LIFE STYLE | 2022/12/06

日本では注目されない?欧州でW杯が「盛り上がっていない」理由をオランダから考える

Photo by Shutterstock
【連載】オランダ発スロージャーナリズム(46)
史上初2大会連続決勝トー...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

Photo by Shutterstock

【連載】オランダ発スロージャーナリズム(46)

史上初2大会連続決勝トーナメント進出。ドイツ、スペインと欧州のサッカー大国を立て続けに撃破したサムライブルーの活躍に大盛り上がりの日本ではないでしょうか。筆者の住むオランダでも、スペイン戦終了直後からオランダ人からのお祝いのメッセージが鳴り止みません。もちろん日本代表の選手でもコーチでも、スタッフでもないにも関わらず。

そして街中でも、例えばこちらの夕方にキックオフのあったドイツ戦に勝利したときなどは、そこら中の人にお祝いされました。はい。筆者が日本人と分かった途端に。これは自分がスマホで見せてもらっていた放送を見て、勝利の雄叫びをあげたからですが…。

ということで、日本の皆さんの盛り上がりに水を刺すつもりはなく、むしろ同調しているつもりなのですが、一部メディアでも囁かれている欧州での今ワールドカップの盛り下がり。サッカー大国の一つと言われるオランダの状況はどうなのか?日本の勝利に対する周りのリアクションも含めてお伝えします。

吉田和充(ヨシダ カズミツ)

ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director

1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/

カタール大会の何が問題視されているのか?

実は、ワールドカップ開催前の数週間、日本に滞在していたときの印象は「あ、日本では今大会の問題をメディアは一切、取り上げないんだな」というものでした。たまたま当時自分が接したメディアがそうだっただけなのかもしれませんし、実際開幕してから(特にドイツ代表が試合前に口元を隠すパフォーマンスを行った日本代表戦後)は大手メディアでも記事が出るようにはなりましたが。

欧州で問題になっている今大会の問題とは何か。それは、カタールのスタジアム建設(7つのスタジアムを新設!)に関わる海外労働者の劣悪な労働環境の問題。6500人以上が劣悪な労働環境のもとで命を落としてしまったと言われていますが、実際にはその数を大きく上回っているのでは?という声も聞かれます。

もちろん数が少なければ良い、という問題ではありません。しかし、この数は異常に多すぎるのではないか?労働者の人権が全く配慮されていないのではないか?ということに始まり、カタール国内でのLGBTQ+への対応などにも及んでおり、そもそもカタールという人権軽視の国で開催することはどうなのか?ということで、今回のワールドカップはボイコット、つまり見るのは止める、あるいはスポンサーにならないなどという動きが広がっています。

もっとも今回のボイコットは、何もワールドカップスタートのタイミングで始まったことではありません。抗議は10年前の決定時からあります。人権云々の前に、「FIFAはフットボールを金で売ったのか?」という批判を、オランダは代表監督のルイス・ファン・ハールなどが明確にしています。

「なぜスタジアムが一つもない国で開催するのか?」(そのおかげで、莫大な予算をかけ環境を大いに破壊して、多くの人を犠牲にして7つものスタジアムを造ったのは前述の通り)

「なぜサッカー文化がそこまで浸透してないカタールなのか?」

「なぜ通常シーズンオフである夏に開催しているワールドカップを冬間近のこの時期にやるのか?」

「通常シーズンをストップしてまで砂漠の真ん中でやる理由はなんなのか?」

これらの答えは明確です。そうです。ヨーロッパのフットボール界を席巻しているカタールマネー。ヨーロッパのいくつかのビッグクラブのスポンサーはカタールです。これ抜きには、なんの説明もできないというのが世界のカタールワールドカップ評。そして、これは開催決定が決まった当時からヨーロッパが反対していた理由でもあります。

ということで、今、盛んに言われている人権問題だけではなく、フットボール界から見ただけでも反対理由満載だったのが今回のワールドカップです。今では「スポーツに政治を持ち込むな!」「選手は黙ってプレーしろ!」「人権軽視のこんな大会は見ない!」「今大会に出場する代表チームのスポンサーをやめます(ドイツ)」「人権軽視のワールドカップのスポンサーにはなりません」「なんでOne love腕章がダメなのか?」そして「〇〇選手の対応が理解できない!」などなど、まさに批判の総合商社、いやワールドカップとなっているのです。

サッカーファンの筆者が個人的に記憶しているだけでも欧州では、今大会にはずーっと批判がありました。今までネーションズリーグなど欧州でのサッカー大会を通じて、各国代表チームがカタールへの批判を書いたTシャツを着て抗議するなど、抗議もずーっとしていました。大会前に俄に降って湧いてきた問題ではないのです。

オランダでは開会式の中継もろくにせず、これらの人権問題などを討論する番組が流れていました。ところが、オランダは他のヨーロッパ諸国(特にドイツ)とはちょっと違い、スポーツとしてのサッカーとは完全に分けている、つまり盛り上げている、というのが筆者の印象です。

オランダサッカー協会や、監督は明確に主催者であるFIFAを批判しています。ゲーム中にキャプテンがユニティの象徴でもある虹色の腕章「One Love」をつけようと提唱したのはオランダです。結局それはFIFAの「政治的アピールの禁止」という規約に抵触し、着用すれば制裁の対象にすると通達したため実現しなかったのですが、オランダ代表チームは大会前の練習期間に、現地の労働者を呼んで一緒に練習をしたりしています(それがメディアで取り上げられ、賞賛もされていました)。どっかの国のサッカー協会会長が、大会直前に人権問題への抗議を「今この段階でフットボール以外のことをいろいろと話題にすることは好ましくない」と言ったようですが、「今」じゃなくて「ずーっと前から」抗議してたのが欧州の現状です。そして、抗議もずーっとしているのです。

子ども同士も差別を行う?サッカー界が抱える問題

外国人労働者やLGBTQ+の人権はもちろん重要なのですが、今回はカタールという国自体が「今のグローバル基準に到達してないのでは?」「そういう国で開催するワールドカップってどうなの?」「そんなところでやるって決めちゃったFIFAってどうかしてるでしょ」というところに根本的な問題があるのではないかと思うのです。さらにはカタールという国と、周辺国との関係性の問題も見え隠れします。

ただ、それだけとは言えない、そもそもサッカーの持つ問題もあるのではないかと思われます。そして、それが多くのメディアからごそっと抜け落ちている感じがします。

例えばサッカーの試合では人種差別的行為がひどく、この問題もずーっと指摘されていますが、一向に改善の兆しが見えません。各国のプロリーグでは黒人選手への「モンキーチャント」(猿の鳴き真似をするなど)といった人種差別的なヤジが止まりません。アジア人選手に対して目をつり上げるなどのジェスチャーをして揶揄するなんてこともしょっちゅうあります。いくらチームやリーグが本人を特定し制裁したとしても、次は別の人が同じことをする、という悪循環です。

筆者もオランダの地元チームFC ユトレヒトのサポーターなのでよく試合を見に行きますが、ライバルチームであり、オランダを代表するチームのアヤックス・アムステルダムの黒人選手に、ホームであるユトレヒトのスタジアム一体となり選手にものを投げたり、差別的なヤジを行ったりする試合も目の当たりにしました。集団が暴徒となる様はそれだけで衝撃的でした。オランダのニュースにもなったこの事件は、後日、2人が捕まり今後の試合は観戦禁止になりました。

しかし、これはあくまでも氷山の一角です。各国リーグ、あるいは各試合で少なからず起こっています。そしてこれはプロの試合だけではなく、アマチュア、あるいは子ども同士の試合でも起こっています。

先日、筆者の長男のサッカーの試合でのこと。優勝がかかった大事な試合で、少し田舎にあるチームのホームグラウンドに応援に行きました。つまりアウェイだったわけですが、そこに大挙していた地元チームの応援団に、試合前から中国語の真似など、明らかにアジア人を馬鹿にしたような応援チャントをされました。これらをするのが中学生なのですが、彼らは全く悪気なくやるのです(このときはさすがに相手チームの監督が注意をして止まりましたが)。こうしたことは、オンラインでも行われていることが普通で、筆者が管理しているチームのインスタアカウントにも、わざわざ馬鹿にするようなメッセージが送られてきました。

サッカーは他のスポーツより比較的お金がかからないスポーツです。ボールが一つあればみんなでできます。オランダではサッカーとグランドホッケーが盛んなスポーツですが、サッカーは低所得者が好むスポーツとされています(一方でグランドホッケーは高所得者のスポーツ的な認識)。とはいえ世界のスポーツ界の長者番付トップは、みなさんご存知のポルトガルのサッカー選手だったりします。なので、見方を変えればサッカー界にはお金のない家庭で育った子どもたちでも、どの人種でも、実力があれば活躍できる世界でもあるとも言えます。つまりこうした問題はもともとサッカー界に内包されていると言っても良いのかもしれません。

FIFAはこうした問題を解決していくべき存在ですが、今回はカタールでの開催決定に至るまでも、さまざまなことがあったのは世界中の誰もが想像できることでしょう。皮肉にも、今回のカタールワールドカップのテーマは「Unite」。だからこそ、批判の対象にもなるのです。

商売人国家・オランダではどうか

サッカークラブでの観戦の様子

さて、ワールドカップ開催の少し前に癌を患っていることを告白した、オランダ代表監督ルイス・ファン・ハールですが、前述の通り今回のワールドカップ、そしてFIFAには断固反対しています。一方で「優勝を目指す!」とも明確に宣言しています。この辺は、根っからの商売人国家、合理的なオランダ人らしい割り切り方だと思います。盛り下がりが囁かれる隣国とはちょっと違うようです。

オランダ代表を率いるルイス監督は、なんと代表監督は通算3回目。かつては頑固者、変わり者のイメージがありましたが、引退から劇的カムバックした今では、すっかりみんなから愛されるおじいちゃん。実は昨年の就任以来一度も負けてません!

オランダ代表は、このおじいちゃんのためにも優勝して、最後の花道を飾りたい思いで一丸です。はい。つまり盛り上がっています。すでに難なくベスト8入りしたわけですが、勝ち進むとひょっとして日本と当たる可能性が…。これだけは避けたいですのですが。


過去の連載はこちら