LIFE STYLE | 2023/08/15

「中国ヤバい」「いやアメリカの方が酷い」のどちらにも偏らない「多面的視野のニュース摂取」のススメ

Photo by Shutterstock
【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(37)
世界は多...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

Photo by Shutterstock

【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(37)

世界は多極化しているので、一つの視点だけに固執していると見誤る。そもそも、報道機関がどういうニュースを取り上げるかの選択には各社の意図が必ず入るので、特定の新聞やニュースだけを見て複数の視点を持つことは難しい。そうした中で、少しでも偏りを減らすためには習慣的に日本と違うメディアのヘッドラインを見ることはいい方法で、なかでもシンガポールのThe Straits Timesはおすすめだ。

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

フラット化し、複雑化する世界の中で

テクノロジーは日々世界を変えている。より大きく変わっているのはこれまで途上国と言われていた国々だ。アジア・アフリカのどの国を見ても、2000年頃と今とではまったく違う。「緑の革命」と呼ばれる農業の革新で飢餓が大きく減少し、医療が向上し世界中で乳幼児死亡率が下がった。紛争が続く国以外は、中学校までの教育を終えられるのが当たり前になっている。20世紀では、いつ成長を始めるのかわからなかった新興国が、この20年ほどで大きく変わっている。

人間はストーリーがないと記憶ができないから、「アメリカと中国の関係が悪い」「大阪は高校野球が強い」といった脳内の先入観が、様々なニュースを見るときに影響する。そしてそのストーリーがアップデートされない人は、世の中の流れを見間違える。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で1984年の「いいものはみんな日本製」の世界から1955年にタイムスリップした主人公に、ドクが「Made in Japanと書いてある!動かないはずだ!」と罵声を浴びせたように。

エコーチェンバーに溢れた世界で、ヘッドラインをどう作るか

こうして多極化し、かつそれぞれの極のありようも変化する世界の中では、一つの視点や視座しか頭の中にないと、物事の理解は難しい。自分の興味が反映されるSNSはエコーチェンバー製造機になりえるし、ニュースを取り上げる際に何をヘッドラインにするかにも、メディアの視点は反映される。

オススメは自分と異なる視点の情報を習慣的に入れていくことだ。自分はここ数カ月、先述のシンガポールメディア、The Straits Timesを購読するようにしている。シンガポールの政府系ファンドSPH Media Trustが経営権をもつ、実質国営のメディアだ。シンガポールは外国人労働者含めて550万人程度の小国なので、多くのビジネスは国際的に展開されている。そのため、The Straits Timesもシンガボール版と国際版の2つのヘッドラインがある。

The Straits Timesは、シンガポール版と国際版のヘッドラインがあり、こちらは国際版

この記事を書いている、8月10日14時ごろの国際版のヘッドラインがこれだ。並んでいるのは

・インドから外国への移民がこの10年で最多となった
・中国が(コロナ禍でこれまで制限してきた)外国への団体旅行の可能国をさらに拡大
・日本の南部と韓国で、台風による大雨被害
・WhatApp(メッセンジャーアプリ)の新機能
・若いインドネシア人が、シンガポールで働くことが増えている
・バイデン政権が中国への技術投資を防ぐ法令にサインした
・WHOが新型コロナの変異株について警告
・Googleがリモートワークする従業員をオフィスに戻らせるために優遇策

という記事たちで、海外移民のニュースが多く、インド/中国/インドネシアといったシンガポール周辺国家の記事が大きく並ぶのは面白い。これらアジア諸国は、これから存在感を増していく国々だ。

中国の急速な台頭と難しい理解

The Straits Timesでは、インドやインドネシア、中国といったシンガポールにとって重要な国々に関してそれぞれ複数の専門担当者がいて、記者たちは現地の言葉がペラペラだ。インド記事はインド系シンガポール人が、中国の記事は中華系シンガポール人が多くの記事を書いている。

特に、中国記事を見るときにそのメリットは顕著になる。見る情報というヘッドラインや、頭の中のストーリーを考えるときに、「ネイティブ」であることは重要だ。

新興国の台頭の中で、中国の成長はもっとも大きな話題だ。1970年代まで世界最貧国の一つだった中国は、40年あまりに渡る急成長の結果、世界第2位の経済大国になった。自動車などを購入できる中間層だけでも3〜4億人と言われ、人数ベースでは世界最大の市場になりつつある(金額ベースでは、アメリカの消費者は年間で中国の3倍程度を消費するので、アメリカ市場のほうが大きい)。

中国では急成長に国のシステムや国際感覚が追いついていないことも多く、様々な意味で安定するのはまだ先になるだろうが、その不安定さがさらに中国を抽象化して考えることを難しくしている。新興国では不安定なことが多いとはいえ、GDP世界第2位の大国となると話は別だ。

一方で、政府統計を含む多くの国内情報は中国語でしか出回らず、かといって一党独裁国家である中国メディアのヘッドラインに頼ってニュースを見続けると視点がおかしくなる。だが米中貿易対立が解消されない中で、英語の中国ニュースも角度のついていないものを探すのは難しい。

だがThe Straits Timesは、珍しくグローバルで世界貿易を前提にモノを見ている、ネイティブ感覚で中国語を操る人たちが記事を書いている。中国を見るときにこのメディアの存在は貴重だ。また、シンガポールはフェイクニュースに関する罰則があり、The Straits Timesの記者は無茶な予測やトバシ記事を書かない傾向がある(もちろん、その結果として自国について書く記事は大本営発表めいているが、外国人にとってはあまり困らない)。

たまたま変化の少ない場所にいる中でヘッドラインを増やしていくには

新興国の伸びが先進国の低所得層に急追する「エレファント・カーブ」と呼ばれる現象が起きており、さらにどの国でも貧富の格差は急速に広がっている。これにより日本の中間層はこの20〜30年ほど、急成長も急な落ち込みもない平穏な毎日を行っている。先進国に生きる庶民としては世界の前進を信じづらいが、世界全体で見ると良くなっているわけだ。

5年、10年単位で、新興国はすっかり様変わりする。その積み重ねで新興国の存在も大きくなり、まとめて「グローバルサウス」という呼ばれ方をすることも増えてきた。

テクノロジーの力で世界はフラット化し、さらに予測不可能になっていく。信頼できる情報源を複数持っておくことはオススメだ。


過去の連載はこちら