としての体力を付けるみたいな意味合いもありますが、TikTokでもYouTubeでも、投稿本数は間違いなくかなり重要なKPIになので、そこを担保することは初期から意識していました。
ーー 投稿本数が多いと、フォロワーに通知が行くから有利だということなのでしょうか?
田中:いえ、基本的にはプッシュ通知で見ている人なんてほぼいないんですよ。YouTubeは一部あるかもしれませんが、特にTikTokはほとんどレコメンド経由で、アルゴリズムが優秀なので日常的に届けてくれるというかたちですね。
―― 現在、株式会社GOKKOの社員はどのぐらいいて、どういう構成になっているんですか?
田中:今は正社員が33人、業務委託を含めると52人ですね。そのうちの75%ぐらいがクリエイターとして働いています。
―― クリエイターというのは、もう少し詳しい役割で言うと?
田中:それこそ監督も脚本もカメラマンも編集も音声も、基本的には全員がクリエイターという括りにしています。
―― その中の割合でいうと、どんな感じになっているんですか?
田中:現時点だと、録音を専門にやっている人はいないですね。基本的にはマルチタスクなので「これしかやらない」みたいな人がカメラマン以外はほぼいません。カメラマンも照明などを兼任したりはします。今は監督で18人、脚本で23人、カメラを持てない人のほうが少ないという感じですかね。その時々で手の空いている人が録音をやるとかもありますし。
―― ちなみに給料はどのぐらいですか?
田中:一番低い人で年収が390万円からで、平均は460万円を超えています。
―― 高給とまではいきませんが、業界的には決して安い給料ではないですね。
田中:いわゆる「制作会社」の新卒や1年目でその年収が出ている会社は調べてもほとんどないんです。ただ、今後は他業種含め伸びているスタートアップ企業の給与水準と同じくらいのところまでしたいと思っています。
この辺りはランニングコストがかなり抑えられているというのも大きいですね。
―― そこは、ほぼすべて内製で制作していることが効いてくるのでしょうか?
田中:内製にしているのは、『愛の不時着』などを制作した韓国のドラマ制作会社「STUDIO Dragon」のスタイルに大きな影響を受けているからなのですが、コスト面では全社員が集まるほどの広さのオフィスが必要ないこと、あとは知名度が急上昇しているので、採用コストがほとんどかかっていないことが一番大きいです。
今この取材を受けている場所も、PC作業スペースやオンライン会議ができる小さな部屋はありますが、基本的には撮影スタジオとしての使い方がメインです。オフィスでのシーンを撮ることが多いんですが、横向き映像は画面の情報量が求められるのでこんな環境だと絶対に撮れないんですけど、縦動画だと許されるところがあるというか、違和感ない映像が撮れるんですよ。
「サビ始まり」のルールがあるから自由に作れるし、属人化もしにくい
―― 年間500本の動画のうち、企業案件がどれぐらいあり、問い合わせからどのぐらいの日数で完成させているのでしょうか?
田中:企業案件の割合は、日本テレビさんと共同制作した『毎日はにかむ僕たちは。』のように、ごっこ倶楽部のアカウント以外で投稿する動画を含めれば、だいたい3分の1ぐらいですね。残りは自主的に制作している動画です。
問い合わせから投稿までだと、平均して2〜3カ月ぐらいでしょうか。早いものでは2〜3週間で出しているものもあり、業界的にはかなり短納期で出せていると思っています。かなり極端なことを言えば、今日話をもらって明日脚本を書き、明後日から撮影みたいなことも全然やっていました(笑)。
―― 自主制作として「今度あれを撮ろうか」とストックしているアイデアを、企業案件として使うケースもありそうですね。
田中:それもありますね。ただ、現在の平均動画再生数が258万回を超えているんですが、考え方として、企業案件では確実に結果を出すために自主制作動画で培った「バズるための手法」を横展開するようにしているので、自主制作の方であれこれ試す機会を増やしているという部分も大きいです。
―― これまでの動画を10本ぐらい拝見したんですが、最初の5〜10秒ぐらいに目を引く衝撃的な導入がありさえすれば、あとは比較的自由に作っているのかもしれないな、という印象を受けました。
田中:おっしゃる通りで、音楽における「サビ始まり」みたいな考え方ですね。あとは転調、転調の連続でAメロ、Bメロで全く違う音楽性になっているみたいな曲も最近は結構あると思いますが、そうやって動画再生直後から興味を持ってもらう、そして飽きさせないという展開にはこだわっています。なので若干ジャンルが違うエンタメ分野の人でも、ミュージシャンやWebのコンテンツを作っている人とはかなり話が合うなと感じることが多いです。
今までの視聴体験は「ユーザーが選ぶ」でしたが、TikTokのレコメンド機能のように選ぶ行為自体がなくなってしまうと、スマホをスワイプする手を止めてもらう必要があるんです。その辺りのクリエイターのお作法のようなものは、再現性を高めるためにマニュアル化もしています。
ーー その辺りは制約が多いように見えて、「これさえやっておけばOK」が明確だということは、実は逆に自由度が高いのかもしれませんね。
田中:そうですね。事業として続けるためには数字の再現性も求められますし、後々入社するメンバーでも同じことができるよう、体系化することが必須なので、すごく意識しながらやっています。
TikTokのいいところは視聴者データがすぐに反映されることで、視聴者がどういうふうに考えているかコメントで分かりますし、どこで離脱したかも全部見えるようになったので、よりチューニングしやすくなっているところもあります。
俳優は他の人よりも「仕事」ができる
―― 各メンバーは、一人あたりどのぐらいの仕事を抱えて、どのぐらいのマルチタスクをやることになるんですか?
田中:各メンバーというより、チームで動いていくイメージです。カメラマン、監督、脚本家のスキルを持った人間が含まれる8人程度のチームが6つあり、メンバーが複数チームで兼任している場合もあります。企業案件・自主制作と分けることなく臨機応変に最適なチームをアサインしており、常に全員が何かしらの制作に携わっている状態です。企業案件はベテランが多いチームが担当することが多い一方、入社半年〜1年程度の新人が多いチームは自主制作動画で育成する、ということもやっています。
―― 御社にクリエイターとして入社したい場合、どんなスキルを持っていることが望ましいですか?
田中:エンタメコンテンツをどれだけ摂取しているか、あらゆるSNSに対する知識・理解がどれだけあるか、この2つが特に重要です。動画制作に関する技術的な部分は、入社時には素人状態でも3カ月〜半年もすれば勝手がわかってくるので、そこはあまり重要ではありません。
加えて、これはYouTube動画の需要が高まった時にもありましたが、例えばテレビ番組や映画を制作してきたという人が入っても、合わないケースがあったりするんです。
どういうことかというと、まず横向きの動画を撮っていたカメラを縦向き仕様に移し替えられないことがある。縦向きで撮っていると違和感がある、なるべくなら横向きの撮り方を踏襲したい、それができなくて辛いという人も、良い悪いではなく事実として存在します。
逆に動画の編集経験も撮影経験もないという人でも、今はカメラの性能が非常に上がっており、かつ編集ソフトもすごく使いやすくなっているので、その部分での差異がどんどん無くなっているんです。
―― 加えて、田中さんは自身のnoteやXにおいて「役者という仕事のキャリア形成」に関する問題意識のもと、ごっこ倶楽部では「役者だけ」ではなく隣接分野のスキルも育つ「クリエイター」としてのあり方があるのではないかと発言していました。
田中:役者の仕事は構造的に「待ち」の時間がすごく多くなってしまうんですね。オーディションを受けて、結果を待つ。その間はやることがないし、受からなかったら仕事にもならない。現場に入ったら入ったで、撮影中の待ち時間もすごく長いんです。自身のキャリアを考える中で、その待ち時間をいかに使うかが重要なのだと思います。
取材の冒頭で、共同代表の多田がIT会社時代の部下だったと話しましたが、実は設立メンバーの谷沢龍馬もそうなんです。あるSaaS商材の販売をしていたんですが、結構説明の難易度が高いサービスだったんです。その時に「役者のスキルって他にも活用できる場面がかなりありそうだな」と気づいたんですよ。
まず、役者は舞台でも映像作品でも、その現場現場で学ばなければならないことがかなり多い。かつ他人の姿を見て盗まなければならない場面も多い。つまり、あまり説明しなくても能動的に理解して仕事をすることが求められるんです。なので仕事をさせればめちゃくちゃ能力が高い人が多いんですが、パーマネントな職に就けないからスキルが積み上がっていなかっただけなんですね。そんな人たちが役者「しか」やらないのはもったいないと思いますし、正社員にして、活躍の場を広げるようにするのが正しいかなと僕らは思っています。
―― 御社に所属することのメリットはどんなものが挙げられるでしょうか?
田中:ドラマ制作に関するさまざまなスキルを獲得することも芸の肥やしになりますし、これだけ短期間に現場数をこなせるチームも他に無いと思っているので、それら全てが役者を正社員化することで提供できるメリットだと考えています。
加えて、数百万回以上再生される動画に出演するので「役者としての知名度が上がる」ということも大きいですね。SNSの個人アカウントフォロワーも、1000人単位は絶対に取れますし、数万人ぐらいまでは全然いけると思います。そこは他ではあまりないんじゃないかと。加えて、スタッフとしても制作に携わることは「選ぶ側」の視点も獲得できるメリットがあります。
「こういう時にこう動く役者が重宝されるんだな」といった制作者の視点もそうですし、スタッフワークについても同様です。さらに拡散力も持っているとなれば、演技力が同じぐらいだったなら他社のドラマや映画でも確実にキャスティングしたくなりますよね。
長編ドラマ制作・海外進出・生成AIの活用
―― 今後、会社としてはどんな方向に向かっていくのでしょうか?
田中:今現在、我々はTikTokerないしYouTuberだと思われているでしょうが、そこをゴールとしては置いていません。2024年以降は長編や連続ドラマの制作、そして自社コンテンツの販売も行っていきたいと考えています。いずれはNetflixなどの大手プラットフォームに作品を配信できるようにもなりたいですね。
あとは今後も組織を維持、拡大していくにあたっての5年先、10年先のマネジメントをどうしていくかということもかなり考えますね。僕自身、会社の中で年齢が一番上なので。
―― 今はお幾つですか?
田中:40歳です。僕は自分が社内のクリエイティブの内容には一切口を出さないと決めていて、だからこそ今のところ「立場が上だから、年齢が上だからといって意見が通るわけではない」状態を維持できてはいるんですが、ここから新陳代謝がきちんとできるか、スキル・テクニックが属人化しすぎないようにできるかどうかをよく考えます。初期は創業者の多田が監督も脚本も編集も全部やっているという状態でしたし、組織を大きくしていくときはミッション、ビジョンとか、それこそ中長期戦略がある程度必要になってきますし。
現在、少なくとも「縦型動画」の世界では、効率もアウトプットの質も、日本で圧倒的一番になっている自負はあるんです。ただし、最近では横型、言うなれば通常の映像制作を行うチームと協力する機会もあり、その領域ではまだ劣っていることを理解しています。それでも、現在のペースで制作を続ければ、おそらく2年ほどで追いつけるだろうという感覚もあるので、やるからには日本一を目指していきたいですね。
―― 他のインタビューでは「海外進出したい」という話をされていましたね。
田中:今まで日本のコンテンツが必ずしも海外に出る必要がなかったのは、国内のマーケットが十分にあったというだけの話ですよね。でも今はどんどんシュリンクしてしまっているし、並行して制作費も特に実写は下がり続けています。加えて、韓国の台頭に日本マーケットもシェアを大きく奪われ始めてきていて、このままじゃいけないと危機感を感じていますし、我々がその門戸をこじ開けたいですね。
狙っているのは主に東南アジア圏です。一番の理由は、もともと日本のコンテンツに慣れ親しんでいるからですね。実際に韓国が日本に対してもそれを仕掛けて、韓国ドラマが多数見られている状況がありますから、日本からも同じように、最初はTikTokなどの力を借りながらも接触頻度を増やす、見てもらえる機会を多くするみたいなことをやりたいと思っています。
別の方法論として、ローカライズのために生成AIで登場人物の顔立ちを変えてしまうのもアリなんじゃないかということも最近は考えています。既にある作品では基本的にそんなことは権利上も不可能ですが、僕らの場合は役者も正社員なので当然権利も全て持っているし、内製なのでそれを前提としたプロジェクトが立ち上げられるんです。
ーー ハリウッドでは生成AI利用の是非がストライキにまで発展してしまった大きな問題のひとつでしたが、これからのクリエイターがそれを前提として作っていけるとなれば強みになりえそうですね。
田中:日本人が韓国ドラマと同程度にはインド映画などを観ないように、文化的な慣れみたいなものがエンタメ作品の接触する・しないにどうしても影響してしまいます。そこで「観てもらえないものは仕方ない」と諦めるのか、現時点で可能な方策を用いるのかという選択肢がある。
ーー 加えて、現地向けに脚本をローカライズして、現地の俳優が出演するドラマ化権の取得というのは昔からありますしね。
田中:はい。今後は「きちんと元の俳優に利益が還元されるなら、生成AIの活用にもメリットがあるんじゃないか」という考え方も出てくるのではないでしょうか。いずれにせよ、新しい分野では最初に面的に浸透したチームが勝つと思っているので、それをきちんとやりきりたいですね。