2015年に竣工した、国内から国外、先端研究から実用化まで、総合的な研究開発の拠点となる「先端膜工学研究拠点」。夜はLED照明でライトアップされる
文:伊東孝晃
日本唯一、世界でも有数の総合的な膜工学の研究拠点
松山秀人氏
飲料水のろ過、二酸化炭素の分離、ガスの有毒成分からの分離、各種製品のコーティングなど、日常生活のさまざまなシーンで使われている「膜」の技術。神戸大学先端膜工学研究センターは日本で唯一の総合的な膜工学の研究拠点となっている。バイオプロセスや医療へも研究分野を広げることで、産業ニーズに応えるだけでなく、カーボンニュートラル時代に向けた地球規模での環境改善にも取り組んでいる。世界の膜工学研究においても重要なポジションを担っている本施設の概要をセンター長兼工学研究科教授の松山秀人氏に伺った。
日本で唯一の総合的な膜工学の研究拠点となっている神戸大学先端膜工学研究センター。科学や医療へも研究分野を広げることで、産業ニーズに応えるだけでなく、カーボンニュートラル時代に向けた地球規模での環境改善にも取り組んでいる。世界の膜工学研究においても重要なポジションを担っている本施設の概要をセンター長兼工学研究科教授の松山秀人氏に伺った。
神戸大学先端膜工学研究センターは2007年、神戸大学大学院工学研究科に「先端膜工学センター」の名称で設立。2019年には科学技術イノベーション・理・農・海事科学の各研究科と連携し、分野融合型の研究を行うべく「先端膜工学研究センター」と改名し、神戸大学の全学組織として改組された。2022年には研究成果の国際的な発信力を強化するため国際共同研究推進部門を新設。日本で唯一の膜工学に特化した研究センターとして研究と教育を行っている。
国際交流では海外16の膜センターと連携し、若手研究者の派遣や国際共同研究の推進を行っている。産学連携の取り組みでは、国内企業82社と連携し、派遣型教育やリカレント教育を展開。センターと同じ2007年に設立された(一社)先端膜工学研究推進機構と連携し、膜研究推進コンソーシアムとして講演会や膜工学サロンの開催、技術相談などを手掛け、研究面および教育面において産業界とセンターの橋渡しを行っている。
「先端膜工学研究センターと先端膜工学研究推進機構は共同で産学連携に取り組み、春季と秋季に講演会を開催しており、累計で4337名もの方々に参加していただいています。人数が多くなると専門的な質問や密接なコミュニケーションが取りにくくなるため、2008年からは『膜工学サロン』にてテーマ別の分科会(サロン)もこれまでに29回行っています。当初は4サロンだったのが、現在は水処理やガス分離膜などテーマが多岐にわたり、現在では11サロンにまで増えました。特に中国でビジネスが大きく拡大している水処理については、5年間現地に滞在された方から生の声を聞くことができます。海外との取り組みでは毎年、神戸大学に海外の膜センターから先生方を招いて国際膜ワークショップを行っており、約100名が参加しています」(松山氏)
技術とビジネスの両面で膜の可能性を学ぶ
本センターでは、高分子材料の設計や分離膜の作成、モジュール化などに使用する機器を多数備えており、先端膜工学研究推進機構会員であれば利用できる。直近3年間では589件の企業利用があった。人材育成にも積極的に取り組み、企業の若手社員向けの講義・実験を行う「成膜スクール」も実施。2017年からは、今後のイノベーションを興すものづくりを目指し、各企業で世界と戦える新規事業を創造するための「MBA(Membrane Business Academy)」プログラムを開始。22年からはテクノロジー(T)も追加して、「MBTA(Membrane Business Technology Academy)」とした。
「成膜スクールは会員企業の社員向けプログラムで、講義と実験で膜の技術を身近に体感してもらえるため若い方から非常に好評です。MBTAでは経営学の先生を招いて、膜技術のビジネスに展開について学ぶことができ、成膜スクールとは対象的に豊富なキャリアを持つ経営者の方々がこぞって足を運ばれています。このような取り組みで幅広い年代の人たちがつながっていくのも当施設の強みですね」(松山氏)
SDGs、カーボンニュートラルにも大きく貢献できる技術
今後、環境汚染などの課題に対処するためには、膜科学・膜工学分野における基盤学理の構築や、社会実装を見据えた大規模実証試験の推進、さらには文理融合による社会実装の加速化が不可欠とされている。膜分離技術は地球規模の問題を解決しうる有望な手段とされ、本センターでも現在、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて研究部門を統合して新規膜技術の研究開発を進めている。本センターでは、多角的な視点からの高度膜技術に関する技術と知識を備えた研究者・学生の育成・教育を行い、世界トップクラスの膜工学研究拠点形成に繋げていく。
「膜工学はSDGsの達成のため、安全な水、クリーンなエネルギー、産業の技術革新、CO2削減などの目標達成に貢献が可能です。2018年以降、論文の数も飛躍的に伸びています。社会実装の実績についてもエアフィルター、CO2選択透過膜、および膜ろ過設備の運用など、さまざまな実績を築いています。技術が進化する中で医療や化学プラントなど、今まで使っていなかった分野にも膜が入るようになってきました。しかし、企業にはまだまだ膜関連の人材が少ないこともあり、MBTAを通して繋がった企業と連携し、ビジネス的な取り組みも積極的に行いたいと思っています。学生には海外研修へのチャレンジや企業とのマッチングの場としてセンターをどんどん活用していただきたいです」(松山氏)