CULTURE | 2022/09/30

エリート会社員も気に病む「無限スキルアップ地獄」、それを煽る「ファスト教養」の圧力…時短とクオリティを両立する情報摂取は本当にできないのか?(前編)

一般企業に務めながらライター活動を続けるレジー氏の新著『ファスト教養』(集英社)が出版され、注目を集めている。9月16日...

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「まだ昭和」な2004年、ホリエモン登場の衝撃

レジー:加えて言っておきたいのは、ファスト教養的なメッセージを発信するようになった人も、大抵は初期にそうじゃなかった時期があるということなんです。第3章では堀江貴文さんの話を書いていますが、ライブドア時代の彼は過激なことを言いつつもその裏には社会を自分なりに良い方向に変えたいという意識が少なからずあったように感じます。それが逮捕以後、自己啓発ライフハックの発信に比重が移っていった変遷があるんじゃないかと思っています。

神保:堀江さんとライブドアに関して、当時レジーさんは会社員になったばかりの時期でもあったことから、旧来的な社会を打破する若手リーダーとして素直な共感を覚えていたという吐露がなされています。僕は当時高校生だったこともあり、あまり差し迫った自分事として捉えられていなかったんですが、印象を改めて教えていただけないでしょうか。

レジー:彼の登場は本当に衝撃的でした。2004年にはプロ野球の球団買収や新球団立ち上げを画策して新語・流行語大賞に「新規参入」が選出され、『稼ぐが勝ち』を出版する。この年に僕は新入社員になったんですが、自分が入った世界とは違うところですごいことが行われているぞという驚きがあったんです。

神保:レジーさんの年の就職事情はどんな感じだったんですか?

レジー:僕は1981年生まれで2003年の春に就活をしていたんですけど、本格的な就職氷河期は少し前だったんですよね。ただ、まだその残り香のあるタイミングだったので、決して楽な状況ではありませんでした。

神保:当時、周りの人も含めてITやベンチャーに行く選択肢はどれぐらい一般的だったんですかね。

レジー:ほぼないですね。僕が割とコンサバティブな大学にいたからというのはあるんですけど、基本的にそれなりの大学に行った人はレガシーな大企業に入るのが唯一の正解という空気がまだ根強くありました。城繁幸さんの『若者はなぜ3年で辞めるのか?』が出版されて話題になるのが2006年で、「年功序列制度も崩壊したし、若手でもガンガン転職するでしょ」という価値観が一般化してくるのももう少し後の話です。

なので、僕が社会に出た2004年はまだ昭和の価値観を引きずりまくってる時期だったんですよ。僕はメーカーのマーケティング職からキャリアをスタートしていますが、広告代理店と一緒に仕事をするチームだったので深夜残業は当たり前。深夜から飲みに行って朝3時、4時に代理店のタクシー券で帰って、シャワーを浴びて2、3時間寝てまた会社に行くみたいなスタイルが格好良いとされている空気がありました。上司と部下の関係も今よりだいぶ乱暴でしたね。

そういう時代に、「具体的に何をやっている会社かはあまりわからないけれどITで新しいことをしているらしい」という触れ込みのライブドアがプロ野球への参入問題で脚光を浴びていたのは、ほんとに眩しく見えたんですよね。

加えて僕はJリーグの開幕をダイレクトにくらってサッカーファンになった世代なので、プロ野球が旧態依然とした世界だという偏見もあったんです。なのでそこに切り込んでいく姿を見て素直に「頑張れ!」と思っていました。この雰囲気はリアルタイムで出会っていないとわかりにくいし、しばしば忘れられがちなので、完全に自分語りですが書いておきたかったんです。

神保:『ファスト教養』でも2000年代前半のイケイケな改革ムードと自己責任論が世の中が覆っていく様子を描写していますが、どちらも「硬直し停滞した昭和モードをぶっ壊せ!」と、かなり世間からは好意的に受け容れられていましたよね。ちなみに與那覇潤さんの『平成史』を読むと、そのムードが平成の始まった90年代前半から30年間ずっと続いていたことがよくわかるので、併せて読むと「ファスト教養」が受け容れられるようになった時代の空気感がより深く理解できると思います。さらに言えば、竹中平蔵さんがバブル崩壊後に大きな政府主義的な発言をしていたり、小泉純一郎さんが90年代前半に後の小泉劇場的な方法論を批判するような発言をしていたりと、“信念の人”のように見られている人も結構時代によって言うことがコロコロ変わるよなということに気付かされたりもします。

そうした背景がある中で、堀江さんが仕掛けた球団買収やニッポン放送買収は、かつて戦後直後や学生運動の時代にあった「若者が老人を蹴落として世の中を変えるんだ!」という動きの最新モードであり、かつ小泉改革がフィーバーしていたこともあって“平成の改革”の最終決戦だというような雰囲気がありましたよね。

レジー:そうそう、そうなんですよ。だから堀江さんが逮捕されたときは本当にショックでした。

神保:「若者のチャレンジが老人たちによってこんな風に潰されるんだな」とショックがありましたよね。

レジー:対プロ野球もそうだし対フジサンケイグループもそうだし、あとは対亀井静香さん(2005年の衆院選に堀江氏が出馬し選挙区での対決相手となったが敗北)もそうだと思うんですが、古い存在に対して新しい価値観を提示しようとする対立構図を結構意図的に作っていたと思うんですが、僕はそれにピュアにやられていた感じですね。ライブドアの会社紹介的な本とか、あとはフジサンケイグループとやり合っていた時のファイナンス手法が解説されていた本とか、当時は結構読みましたよ。

堀江さんが仕掛けていたこれらの動きを単純に弱肉強食と言っていいかわかりませんが、そういう感覚を是とする価値観から自分は完全には逃れられないだろうなとは感じますし、『ファスト教養』は当時新入社員だった僕が読んだらどう思うかなということを念頭に置いて、できるだけフェアな筆致を心がけているつもりです。

神保:フェアな筆致、というところでは第4章「「成長」を信仰するビジネスパーソン」において、レジーさんが参加したビジネス書の読書会で知り合った20代と30代の会社員へのインタビューが収録されていますが、ここでも2人のことをバカにして扱っているわけではありません。そもそも2人とも「傍から見れば確実に羨ましがられる側のキャリアを歩んでいる」方ですよね。

レジー:「羨ましがられる側のキャリア」であるにも関わらず、2人とも自分がもっと成長しなければいけないとプレッシャーを感じて研鑽している。それは内発的な動機だけじゃなくて社会が要請している部分もかなりあると思うんです。

社会的な影響で言うと、堀江さんの登場をどのタイミングでどういう風に受け取っているかというのは、いろんなものの受け取り方に少なからず作用していそうだなというのは、本書で名前を挙げた中田敦彦さん(82年生まれ)、箕輪厚介さん(85年生まれ)、あと細かく言及はしていませんが西野亮廣さん(80年生まれ)などが揃って僕と同じ80年代前半生まれの「ホリエモンリアルタイム世代」だということにも関連していると思っています。

あと新入社員時代って、多かれ少かれおじさんはクソだなみたいに思うじゃないですか。

神保:誰もが一度は「この人はソリティアばっかりやって日中何もしてないっぽいけど、自分より給料高いってどういうことなんだよ」って憤りますよね(笑)。

レジー:当時の堀江さんはそういう若手の気持ちを代弁する、共感しやすい存在だったんですよね。今はマスクをつけるつけないというような炎上をすることもありますが、かつては日本の悪い部分に対して揺さぶりをかけることもあった、功罪両方ある人だと思います。

ひろゆきさんに関しても、トリックスター的存在としては良いかもしれませんが、高校生が「総理大臣になってほしい人」に選んでしまうようだとさすがにちょっと大丈夫かと思ってしまいますね。

神保:トリックスターは権力とは無縁の場所にいるから格好良いのに、大人サイドもベタに乗っかっているというか金融庁ですらPRに起用する存在になってしまって本当にびっくりしますよね。

レジー:ベタに話の分かるお兄ちゃんみたいに見ているんでしょうね。いろんなものを分かりやすく説明してくれるみたいな。

神保:ただ一方で、自分の反省も込みですがTwitterを見ると毎日のように大人が醜態を晒しまくってるわけじゃないですか。そういうのを目の当たりにしてると「大人はクソばっかりだからひろゆき、総理大臣になってくれ」と思うのも少しは理解できるんですよね。

レジー:確かに。本でも書きましたがそれぞれの発言だけを見ていると結構まともな発言をしているんですよね。なのであまりバックグラウンドを知らずに触れると「バランスが取れた人だな」と捉える人もいるんだと思います。


後編はこちら

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