インターネットテクノロジーイベント「Interop Tokyo」が6月12日から14日にわたって開催される。今年の目玉のひとつは、宇宙とインターネットに特化した講演やパネルディスカッションを集めた特別企画「Internet × Space Summit」だ。第一線で活躍する企業や研究機関の有識者が集い、トレンドや課題を探る。
宇宙とインターネットというと、イーロン・マスク氏が率いるSpaceX社が思い浮かぶ人も多いだろう。SpaceX社の衛星通信サービス「Starlink」は、日本に上陸したかと思えば、瞬く間に浸透し、今ではすっかり社会インフラとして定着しつつある。今後宇宙産業はどう成長していくのだろうか。ビジネスチャンスはどこにあるのか。Internet × Space Summitに登壇するPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)宇宙・空間産業推進室の渡邊 敏康さんと南 政樹さんを取材し、一足早く聞いた。
気付けば宇宙を使っている時代に
―― 近年の宇宙産業はどのような段階にあると考えますか。
南:これまでの宇宙産業は、ロケットで人工衛星を打ち上げたり、宇宙で何かを作ったりするなど、産業の礎をつくることが中心でしたが、いよいよ一般の民間企業も宇宙産業に参入できるフェーズがやって来ました。産業としてさらに裾野を広げられる余地があるでしょう。
渡邊:PwCコンサルティングでは、これまで宇宙産業にかかわる特定の技術の支援や市場予測など、宇宙そのものをテーマとしたビジネス支援が中心でしたが、最近は農業や製造業などの他分野でも宇宙が関わるテーマも増えてきました。私たちは金融や自動車、重工業、食品など、様々な産業やテクノロジーを扱う総合コンサルティングファームとして、自らが部門の部隊が連携して取り組んだほうが良いと考え、2024年2月に社内に横断組織「宇宙・空間産業推進室」を立ち上げました。
―― 宇宙産業推進室ではなく、宇宙・空間産業推進室なのですね。
渡邊:はい。「宇宙産業」は宇宙に直接的に関連する産業だとイメージできますね。一方、「空間産業」はあまり聞きませんよね。とはいえ、宇宙も空間も英語だと「Space(スペース)」に集約されます。では、なぜ宇宙と空間の両方を揃えたかというと、陸・海・空・宇宙といったリアルなスペースとサイバー空間やデジタルツインなどのデジタルのスペースで相互にやり取りが行われることが今後は増えるため、両方の産業を推進していくべきだと考えたからです。
宇宙市場拡大のコアは人工衛星の利活用
―― 宇宙産業の市場規模はどのくらいですか。また、今後のどの程度まで伸びていくと見られていますか。
渡邊:私たちが2021年に集計した際は、世界の宇宙産業の市場規模は約49兆円でした。内閣府では、国内の宇宙産業の市場規模は約1.2兆円規模と推計しています。 政府は2030年代早期に国内の市場規模を倍増させることを目標として掲げています。
―― 宇宙産業と一口に言っても、ロケットや衛星、月面開発など様々な領域があります。特に伸びると期待されているのはどの領域ですか。
渡邊:市場拡大のコアとなるのは、衛星通信や衛星が観測したデータの利活用、測位を使ったソリューションサービスなどでしょう。
南:1月に発生した能登半島地震の被災地では、衛星通信が役立っていました。
特に被害が大きかった石川県珠洲市や輪島市は電源が喪失してしまったので、発災直後にテレビでアナウンサーが避難を呼びかけても住民には届きませんでした。お正月だったため、役場には職員がおらず、町の防災無線も使えませんでした。
今後は地上の状況に依存しない衛星通信やHAPSなど空のインフラ経由で防災無線が実現できるようになることを期待しています。
渡邊:衛星通信というと、近年は地上から数100km程度のところに小型の衛星を数千機打ち上げて行う衛星通信が増えてきています。
昔は衛星に大きなセンサを積んでいたので、衛星自体のサイズも大きく、重たくなり、大型のロケットでしか打ち上げられませんでした。しかし電子・電気機器が小型化したことで、最近の衛星は「電子工作」ぐらいの大きさの製品も出てきています。なかには10分の1の重量で従来の衛星と同じ機能を持てるものもあるかもしれません。「空飛ぶスマホ」とも呼ばれているようですね。大手IT企業が宇宙産業に参入しているのは、IoTサービスのような既存事業との親和性が高いからでしょう。衛星が打ち上がって、衛星と地球がつながれば、あとはスマホ向けのデジタルサービスを開発して提供するのと同じような感覚に近いのかもしれません。
ほぼリアルタイムで全地球を捉える「天空の目」とは
渡邊:例えば、スマホで地図を見ると出てくる、街を上空から撮ったような写真は、実は衛星が撮影した「衛星画像」です。スマホのディスプレイの解像度がハイビジョンからフルハイビジョンに変わっていったような感覚で、衛星のセンサやカメラの精度も向上しています。衛星画像には、写真のように見えるものもあれば、温室効果ガスの排出量が見えるものも登場するなど、センサの種類も増えています。
南:電波を使って地表を観測し、数cmの精度で地面の動きを捉えられる衛星もあります。この衛星のデータを使って、水道管から水が漏れている箇所を検出する実証実験が行われています。
これまでは衛星の機数が少なかったので、撮影できる頻度は数日に1回程度でした。それが準リアルタイム観測、つまり衛星で10秒前の私たちの様子や位置を捉えられるようになるまで撮影頻度が増えつつあります。地上にいながら、地球上を事細かに見られる「天空の目 」を手に入れられたのは大きなブレイクスルーだったように思います。地球をデジタルツイン化するために必要な情報の大部分も衛星から取得できるようになるはずです。
―― 撮影頻度が向上すれば、利用用途も広がりますね。市場拡大のコアとなると考えられている衛星通信と衛星が観測したデータの利活用についてはイメージができました。もうひとつの測位を使ったソリューションサービスとは、どのようなものですか。
南:GPSは衛星から受信した時刻を使って位置を特定するという仕組みです。これまでのGPSは二次元の位置情報を取得していましたが、今後は高さが加わった三次元の位置情報が取得できるようになると見られています。そうすれば、建物のどの階が混雑しているのかといったこともわかるようになります。
渡邊:測位は全てのサービスの根幹です。空間の情報が充実すれば、リアルをデジタル化しやすくなります。
南:GPSのような測位データは安全保障においても重要です。新しいテクノロジーが入ってくる余地は十分にあります。
―― ここまで衛星通信や衛星観測、測位を中心にご紹介いただきました。こうした宇宙を使ったソリューションは、地球規模の課題解決にはどう貢献できると考えますか。
渡邊:先ほども申し上げたように、衛星で地球上の様々な情報が得られるようになりました。宇宙から地球を見ると、解決に資するようなテーマが沢山あると思っています。例えば、温室効果ガスがどこで発生して、どこで吸収されるのかを衛星で予測することや、干ばつによる食糧危機を予測することも可能になることが期待できます。それから、海上の船舶の様子や海洋資源の有無も確認できるようになります。
今までは現地に行って確認したり、計測したりしなければならなかったことが、天空の目で見られるようになりました。もちろん森羅万象はコントロールできませんが、世の中のあらゆる現象がわかり、次の動きが予測できるようになると、そこに対して打ち手を考えられるようになります。活動を通じて、グローバルな課題に対してのアプローチができるのではないかと考え、地球課題の解決を宇宙・空間産業推進室のポイントとして挙げています。
独自の着眼点で真似できない技術を開発
―― 宇宙開発というと、やはり米国や中国が牽引しているように見えます。日本の強みはどこにあると考えますか。
渡邊:日本の強みの源泉は、やはり痒いところに手が届く着眼点でしょう。自動車も白物家電も、高性能かつ小型で信頼性を高める技術開発に長けているところが多々ありました。宇宙開発では、日本が持つ、国際宇宙ステーションまで物資を載せた補給船を輸送し、無人かつ自動でドッキングさせる技術は長けています。1月にはJAXAの小型月着陸実証機「SLIM」が月面着陸に成功しました。自律飛行で誤差100m以内での着陸を達成したのは、宇宙開発に早くから取り組んできた一日の長があると思います。先日、海外の宇宙関係者と意見交換をした際、こうした日本の技術は信頼できると評価をいただきました。
南:海外と比べると、日本の製品やサービスは圧倒的に安い点も海外からの採用・受注率の高さにつながっていると思います。技術力が高いのもありますが、日本企業は真面目でそもそもあまり高く売ろうとしていないのかもしれません。
渡邊:宇宙・空間産業の成長は、ものづくりから価値づくりにシフトしていく転換点にもなると思います。お客様の事業にとって自社の製品やサービスがどういうピースになるのかを考え直すきっかけになりそうですね。
―― 宇宙・空間産業において、自社の強みを発揮していくにはどうすれば良いのでしょうか。
渡邊:Internet × Space Summitの基調講演「これからの宇宙・空間産業について」では、私と南に加えて、当日はシステムズエンジニアリングに詳しい慶應義塾大学大学院の白坂 成功教授にご登壇いただきます。「システムズエンジニアリング」や「システムアーキテクチャ」といった言葉をキーワードに、リアルとデジタルをつなぐこれからのビジネスをどう考えていくべきか、その発想法や思考法をご紹介します。
南:宇宙・空間産業は発展途上で全体の構造はわかりづらく、自分たちがどのポジションを取るべきか迷っている方も多いのではないでしょうか。システムズエンジニアリングを使って、まずは宇宙・空間産業の全体の見取り図を作ることが重要だというメッセージを受け取っていただければと思います
開催概要
Interop Tokyo 2024
会期:2024年6月12日(水)~14日(金)
会場:幕張メッセ(国際展示場 展示ホール2~6 / 国際会議場)
主催:Interop Tokyo 実行委員会
運営:(一財)インターネット協会 / (株)ナノオプト・メディア
参加費:無料(展示会・講演) WEBからの登録制・会期3日間有効
公式ホームページ:https://www.interop.jp/
基調講演 「これからの宇宙・空間産業について」
2024.6.13(木) 16:05-16:45
提供:PwCコンサルティング合同会社
Speaker
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科 教授 白坂 成功
PwCコンサルティング合同会社
執行役員 パートナー 渡邊 敏康
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー 南 政樹
URL:https://forest.f2ff.jp/introduction/8921?project_id=20240601