代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR WORK & STYLE」。第5回は連続起業家である孫泰蔵(そん たいぞう)の『冒険の書 AI時代のアンラーニング』をご紹介します。
岡田基生(おかだ・もとき)
代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)
1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」(『共創のためのコラボレーション』東京大学 共生のための国際哲学研究センター)など。
Twitter: @_motoki_okada
「探求」の姿勢を身に付ける
孫 泰蔵 著、あけたらしろめ イラスト『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP)
ここ最近、AIの驚異的な進化に注目が集まっています。私も先日、半信半疑でChatGPTに詩を作ってもらったところ、AIが作ったとは到底思えない作品が完成しました。驚きのあまり、裏で人間が書いているのでは、とちょっと本気で疑いたくなってしまったほどです。
AIが劇的に進化するなかで、私たちの仕事はどのように変わっていくのか。新しい時代に適応するためには、どんなスキルを身に付ければいいのか。多くの人が、今それを話題にしています。本書は、こういった流れのなかで異彩を放つ一冊です。
連続起業家の孫泰蔵さんによる本書は、「学び」をめぐる探究をまとめた一冊です。最先端のAIに触れれば触れるほど、学校で行われている教育の意味がどんどん失われるように感じた、と孫さんは言います。知識の蓄積や論理的思考の領域では、AIが人間を越えていくことが予想されるからです。そもそも、子どもの頃から、「こんなつまんない勉強をして、いったいなんの意味があるんだろう?」と思っていた孫さんは、あらためて「どうして学校の勉強はつまらないのだろう?」という疑問からスタートします。
この問いは、今、学校に通う子どもたちだけではなく、かつて学校で学んだ私たち大人にも深く関わっています。大人たちの「学び」に対する姿勢や価値観は、学校というシステムやそこで習った学習法に大きな影響を受けているからです。例えば、「学び」を自動的に「勉強」という言葉で言い換えがちなのも、学校的な発想の一つです。
そこで孫さんは、さまざまな過去の本を紐解きながら歴史を遡り、学校という仕組みがなぜ誕生し、何を目指していたかを探ります。この中で、「能力」「テスト」「実力主義」といった、今の社会では当たり前だと思われている発想が流通していった経緯や、その具体的な問題点を明らかにしていきます。探究はさらに先へと進み、それではどうすればよいのか、どんな学びの在り方が望ましいのか、追究していきます。
そうして本書が最終的に展開するのは、「学びと遊びが区別されない姿勢」です。
「ラーニング」と「アンラーニング」を繰り返すこと、つまり学習することと、一旦常識を捨てて、すべてを組み替えること、を反復するということです。これが、本当の意味での「探究」だと孫さんは言います。
ここでいう「探究」は、徐々に学校教育にも導入されつつありますが、経験の少ない人が他の人のサポートをすることは難しく、絵に描いた餅になりがちだというのが現状です。探究という姿勢は、これまでの人生を通して体にしみこんだ「学びに対する考え方」から自分を解放する「アンラーニング」のプロセスを経て、ようやく身に着けることができます。本書を紐解きながら冒険をすることは、まさにこの「アンラーニング」なのです。
本書の魅力のひとつは、書籍自体が一種のロールプレイングゲームのような物語になっており、「学び」の面白さが伝わってくるところです。例えば、教育学の古典『エミール』を紐解くシーンでは、古典が書かれた時代にワープし、著者であるルソーと語り合うことになります。読者はゲームを楽しんでいるような気持ちで、わくわくしながら、孫さんの学び=冒険のプロセスを追体験できます。そこで自ら驚き、立ち止まって考えるなかで、「アンラーニング」が進んでいきます。
とはいえ、「探究」を自分の生活や仕事と結び付けることは、働き方を選べる起業家やフリーランスにしかできないと思われるかもしれません。しかし、私は、自分自身の経験から、会社員の立場でも可能だと感じています。
会社員として働いていると、どんな部署に配属されるかに仕事内容が左右されることが多く、自分が目指したいことがわからなくなることもありました。そこで私は、「遊び」と一体化した「働き方」を実現する方法を探究しはじめました。
まずはプライベートで興味の赴くままに本を読んだり、知人に仕事観や人生観に関するヒアリングをしたり、上司部下という指揮系統をなくした新しい組織形態を実験している会社の社内会議に参加したりしました。そうしているうちに、会社員として日々働きながら体験することが全部「働き方」に対するフィールドワークとなり、日々の仕事、あるいは生活への視点が変わっていきました。
子どもたちに学びの「場」を提供する取り組みも実践
先日、代官山 蔦屋書店では、本書をより多くの方に手に取っていただくため、刊行記念トークイベントを開催しました。
孫さんは、エンジェル投資家として、スタートアップをネットワークでつなげ、コミュニティを作る取り組みをおこなっています。その中から、自動運転タクシーを開発するZoox、人工知能を積んだドローンを開発するZipline、海水で育つ米を開発するAloraなど、今、世の中を大きく動かしつつあるスタートアップの事例を紹介しながら「世界は自ら変えられる」ことを、時にユーモラスに、時に真剣にお話されていました。
刊行記念トークイベントの様子
また、孫さんは、子どもに対して「クリエイティブラーニング環境」を提供することを目的としたVIVITAという、企業/コミュニティを運営しています。その中で、3Dプリンタや、リサイクルマテリアルを使って、子どもたちがものづくりを体験する「VIVISTOP」という取り組みでは、子どもたちが主体となって、大人たちの協力を得ながら、なんとジェットコースターを作り上げたというから驚きました。
現在、孫さんはスタートアップのネットワークと、子どもたちのクリエイティブ・スペースという二つのプロジェクトをつなげ、「冒険者たちの遊び場」を創り出そうとしているといいます。大人は子どもの常識にとらわれない視点からインスピレーションを受け、子どもは大人からやりたいことを実現するためのサポートを受けるという相乗効果が生まれる場です。このような孫さんの世界を変えるための活動は、本書でも語られている「世界は自ら変えられる」という信念を、言葉だけではなく後ろ姿で示していて、個人的にも感銘を受けました。
『冒険の書』を読むことは、「学び」をめぐる冒険に出ることです。旅の最後には、読者自身の冒険が始まります。本書を読み終えた後、気ままに書店の本棚を探索していると、いくつもの「冒険の書」が見つかりました。
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