手のひらサイズで、AIを使った自動撮影をするドローン「Hover X1」
【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(35)
高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks
ドイツ大使館のマニュエルと半導体について話す
自分はオープンハードウェアの開発や販売を専門にしていて、深圳に住んでいる。そういう外国人は世界的にあまりいないので、色々な国の政府関係者と意見交換することは多い。
先日、EUの政策担当者向けレポートを書いているドイツのマティアスからの紹介で、ドイツ大使館のマニュエルと中国の半導体について話した。今後の経済成長を考える上で多くのヒントがあるし、話したことはすべて公開情報のピックアップなので、この連載でもぜひレポートしたいと思い今回取り上げる。
左上、眼鏡の男性がマニュエル。何人かベジタリアンがいたので、深圳でインドカレーを食べることになった
中国は先端チップの大量消費国だが、生産国ではない
マニュエルから質問されたのは、半導体の製造装置や取引額、また日米欧と同じ分野での開発力の話だった。つまり「日米欧と同じことがすぐにできるようになるのか?」という質問だった。自分からの回答は、「同じことができるようになるのは10年以上の時間がかかるだろうが、別の分野での進化が、現時点での遅れを吹き飛ばすほどの大きい成果を生みそうだ。つまり、問題の捉え方を変えたほうがよい」というものだった。
4nmの半導体を2nmにするなど、今あるものを微細化するのは、技術の方向性が明確なテーマだ。10nmレベルで苦労している中国が一足飛びに最先端にたどりつくことはできないし、裾野が大きくないと大きな山が立たない。ピラミッドを積み上げていくような技術構造になる。この分野の中国の山は小さく、今から大きくしていくのは時間のかかる試みだ。
そういう分野で中国が日米欧並の実力をつける、たとえば中国のサプライチェーンだけで1〜2nmレベルの半導体を世界に先駆けて作れるようになるには時間がかかるだろう。
一方で中国はそうした高性能チップの大消費国で、たとえば世界10大スマホメーカーはAppleとサムスン以外すべて中国にある。スマホに加えてAIチップやサーバ向けチップなど、高性能・高価格市場でかつ量を取りにくる製品は、中国市場を抜きにして考えられない。
なのでアメリカとしては、アメリカ国内から中国への輸出が減らない範囲で、日欧の製造装置が中国に売られないことが望ましい。こうした視点はマニュエルと僕で共通していて、大使館で働いている彼のほうがむしろ詳しかった。
先端技術と「先端を作り出す技術」
一方、たとえば高品質の材料と高度な設計といった方法でノイズ削減していたところを、コンピュータ上で動作するノイズフィルタで解決するような方法は、どちらかというとアイデアや試行錯誤が大事な分野だ。中国はエンジニアの人数も活動量も多いので、この分野に強みがある。
実際にオーディオ機器やヘルスケアなどで、それまで高精度な部材が必要だった分野を、中国の企業がコンピュータの力で置き換えていくビジネスはいたるところに見られる。小型ヘリコプターがドローンに置き換えられていく、音響機器がデジタル化していくといった例は典型だ。
さらに、コンピュータ+ソフトウェアで実現したものを、その目的に特化した専用のコンピュータチップで解決することも、市場やフレキシブルさが必要な、中国の得意分野といえる。ドローン最大手のDJIはフライトコントローラ、無線伝送チップなどで独自のマイコンチップを開発し、さらに画像処理チップなどに範囲を広げている。それらの微細化レベルは10nm以上と、IntelやNVIDIAといったスマホ、GPU向けなどのチップを開発する会社のライバルではない。一方で、ドローンに必要な無線伝送やフライトコントローラを自社化しているのは、他のドローン企業に対して高い壁になる。モーター制御では中国SPINTOL社のチップを使っているが、それはつまり他の中国企業がドローンを作る上で助けになる。
中国が大きな可能性を秘めているのは、今の先進国と同じゴールを目指して先端争いをすることだけではなく、これまで半導体と無縁だった分野に半導体、マイコンや通信機器を導入していく、新しい先端を作り出す仕事が増えている分野だ。そういう分野は、先端技術の蓄積というよりも、新しい分野にチャレンジする起業家や、少量で高速に製品化するサプライチェーンを必要とする分野で、中国・深圳に強みがある。
開発者が増えているかどうかが最も重要
そして、今の深圳ではそうした新しい分野へのチャレンジが、技術と市場の両面で盛んだ。圧倒的な性能を誇るDJIが、ドローン市場では一社独占のように見えて、DJI退職者が起こしたドローン分野のスタートアップは、深圳を中心に各地で見かける。どのスタートアップもDJIが手掛けない、ニッチな分野でドローンの技術を活用して新しいビジネスを起こそうとしている。
深圳のZero Zero Roboticsが開発した、手のひらサイズのドローン「HoverX1」は、カメラとAIを使った顔認識で、コントローラ無しの操作を可能にしている。
顔を正面に検知すると手のひらから離陸し、距離をカメラデータから推定しながら数メートル離れて撮影し、撮影後に自動で戻ってきて、下向きのカメラで手のひらを認識して着陸する。コントローラなしで、ドローンが人間を認識して離陸・撮影・着陸の一連の動作を行う。
ドローンもAIも多くの先行事例があるが、新しい組み合わせ方をすることで、新しい製品やビジネスが生まれる。そのためには「この技術を、こういう使い方ができるんじゃないか?」という試行錯誤と、その結果を製品にして使ってもらう人の数が必要だ。こちらは、どこが裾野でどこが頂点か、一見して判断がつかない領域になる。チャレンジャーとプレイヤーを増やすことが大事で、そのためにはオープンソースのように、関わるための敷居を低くするための取り組みが必要だ。中国は、企業も政府もそれを理解していて、レベルを問わず幅広く技術開発に関与するためのアクションを起こしている。
こうした話はマニュエルに響いたようだ。お互い話し合った結果、日本とドイツは、技術に関するプロフェッショナリズムでよく知られているが、このプロとアマチュアの垣根を低くする、オープンにして技術開発への関与を広げることについては、既存の考え方を変えること含めて、根本的に取り組んでいくことが必要だということが未来へのヒントになった。