Maker Robotics Challengeの会場
【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(33)
高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks
タイでは毎年1月に、電子回路基板を製造しているGravitech社とタイの政府機関NSTDA(日本で言う産総研のような、政府参加の産業振興機関)の旗振りでメイカーフェアバンコクを開催している。2020年を最後に、コロナ禍でメイカーフェアは停止していた。
この4月8・9日、別の民間組織であるThailand Maker Associationが呼びかけ人となり、バンコク郊外のRangsitにてMaker Faire Rangsitが開催された。タイでは多くのDIYイベントが開催されているが、Maker Faireのライセンスを取得したイベントは2箇所目となる。
僕の勤務するスイッチサイエンスはアジア各地にパートナーがいて、タイでのメイカーフェアには継続的に参加している。今回は主催のChaiwat氏から自分に連絡があり、彼をサポートして、日本ブース手配のやりとりをおこなった。Thailand Maker AssociationのChaiwat氏は、電子部品商社が本業で、僕とは長い付き合いになる。
会場のHub Rangsitは、バンコク郊外の巨大なショッピングモールだ。最上階はほぼテナントが入らず大きなスペースが空いていて、今回はMaker Faire RangsitとロボットコンテストであるMaker Robotics Challengeが同時に開催されることになった。
日本からも参加者が訪れた、バンコク・Rangsitでのメイカーフェア。一番右が主催のChaiwat氏
Maker Faire Rangsitの全景。 60程度のプロジェクトがタイ各地から集まった。インドネシアなど東南アジア各地の参加者も
タイで2箇所目のメイカーフェアはロボットコンテストと共催
今回、メイカーフェアと併催されることになったロボットコンテスト、Maker Robotics Challengeは、タイ独自のロボットコンテストで、ポーランドなど外国のチームも参加している国際的な大会だ。
ライントレーサー、ロボット相撲、ロボフットサルなど、国際的な共通ルールのもと競技する種目もあれば、「老人の生活を助ける何かを作る」など、ソリューションやアイデアを問う種目もある幅広いものだ。
年齢やカテゴリごとにいくつもライントレーサーロボットのコースが用意されている
参加年齢は5〜14歳のジュニアカテゴリ、14-19歳のシニアカテゴリのほか、5歳以上年齢制限なしのオープンカテゴリを設けるなど、学生を中心に幅広く呼びかけている。ライントレーサーはコースに交差が多い難しいもので、ロボフットサルのチームも、接触プレーでロボットが壊れた時にその場で修理できるように、3Dプリンタを会場に持ち込むなど、タイ各地から本気度の高いチームが多く参加している。
3Dプリンタを持ち込むチーム
白熱するロボフットサル
メイカーフェアとMaker Robotics Challenge、2日間にわたって多くの子どもたちやエンジニアが集まり、ものづくりを共通テーマに交流した。筆者も2日間会場にいたが、メイカーフェアの出展者もMaker Robotics Challengeの参加者も相互に交流し、興味深く質問しあっているのを目にした。
また、会場のHub Rangsitはトレーディングカードゲームやアニメグッズ、ラジコンカーなどサブカルチャー関連のショップも多く集まる場所であるため、今回のイベントとも親和性が高く、一般客も多く会場に訪れていた。
「メイカー」教育に注力するタイ政府
メイカー教育は、日本でよく言われるプログラミング教育よりさらに広い概念だ。プログラミングは手段であり、メイカーは生き方を指す言葉である。アジアの多くの国でメイカーとは、「アイデアを現実化する人たち」を指す。
もちろん技術力も必要だが、仲間を集めること、適切な人に頼むこと、そのために自分のやりたいことやゴールを言葉にして伝えることなど、より幅広いスキルや経験が求められる。その中には他者からフィードバックを得てアイデアや手法を修正していくことなどのマインドセットも含まれるし、非言語的なスキルも多いことから、教科書通りに実施するだけでは身につかない。
メイカーフェアに出展されていた早押しボタン。異なる立場から感想やアイデアを出し合うことで、プロジェクトはより良くなっていく
今回でいうと、ルールや評価軸が明確なライントレーサーやロボフットサルはスキルの要素が強く、問題解決のソリューションやメイカーフェアでの展示は企画・アイデアの要素が強い。そして、どちらもチームとして取り組み、お互いの長所を持ち寄り、アイデアを擦り合わせないと高みは目指せない。
そうしたチームビルディングやメンバーそれぞれの特徴の発揮、明確な評価軸がない中でプロジェクトを進めていくことは、実際の仕事やイノベーションの実現とほぼ同じで、世界のどの国でも求められるものだ。
タイ政府がメイカー教育に直接投資し、新産業が生まれる
今回のメイカーフェアやMaker Robotics Challengeだけではなく、タイ政府は多くのコンテストや関連イベントを行い、メイカー教育に多くの投資を行っている。
イベントだけでなく、先述の政府機関NSTDAのもと、各高校にメイカースペースを開き、タイ国産のIoT開発基盤KidBrightをGravitech 社に製造させて40万枚を無料で各学校に配布するなど、国を挙げてメイカー教育に取り組んでいる。巨大な投資が行われたことで、直接プロジェクトを引き受けたGracitech社が急成長しただけでなく、KidBrightボードの関連製品や、互換品を作るスタートアップ、中小企業も多く誕生した。Maker Faire Rangsitは、そういう企業たちの商談の場ともなっている。
タイ北部の文教都市チェンマイから参加しているスタートアップ。チェンマイでも毎年メイカーイベントが行われている
タイ政府の姿勢は世界的にも注目され、教育テクノロジーの世界的なショーであるBETT(British Education Technology Trade Show)が、初のアジア版をバンコクで開いたほどだ。
日本でもプログラミング教育が義務化され、高校からは情報が必須科目となった。GIGAスクール構想によって全国の公立小中学校で1人1台、ノートパソコンやタブレットが割り当てられている。一方タイではそうした必修化は行われていない。KidBrightの配布もメイカースペースも、必須科目の外側で、やりたい生徒たちが行っている。つまり日本とタイは、同じコンピュータ教育でも正反対のアプローチをしていると言える。
僕はずっとメイカーフェアにコミットしていたこともあり、「自分でやりたいからやる」という意志の力を信じている。もちろん勉強は道をひらくが、そのベースになるのは自身のモチベーションだ。そして、そのモチベーションは仲間によって強くなる。とにかく始めるのが大事なことはたくさんあるから、必修化は良いアプローチかもしれないが、学校の勉強はついぞ好きになれなかった。
タイのメイカー教育が、たとえばGDP向上といった具体的な成果につながるかわからない。また、日本は今でも教育水準も効果も極めて高い国だが、GDPの成長率はこの数十年ずっと低いままだ。教育はこのように、努力と成果が連携しない難しい仕事だ。
筆者は何人かのタイメイカー界の中心人物と、メイカーフェア東京などでよく意見交換するが、タイは昨年から高専を開設し、日本の教育プログラムからよく学んでいる。日本でも未踏プロジェクトや高専ロボコンのような、タイのメイカー教育に近いアプローチのプロジェクトは大成功している。
一方で、全員に画一的なコンピュータ教育を行うことへの批判や懸念は世界的に多い。コンピュータ教育のオリジネイターの一人、MITメディアラボのミッチェル・レズニックも常々自発的に動くことの大事さと、やらされることでむしろ創造性が阻害されることへの警鐘を鳴らしている。
タイ政府は大きな投資をしているが、必須とせず、やりたいと思った子どもたちに大きくスポットライトが当たるようにしている。自発的に動くからこそチームワークが可能になり、切磋琢磨にも熱が入る。直接的ですぐ陳腐化するスキルではなく、好奇心や楽しさ、そしてチームワークにフォーカスを当てるやり方は僕も大賛成だ。急成長を始めたタイのメイカー教育から、我々が学べることは多い。