写真中央の男性が今回取材したジョーさん
大麻博物館
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日本人の衣食住を支えてきた「農作物としての大麻」に関する私設の小さな博物館。2001年栃木県那須に開館し、2020年一般社団法人化。資料や遺物の収集、様々な形での情報発信を行うほか、各地で講演、麻糸産み後継者養成講座などのワークショップを開催している。著作に「日本人のための大麻の教科書」(イーストプレス)「大麻という農作物 日本人の営みを支えてきた植物とその危機」「麻の葉模様 なぜ、このデザインは、八〇〇年もの間、日本人の感性に訴え続けているのか?」。日本民俗学会員。
https://twitter.com/taimahak
https://www.facebook.com/taimamuseum/
https://www.instagram.com/taima_cannabis_museum
連載5回目は、日本国内でも数多く報道されている「タイの大麻産業」についてです。タイは2019年、医療・研究目的の大麻利用・栽培を合法化し、2020年には向精神作用のある成分「THC」の濃度が低い大麻を規制薬物リストから削除。さらに今年の6月には大麻の一般家庭での栽培を解禁し、20歳以上でスマホアプリを通じて届け出をすれば、誰でも大麻を合法的に栽培できるようになりました。
また、このタイミングで大麻100万株を国民に無料配布するという大胆な政策を実施し、世界中で話題に。タイ政府は「嗜好用大麻を解禁したのではなく、あくまでも産業、医療、ヘルスケア分野の規制緩和に過ぎない」と繰り返していますが、実質的には嗜好用大麻を合法化したことと同じ状況となっています。
この大きな変革を受け、タイでは多くの人がこの新しい産業に参入し、さまざまなビジネスが立ち上がるなど、活況を呈しています。そこで今回は、タイの最南端ナラティバットで大麻関連会社を経営し、栽培から加工、販売、クリニック運営、輸出なども行っている大麻農家のジョーさんに、現地の話を聞きました。
なぜ日本を出てタイでビジネスを?
大麻博物館:どういった経緯で、タイで大麻のビジネスを始めたのでしょうか?
ジョー:日本にいた頃はホテル経営やメガソーラープラント設立などの仕事をしていました。タイに渡ったのは7年前のことです。そこで気づいたのは「日本と比べ、とにかく野菜がまずい」ということでした。気になって色々調べると、タイは土の状態が良くないと。そこにビジネスチャンスがあるはずだと思って土の勉強を始め、有機土や有機肥料の生産を行う会社を設立しました。
しかし、当時東南アジアでは有機栽培といったような発想が乏しく、土にこだわる農家が多くないということで、厳しい販売状況が続いていたところ、一番高い土を大量に購入してくれる顧客が現れました。「何をつくっているんですか?メロン?いちご?」と聞いてみると、大麻だと。まだタイでも大麻が違法だった時期の話ですが、驚きました。
当時、私は土を売るだけでなく、160種類の野菜やフルーツを栽培しており、ミシュラン獲得店など高級店向けに多く販売していました。そのうちに大麻に関する規制緩和が決まり、やってみようと。会社としてライセンスを取得し、大麻の栽培やビジネスを始めたのが4年ほど前です。「なぜ大麻栽培を始めたのですか?」という質問をよくされますが、土の環境により変化する大麻に魅力を感じたのと、私だったら有機で最高の大麻が作れるかもしれないと思ったからです。
現在は、タイ最南端で大麻栽培を手掛けるSmart Medical Development社、製薬会社のDOD BIOTECH社、抽出会社のSIAM HERBALTECH社、大麻を用いたウェルネスプログラムを提供し、宿泊も可能な施設のCannaLife(サムイ島、プーケット島、バンコク、チェンマイなど)、有機土や肥料などを扱うPaccan Agro社、大麻栽培支援をするPaccan Grow社、グリーンハウスや種子などを扱うPaccan Sourcing社などがあり、それらの企業を束ねたPacific Cannovation Groupとして大麻事業を行っています。
タイ国内に最大の栽培ネットワークを構成中ですが、特に規制対象であるTHCの抽出免許や国外へ輸出するために必要な免許を取得したのは民間初であり、また現在は弊社グループのみが許可されています。タイのFDA(食品医薬品局)によるカナビノイドを使った医薬品も最近認可を受けました。これにより弊社グループの大麻医薬品が全国の病院、クリニックに随時供給されていく予定です。
規制緩和のトリガーはタイに根付いていた「伝統医療・民間医療」だった
ジョーさんの会社で栽培している大麻
大麻博物館:日本から見ると、タイはここ数年で急激な変化を見せたようにも思えます。どういう印象をお持ちですか?
ジョー:そもそもタイでは、大麻を伝統医療・民間医療(※)として用いることが社会的に認められている部分がありました。現地の方が言うには400年前くらいから、そういった治療を行っていたという歴史があります。例えば、田舎に行くと病院がないため漢方や民間医療に頼っている年配の方も多く、そこで大麻から抽出したオイルなどを出したりもしていたのです。
※タイの伝統医療・民間医療はインドのアーユルヴェーダと中国の中薬学、西洋医学を融合させたようなものと考えられている
ただし、タイにも日本の大麻取締法のような法律はあったため、医療行為を行う団体と行政の間で意見の衝突があったり、見せしめとして逮捕するようなことは起こっていました。それでもオルタナティブな医療は必要だと考えている人は多く、政府が締め付けを強めると反対の声も大きくなり、投票行動に影響するというような経緯があったのです。また、2022年の規制緩和はコロナ禍で疲弊した経済の立て直しという側面も大きかったと思います
大麻博物館:なるほど。大麻の規制緩和は「伝統医療・民間医療」がトリガーとなっているのは、日本ではきちんと伝わっていないと感じます。タイは王国なので、トップダウンで起こした変革という側面も強いと思っていたのですが、どうでしょう?
ジョー:前提として、タイの現在の政治体制は軍事政権なのですが、その中でもある程度自由な政治活動ができ、民主政権と変わらない状況です。また、タイの王室は強いと思われていますが、あくまでもシンボルです。確かに各種任命権や決定権は持っていますが、行使されることは非常に稀です。
そんなタイにおいて、大麻は非常に「政治的なテーマ」だと言えると思います。最近であれば、とある政治団体が合法的に営業しているディスペンサリーに対して、「きちんとクリニック機能をつけろ」というような要求や「ライセンスを持った企業の大麻を一度政府が買い上げてから卸す仕組みにしろ」というような要求、要するに新たな規制をかけようとしました。この規制が実行されると、ほとんどの既存ディスペンサリーは合法的な営業を続けられなくなりますが、今回は閣議を通りませんでした。しかし、このやり取りにおける賛成・反対というのは、「どう動けば今後の選挙で票が取れるか」というのが最優先で、議論の内容自体はあまり関係ないという印象があります。 そういった意味で、非常に政治的なテーマと言えると思います。
現在も大麻に関する規制・管理方法をどうするかについては議論が続いており、状況は流動的です。現場でも混乱することは多々あります。
大麻博物館:その辺りの状況や皮膚感覚はやはり現場にいないと、なかなか分かりづらいですね。
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