CULTURE | 2023/04/10

最先端テクノロジーが可能にした「倫理」を問う作品——真鍋大度・特別企画展 「EXPERIMENT」レポート

文・写真:高岡謙太郎
メディアアーティスト・真鍋大度の個展 「EXPERIMENT」が清春芸術村・光の美術館にて202...

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文・写真:高岡謙太郎

メディアアーティスト・真鍋大度の個展 「EXPERIMENT」が清春芸術村・光の美術館にて2023年4月1日から開催された。彼の率いる制作集団ライゾマティクスは、メディアアートの文脈を踏まえながら、新興テクノロジーならではの表現を開拓する作品を制作して世界的な評価を得ていることは、読者のみなさんはご存知のはず。

真鍋の活躍するジャンルであるメディアアートは、もともとはニューメディアアートと呼ばれていたように、新しい技術を取り入れた作品が多い。そして本展は、企業や大学などの研究所から生まれたばかりの用途が不確定な技術を使用しているのが特徴だ。

一般に普及する前の新しい技術を開発した研究所とコラボレーションすることにより、誰よりも早く新しい技術を扱ったメディアアート作品を世に送り出すことが可能になる。今回の展示は、「EXPERIMENT(実験)」とタイトルにあるように、新しい技術の実験場となっていた。

IT企業、大学、自治体が協力して実現した「実験なのか作品なのかまだわからない」展示

会場となった清春芸術村は、山梨県北杜市にある複合型の文化施設。施設内には、大正時代の文学者・美術家の集団である白樺派の作品が展示される清春白樺美術館などがある。今回プレスツアーで訪れた際には庭園に桜が満開で咲き誇り、本展を祝うようなめでたい雰囲気があった。

オープニングセレモニーでは、最初に北杜市長・上村英司が登壇。「芸術で地域を活性化する」という意気込みを表明した。続いて、清春芸術村理事長・吉井仁実は、「真鍋氏はレオナルド・ダ・ヴィンチのようだ。100年後も評価される作家で、未来のアートはこうなるだろう」と称賛した。ダ・ヴィンチが芸術家、画家、博学者、科学者などの多面的な活動を行っていたことを真鍋と照らし合わせているのだろう。

作品の技術提供を行ったソフトバンク先端技術研究所所長・湧川隆次は、「通信の研究や技術開発をしているが、どのように世の中に出すかが難しいので、真鍋大度さんに協力いただいた。開発した新しい技術が作品として発表されることによって、技術者に思い付かなかった用途が生まれることを期待したい」と語った。一般的にメディアアート作品は絵画や彫刻と違って、なかなか作品の売買が成立しにくい。そういった部分を企業がサポートし、またアーティストは作品を提供するという協業し合う関係性が汲み取れた。

最後に今回の主役である、真鍋大度が本展への思いを語った。

「普段ライゾマティクスとして活動する際はチームで制作している。今回の展示は個人としての取り組みであり、自身の興味のあることではあるが、実験なのか作品なのかまだわからない。なんだかよくわからないものが多いけれど、5年後10年後に理解されるかもしれない。ちょっと先の未来を想像するような体験になれば」というように、作品なのか実験なのか、その線引きが曖昧なものを世に出して問いかける展示となっていた。

粘菌と鑑賞者の動きを映像と音声に変換

EXPERIMENT1「Telephysarumence」

セレモニー後に展示会場となる「光の美術館」に招かれた。建築家・安藤忠雄の設計による、自然光のみの施設だ。展示作品は4点となり、ソフトバンクの超高速通信技術を使った作品が2点、大学の研究所との作品が2点となる。

最初に紹介された作品EXPERIMENT1「Telephysarumence」は、ディスプレイとモーションキャプチャ用カメラが設置され、カメラでリアルタイムに捉えた鑑賞者の動きをもとに、映像と音を生成する内容。遠隔地に置かれた粘菌のシミュレーションに合わせて、高速通信によってインタラクションが可能になっている。将来的には実際の微生物を使うことを目指しているという。

高速通信による8Kのフィードバック映像

EXPERIMENT2「Teleffectence」

展示会場と遠隔地に、カメラとディスプレイ、マイクとスピーカーを設置し、互いに通信しながら映像と音のフィードバックを生成する作品 EXPERIMENT2「Teleffectence」。展示会場での映像と音を遠隔地に送り、そこで起きた反響(エコー)を再生することで、不思議な質感の映像と音が重なって再生される。

清春芸術村と同じ北杜市にあるサテライト会場の「長坂コミュニティ・ステーション」に光無線機を設置。超低遅延な大容量通信で8K映像伝送を実現し、サテライト会場でも作品が展示される。本作は動画のレイテンシー(通信を介することで発生する遅延)の低さによって成立する。このフィードバックの独特な質感はのちのち何かに活用されそうだ。

心の状態を解読する「ブレイン・デコーディング」

EXPERIMENT3「dissonant imaginary」

京都大学の神谷之康研究室は、心の状態を解析する「ブレイン・デコーディング」という技術を世界に先駆けて開発。脳活動パターンから、知覚・想起している任意の物体を解読する方法も開発した。

EXPERIMENT3「dissonant imaginary」は、ある音楽を聴いた時に映像が思い浮かぶ体験から着想を得て、ブレイン・デコーディングを用いて被験者が音楽を聴いて思い浮かんだ情景を画像として生成している。

つまり、展示のディスプレイには脳の中で想像した画像が表示されている。現状はモヤっとした映像だが、今後解像度が上がっていくことが期待される。

本作は2018年に鹿児島県霧島アートの森で行われた、特別企画展「真鍋大度∽ライゾマティクスリサーチ」でも展示された作品。

脳細胞に電気刺激を与えて絵を描かせる

EXPERIMENT4「Cells:A Generation」

ラットの脳の分散培養細胞の神経活動データを元に、音と光のデータを生成する作品EXPERIMENT4「Cells:A Generation」。

東京大学高橋宏知研究所による、ラットの神経細胞が環境に応じて学習するという仕組みを開発し、絵を描かせるという実験から発展したものだ。

これは近年画像生成AIなどが発展し類似する作品が増えることが予想されるため、新規性を加えるために脳や生物材料を元にし、「人工知能」ではなく「生命知能」から作品を生成するという試みになる。

将来的には、真鍋の分身である、真鍋の「脳オルガノイド(多能性幹細胞から分化誘導された、生体と類似構造を持つ三次元脳細胞)」が絵を描く、音楽を生成することを目指しているという。「人間にとって創作欲求とはなにか、そして意識とは何か」という究極の問いに迫っていくそうだ。

本作は2020年に行われたアートフェス「HOKUTO ART PROGRAM」で展示された「critical line - version 0」の発展系となる。

ちなみに現状の脳オルガノイドで作製できるのは脳の一部分だけ。ほとんどは神経細胞のみなので、実際の脳のように機能するのはまだまだ先になる。現在は実験用のラットに対して行われているが、もし今後人間を対象としはじめたら倫理観を揺さぶるものになるだろう。そして現状はアート作品なので許されている側面もある。明確な線引きができていくのは、この作品や実験が世に知られて議論が起きてからになるだろう。

真鍋が注目されるようになったきっかけもまた、YouTubeで「電気信号で顔の表情を動かす動画」が話題になったことだった。以前からインタビューで「脳に電極を刺してみたい」という話を幾度か話をしている。そういったマッドサイエンティスト性が本展でより顕になり、今後挑戦していく方向が見えていた展示でもあった。

真鍋はメディアアートを突き詰めていったことで、新しい技術の源泉となる企業や大学などの研究機関に行き着いたのだろう。こういった試みによって、世に出る前の実験が、新興技術を使って表現をしたいメディアアーティストとコラボレーションすることによって、作品として世に出る機会が増えれば、今までに見たことのないような技術を用いた作品がより多く見られるようになるはずだ。そういった未来が到来するのも遠くはないだろう。


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■開催概要
会期 2023年4月1日(土)〜5月10日(水)
場所 清春芸術村・光の美術館
開館時間 10:00〜17:00(最終入館 16:30)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌平日)
入村料 一般¥1,500[¥1,400]|大・高校生¥1,000[¥900]|小・中学生 無料 ※[]内は 20 名以上の団体料金
※清春白樺美術館、光の美術館入館料を含む
http://www.kiyoharu-art.com