CULTURE | 2022/09/30

ファスト教養を解毒する「あなたの古典」「欲望年表」「受け手の誇り」成長しろ、稼げと毎日煽られる中で「自分」を取り戻すためのレッスン(後編)

前編はこちら
一般企業に務めながらライター活動を続けるレジー氏の新著『ファスト教養』(集英社)にまつわるロングインタビ...

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発信者だけが偉いのではなく「ちゃんとした受け手」も同等以上に尊い

神保:あとは最終盤に「「ジョブズ」を理解する受け皿になる」という見出しがありますけど、これも超重要だと思います。世の中にmp3プレーヤーやスマートフォンが存在しなかった時代に、iPodやiPhoneの価値を理解できるユーザーがどれだけ貴重かという。

レジーさんはライターですし僕も編集者なわけですけど、自分がやっているアウトプットの価値を分かってくれて、しかも時には建設的な「もっとこういうのが読みたい」とか「ここはこうなんじゃないですか」と指摘してくれることは、アウトプットする人になるのと同等以上の価値があることなんですよね。

レジー:本当にそう思います。世の中でカネ儲けが上手い人は限られているじゃないですか。それを目指して一部の人だけ成功して、ほかの大半の人は失敗するということよりも、ワンオブゼムの人たちの質が高くなっていくことこそ、より良い世の中をつくっていくうえでは大事なんだろうなとすごく思ったんですよね。

インターネットが普及したこの20年ぐらいで「みんなが発信者になれる」という話がずっとされてきたじゃないですか。でもその結果ネットがゴミだらけになったというのも一つの真実ではあった。だから、発信者であることを強調するだけじゃなくて、良いものを正しく理解できる人になることに、みんなもっと誇りをちゃんと持っていくことは大事だよねということはありますね。

神保:「Twitterはいいね・RTが増えてバズっても、そこで貼られているURLは大して踏まれていない」と各所で言われてますけど、実際その通りなんですよ。僕だってしょっちゅうそうなりますが、Twitterで表示されている文章や画像だけ見ていいね・RTしているだけで、記事を読んでいない人はかなりいる。

それよりもRTがゼロだってちゃんと読んだうえで意見を書いてくれるなら、それが批判であっても本当に嬉しいんだぞということを、読者の皆さんには分かっていただきたいです。本当に必要とされている尊い存在なんです、あなたは。自分はそうでないと思っているあなたも、いつかそういう風に少しでも近づいていただけると、本当に嬉しいですという。

この記事はYahoo!ニュースにも配信されるのでヤフコメの皆さんにも伝えたいんですが、色々言われるヤフコメでも、歴史的な文脈が積み重なっている話題の記事だと結構芯を食ったコメントがされていたりもして、それはかなり参考にしています。

レジー:まあ「批判であっても嬉しい」は程度によりますけどね(笑)。僕自身は立ち位置的にかなりアンビバレントというか、言い方は難しいですがライター業だけで生計を立てているわけではないこともあり、半分ファンの延長線としてやっているという気持ちは正直まだあるんです。

なので、自分としても「ちゃんとした受け手」であることが先にあって、その先に今みたいな発信者の活動があるバランスは変えたくないと思っていて。だから別の仕事をしているというわけではないですが、今のライフスタイルと自分のライター活動はそういう点でリンクしています。

ちゃんとした受け手であるということは大事にしたいし、それが大事だということを伝えたいなと。そういう人たちがいるから発信者も成長できるという構造はあるし、その一翼を担っているということはすごく重要だと思うんですね。

神保:もちろん、そうあることだけが唯一の理想で、多くの時間やコストを割かなきゃとプレッシャーに感じて潰れてしまったら元も子もないですし、たまにできるタイミングがあればやってほしいぐらいの感じですけどね。そのレベルのことがものすごく大事なんだという。僕も感動した本やライブ、映画などに対して長文の感想ツイートを作ることがちょこちょこあります。

レジー:そうそう。第6章で書いた「ファスト教養の解毒法」は僕も全部できているかというとできていないし、あれを全部やるのは無理でいきなりやろうとしてもパンクしちゃうと思うんです。

理想像に過ぎないと思うんですけど、理想像が頭の中にあるかないかで全然違うと思っているので、まずはそこからかなという感じですね。1つずつでもやってみていただけると、いろんなものの見え方が変わるんじゃないかと思います。

神保:そうですね。「ファスト教養の解毒法」の実践もそうですけど、今回話題に上った「どんなビジネス書なら、誰の情報発信ならオススメなのか」というようなレコメンドは続けていきたいなと思っていて、それは『ファスト教養』の最後にも書かれていた「ビジネスの役に立つかわからないけれど、でも思考の刺激になって人生に活力をもたらすかもしれない雑談」として、記事なのかポッドキャストなのかわからないですけど、今後もレジーさんとこういう対談をしていきたいと思っているんですよね。

FINDERS記事の打ち合わせでも毎回こんな風に2時間ぐらい話してましたし、まだまだ話すべきことが山ほどありそうなので。

レジー:いいですね。ちょっとやってみましょうか!

おまけ:今回のインタビューで言及したコンテンツまとめ

①堀元見『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』(徳間書店)
「ビジネス書って結構変なこと書いてあるよね…?」という多くの人が一度は思ったことのありそうな違和感を、見事にエンターテインメントへと昇華した堀元さん。大いに楽しませてもらいましたが、個人的には「こういうアイロニカルな笑いからすら“学び”を得てしまう人たちが一定数存在する」という事実に直面して衝撃を受けました。

②與那覇潤『平成史』(文藝春秋)
数多ある平成史本の中でも、宇多田ヒカル、エヴァ、米津玄師などヒットしたポップカルチャーに刻まれる時代精神、そして象徴的な事件や政治転換期などにおいて保守・リベラル双方の知識人たちが何を語ったか、主張がどう変遷したかの解説にかなりの紙幅を割いていることが特徴的(なのでカルチャー好きにもオススメ)。ホリエモンに言及した箇所もあり、特に90年代前半の「日本の熱狂的改革ムードはどのように到来したか」の部分を読んでいただくと、なぜファスト教養がこれほどまでに求められ受け容れられるようになったかより深く理解できると思います。
※この項のみ神保執筆

③後藤達也さんの情報発信
有料noteTwitter、さらにはYouTubeTikTokなど、今の時代に合わせたメディアを活用しながら硬派な経済情報を淡々と伝えているこの方の活躍によって、社会全体の経済リテラシーは少しずつ向上するのでは?“経済ニュースを「わかりやすく、おもしろく」”というYouTubeチャンネルのキャッチコピーもしっくりきます。僕も日々勉強中です。

豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス
「これすごいわかりやすかった。中田敦彦のYouTube大学よりこういうのが見られるべきなんだよなあ…」というぼやきとともに動画を紹介したツイートに298RT、1252いいねと結構な反響が集まりました。みんな「わかりやすい、でも真っ当なバックグラウンドがある」コンテンツを求めているんだなというのを実感した瞬間でした。

⑤映画『花束みたいな恋をした
就職した後の麦の本棚に『20代で身につけるべき「本当の教養」を教えよう。』が置かれているのを確認したとき、全てがつながった気がして変な興奮を覚えました。自分の実体験に照らすと、そのうち麦はきっと自分のペースで音楽を聴いたりイラストを描いたりするんじゃないかと思っています(というかそうであってほしい)。

⑥森岡毅『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』(KADOKAWA)
最近ではメディア露出も増えてきた森岡さんの2016年の著書。タイトルの自己啓発書感には思うところもありますが、マーケティングという茫洋とした概念についてのベーシックな考え方から実践例までを着実に学べる良書です。今自分が新卒だったら刀(森岡さん率いるマーケティング会社)に行きたい!とか思っていたんだろうなと。

⑦安宅和人『イシューからはじめよ』(英治出版)
今本当に答えを出すべき問題=「イシュー」をいかに見極め、いかに解くか?仕事のハウツー的な側面を持ちつつ、実際には「思考するとはいったい何なのか」という大きな問いと対峙している本。優れたビジネス書の条件である「ミクロなテーマとマクロな視野のリンク」がお手本レベルで達成されている1冊です。ビジネス関連本のおすすめを聞かれたら、最初にこれを読んだかどうか確認するようにしています。

⑧千葉雅也『勉強の哲学』(文藝春秋)
結局のところ、ファスト教養への対抗策は「“世の中の誰かにとって”ではなく”自分にとって”の大事な価値観を各自が見つける」ことでしかないのでは?というのが現時点での大雑把な結論なのですが、そのための道しるべをかなりクリアに示してくれるのがこの本。「自己啓発本をハッキングするようなパロディ」とは同書に対する著者の弁ですが、パロディのレベルが高すぎて新しい自己啓発本スタンダードの域に達しています。

⑨田端信太郎『MEDIA MAKERS』(宣伝会議)
コミュニケーションとクリエーション、あるいはストックとフローなど、この本で解説されるフレームワークは、ますます複雑になっていく2020年代のメディア環境を読み解くうえでの原則として機能します。SNSにおける露悪的なスタンスや「会社員とは」を説く書籍より、今改めて10年前に刊行されたこっちが注目されるべき。


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