【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(31)
高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks
古くなり、ほとんど使われていないような公共施設をリニューアルし、活性化させていくことが、多くの自治体に求められている。
先日訪れた金沢の石川県立図書館は、本という知識の集大成を中心に、様々な知的な体験を組み合わせることで、図書館をイノベーションのきっかけになる場にしようとしている。
家族連れでゆったりと過ごせる、新築の図書館
2022年7月16日に移転・新築されリニューアルオープンされたばかりの石川県立図書館は、「百万石ビブリオバウム」という愛称にふさわしい、美麗で伝統にも配慮したデザインで注目を集めている。
図書館内は外光が入らず、落ち着けて書籍に優しくゆっくり読める雰囲気でありながら、全体の見通しを良くして、新しい本に出会えるような構造になっている。
金沢大学工学部の跡地に新築された石川県立図書館
また、本を読む=知識の取得という行為をきっかけに、美術や自然科学など、他の分野の知識やワークショップにつなげていき、より知を深める狙いが随所に感じられる。
筆者が訪れたときは、金沢発であるDMM Gamesのブラウザゲーム『文豪とアルケミスト』との連携企画で、明治の文豪イラストが多く飾られていた。
「十二文豪図書館ニ降臨ス~EPISODES with 文豪とアルケミスト~」の模様
図書館に「モノづくり体験スペース」
オープン時の田村俊作館長の言葉には、本を読む行為をきっかけに、知を深めていく狙いが語られている。
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「本には、さまざまな読み方、活かし方があります。座って小説を読むのも、レシピ本を見ながら調理するのも、植物図鑑や昆虫図鑑を片手に公園へ行くのもいいでしょう。本の活用方法を広げれば広げるほど、知識だけでなく、智恵や知性も深まります。石川県立図書館では、利用者にいろんな読書体験をしてもらえるよう、随所に工夫を凝らしました。知を深めるきっかけの場としてください」
(石川県の広報誌『ほっと石川』2022夏季号「百万石ビブリオバウムへようこそ!」より リンク先PDF)
その「知を深めるきっかけ」の一つとして、図書館内に3Dプリンタやレーザーカッターなどの工作機械、プログラミング教室などを行える場所を備えた、「モノづくり体験スペース」がある。
図書館の3階にある「モノづくり体験スペース」。ガラス張りで中がわかりやすく、初心者向けの講習会案内などが開かれたホワイトボードも外から見える
このスペースは工作機械が置いてあるだけでなく、一般社団法人FAPが受託運営し、金沢大学の秋田純一研究室と、石川のC8LINK社、EdelWorks社が常駐しており、オープン中はいつでも管理者のもとで工作ができる。現在は水曜・土曜にオープンしている。
実際に行われているプロジェクトも、図書館の利用者が興味を持てるようなものが多い。筆者が訪れた際は、前述の「十二文豪図書館ニ降臨ス~EPISODES with 文豪とアルケミスト~」と連携して、金沢の和紙を材料に、小説の名台詞をレーザーカッターで印字してオリジナルの栞をつくる企画が人気を集めていた。こうした企画でものづくりに触れることで、「ないものを作る」「アイデアを現実化する」というマインドが利用者たちに伝わっていく。
パブリックドメインになっている明治の文豪たちのフレーズを使った栞づくり
同じく金沢の和紙に、画像生成AIのStable Diffusionで生成した浮世絵風のイラストをUVプリンタで印刷したもの
作ったものをアウトプットし、他人を動かしていく
石川県立図書館にはイベントスペースもあり、多くのイベントが行われている。モノづくり体験スペースで作ったものなど、DIYの工作物を展示する「NT金沢mini」もこの図書館のイベントスペースで開催された。
また、モノづくり体験スペースの前にはガラスのショーケースが置かれ、ここで作られた、人々の興味を惹きそうな作品が展示されている。
権利処理されたデジタルコンテンツも並ぶ図書館の総合資料検索システム「SHOSHO」から図案画像をダウンロードし、職人さんがスニーカーに描き込んだ展示
学ぶことから作ることへ、作ることから他人に見せて、他人の気持ちを動かすことへ、田村館長の言葉にある「知を深めるきっかけ」の中に、モノづくりも組み込まれていることがうかがえる。
あくまで本を中心に、より知を深めていく
広い駐車場とゆったりしたスペースに加え、映像スペースやアートの展示、カフェや食事も可能な館内設備は、車で来館した家族がそれぞれの年齢や興味に応じて休日を過ごすことを可能にしている。
建築が伝統に配慮しているのと同様、カフェスペースでも金沢の伝統料理をモダンにアレンジした食材を出す、館内に金沢の伝統を取り入れ、かつ現代的なアートを展示するなど、伝統を受け継ぎつつ進化させていく姿勢がうかがえる。
'91ジャパンデザインコンペティション石川で金賞に輝いた、金沢の漆工芸をベースに、海外(韓国)のデザイナーが作った作品
石川県立自然史資料館と提携した、化石や昆虫標本などのコーナー
現代の知性は、ずっと閉じこもって本を読み続けて得られるものから、知識を様々な分野にまたがって広げていくことに変わりつつある。きちんと考えて書いたテキストの集まりである書物は、時代が変化しても価値を持ち続けるだろうが、どうやってその知識を融合・活用されるかは、日々変わり続けているし、今後も変わり続けるだろう。
石川県立図書館のリニューアルは、魅力あふれる施設のための様々なヒントが詰まっている。