吉川 聡一 (よしかわ そういち)
吉川紙商事株式会社 常務取締役執行役員
1987年東京生まれ。学習院大学卒業後、飛び込み営業を含む営業職の期間を2年半経て、現在の吉川紙商事に入社。現社長・吉川正悟が掲げる「人と紙が出合い、人と人が出会う」を実現するため、同社にて平成25年より取締役を務める。2017年にはオリジナルブランドの「NEUE GRAY」を、2020年には和紙のオリジナルブランド「#wakami」をプロデュースし、紙、ステーショナリーの双方を発売。現在はそれらを国内外にて販売するという形で活躍を続ける。
今年も折り返しを過ぎたかと思えば、早いものでお盆も過ぎました。
今年は昨年より梅雨が明けた後も雨の日が多く、「猛暑は避けられる?」とも思いましたが、まだまだ残暑厳しく、なんともモヤモヤした気分の日々を過ごしております。
さて、このコラムも、前回までの4回で「日本の紙」について記載させていただきました。普段何気なく目にしている紙について、少しでもご興味を持って頂ければ嬉しい限りです。
そして今回より4回にわたり、さらに自分たちの身の回りにある「紙」に深く興味を持って頂くことを期待し、「印刷や加工」について記載していければと考えております。
紙=印刷物となった現代の背景
はじめに、私がこの印刷や加工について書く理由、それは近年において「紙」と呼ばれるもののほとんどが「印刷物」を指し示すことにあります。
前回のコラムにて「昭和」の時代には「新聞・出版・広告」などのメディアが一気に伸び、それに伴い「紙の使用量が増大した」と書きました。それらのほとんどは同じものを「マス=大衆」に伝えるためのもので、「印刷」と強い結び付きを持った印刷物であったこと、それ故に「大量生産・大量消費時代の紙の使用用途の主役は印刷になったこと」と記載しました。
その後、時代はコンピューターの発展を筆頭としたテクノロジーの進化に伴いポスターやチラシ等がよりパーソナルな空間で生まれていくようになったため、「印刷物」の量は私たちの生活の中において過去最大のものとなりました。
そして現在。
さらなるテクノロジーの進化により、「紙に文字を書く」回数が極めて少なくなり、「紙」という物質は「印刷物」と置き換えても遜色無いものとなっています。
少し余談を挟めば、様々な場所で「ペーパーレス」と言う言葉を耳にしますが、この言葉が指し示す「ペーパー」は「紙」ではなく、そのほとんどが「印刷物」を指し示します。新聞、吊り革広告、チラシ、ポスター、帳票、伝票、社内の会議資料、請求書…などが代表的なものとして挙げられると思います。
では印刷とは一体何でしょうか?そして、この先、印刷はどうなっていくのか?それらを踏まえ、今回から3回にわたり印刷について記載させて頂きます。
印刷の歴史と変遷。情報伝達から表現手段へ
初めに、印刷とは一体何なのか?
インターネットなどで「印刷とは?」と調べてみると、様々な解説があり、「版面上の文字や絵などを紙や布などに刷り写すこと」などと書かれています。私もこの通りと思いますが、強いて言うならば、「版面上の文字や絵などを紙や布などに刷り写し、大量に同じものを製作すること」だと思います。
そもそも、印刷における最古の歴史は、中国の木版印刷と伝えられ、仏像の絵を布に移したことが始まりと言われています。その後、文字や教育の発展とともに仏教経典の複製に使用されるようになります。
日本では薬師寺の百万塔の経典が最古の印刷物と言われており、全国に拡がる飢餓に対し、人々を困難から救うために仏教の教えを印刷し流布しました。
西洋に目を向けてみると、印刷は経典を製作するため、産業革命以降は新聞を製造するために用いられてきました。
このことから考えても「印刷」=「版面上の文字や絵などを紙や布などに刷り写し、大量に同じものを製作すること」と言えると思います。
そして、昭和の時代。
「印刷」は世界的に需要の最盛期を迎えます。
「大量生産」がもてはやされた時代、さらには世界的にメディアが成熟し、多くの人が同じ情報やモノを共有するようになりました。それらを支えたのは「印刷であった」と言っても過言ではないと思います。
ですが平成に入り、かつて「情報のメディア」であった印刷は「表現のメディア」へと変わってきたように思います。
この「表現のメディア」という言葉は、GRAPH株式会社の代表取締役である北川一成氏によって使われた言葉ではありますが、私が10年以上前より親しくさせて頂いております北川氏は「印刷は情報を伝えるための印刷物を作る手段ではなく、表現者の表現を支えるための手段である」との考えをいち早く口にしてきました。
実際に、北川さん自身がデザイナーとして自身がデザインしたモノをカタチにしてきており、その仕事ぶりは「新たな印刷の時代」における先駆けになっていたように思います。


「表現のメディア」としての価値
そして現在、「新型コロナウィルス」という未曾有の事態を経た後の印刷産業は、遂に群雄割拠の戦国時代に入ってきたように思います。
印刷産業の8割以上のシェアを誇ってきた大日本印刷(現在のDNP)・凸版印刷(現在のTOPPAN)から「印刷」の文字が消えたことにも象徴されるように、印刷を取り巻く環境は大変厳しいものになっております。
「情報のメディア」として大量生産・大量消費された新聞・広告・チラシは、新型コロナウィルス期間にさらなる電子化への道を歩みました。またバブル期に大量に用いられた帳票・伝票・領収書なども、今は殆んどが電子化への道を歩んでいます。社会には「デジタルネイティブ」と呼ばれる世代が出始め、より「情報のメディア」としての価値が薄れていくこれからの時代に、印刷には北川氏の使った「表現のメディア」としての価値がさらに求められていくのではないかと思います。
では、果たして、「表現のメディアとしての印刷」とは何か?また、具体的にどのようなものがあるのか?
私は「表現のメディアとしての印刷」は「使用目的・表現方法によって、様々な手法の印刷・加工技術を使い分けること」が重要になってくるのではないかと思います。
印刷は用途、重要性、予算等によって、なにより表現者が「どう表現したいか?」によって…使い分けが可能な時代になってきたと思いますし、ここからは、読者の皆様が使い分けをしていけるよう、様々な印刷加工技術を紹介していければと思います。
1.オフセット印刷
昭和の時代、最も栄えた印刷手法です。現在でも、特に紙や印刷業界では「印刷」=「オフセット印刷」と言い換えることが可能なくらい、多くの場面で使われてきました。水と油の原理を使い、綺麗に大量に印刷をすることが可能な印刷で、チラシやポスター、書籍などのグラフィック系の印刷に多く使われています。全盛期には巻取と呼ばれるロールになった紙を24時間回し続けて印刷していたほどでした。現在ではロールで24時間刷らなければならないほどの印刷物もさほど多くはないため、平版と呼ばれるシート状の紙を印刷することとの比率にもだいぶ変化が見えてきました。しかし、印刷物の数量によりシート状の紙でオフセットの印刷をかける必要がないケースもかなり増えてきたこともあり、これからの時代においては、この「印刷」=「オフセット印刷」という構図からの脱却が最も必要ではないかとも思います。



2.ビジネスフォーム印刷
オフセット印刷同様、昭和の時代に一気に需要を伸ばした印刷手法です。コンピューターの出現とともに現れた「フォーム」=「型」を再現する印刷手法であり、1のように色や再現性よりも、決められた項目を決められた場所に配置できるよう、同じ場所に同じように印刷を行うことに特化した印刷手法です。我々の身近で言うと、宅配伝票などの伝票や帳票、請求書や申込用紙、レシートやマークシートの用紙がこれらに当たります。最近でいえば、新型コロナウィルスのワクチンの接種券なども、これらの印刷手法で作られます。


少子高齢化の社会になりつつある日本ではありますが、近頃は「高齢者」と呼ばれる世代もスマートフォンを使いこなす時代であること、法律の変更などにより電子化が進んでいることを考えると、なによりもオフセット印刷以上にロールでの印刷で大量に印刷物ができてしまうこの印刷の手法は、これからの「表現のメディア」になっていくこの先において、さらなる生き残りをかけた熾烈な争いが繰り広げられていくことになるように思います。
今回は印刷の歴史を多くのスペースを使って記載させて頂きました。今回のご紹介はここまでとさせて頂きたく思います。書いている中で、私自身、紙を扱う会社の経営に携わる人間として、非常に厳しい環境が現実の中に身を置いていることを改めて実感した次第です。当然ながら、今回のテーマである「印刷」は素材にインクを乗せて行うものです。そして、その素材の大半の部分に「紙」が含まれていることも忘れてはならない事実です。ということは、「印刷物の減退」=「紙の使用量の減退」であることは間違ありませんので…。
しかしながら、これも現実。
次回もまた、上記と同じように印刷の手法をご紹介させて頂きます。厳しい現実の中においても、今回のような使用目的や用途の使い分けをご説明させて頂くことで、何かしらの興味を持ってくださる人が増えてくれることを願って…。
暑い日々が続きますが、くれぐれもお身体ご自愛ください。
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“令和の紙の申し子”吉川聡一と紙について考える。
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吉川紙商事株式会社
https://www.yoshikawa.co.jp/