EVENT | 2022/10/05

落合陽一氏の「xDiversity」から考える、誰もがコンピュータに触れて安価に「自分の未来」を作る可能性

xDiversityの本多達也、落合陽一、スイッチサイエンスからオンライン登壇の筆者と小室真希
【連載】高須正和の「テ...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

xDiversityの本多達也、落合陽一、スイッチサイエンスからオンライン登壇の筆者と小室真希

【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(27)

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

社会のあらゆるシステムがコンピュータによって駆動される今、世界のあらゆる国がコンピュータを使う開発者を育成しようとしている。日本も例外ではないが、急速な少子高齢化で人口そのものが減少していく日本では、「これまでコンピュータに触れたことのない人、触れられない人にも開放する」という方向性も必要だ。

落合陽一氏が主導するxDiversity(クロスダイバーシティ)は科学技術振興機構(JST)のプロジェクト(CREST)の一つで、テクノロジーを使って包摂性を促進しようとしている。プロジェクトが目指すものはこのインタビューで本人が語っているが、ざっくり要約すれば「営利企業としての大々的な成長が見込みにくい、身体障碍者の生活をより便利にする機器やソフトのイノベーションを促進し、相互理解を推進するために、公的機関のバックアップのもと各種データや研究結果などを共有しあうコミュニティを作る」ためのものだ。

日本社会とダイバーシティの必要性

xDiversityプロジェクトの中で、「これまでコンピュータで創作をしたことがない人に、創作を可能にするものが作れないか」という方向性が出てきて、深圳企業との連携もありそうだということで、先日筆者が勤務するスイッチサイエンスの執行役員の小室真希と一緒に、「xTalk(クロストーク)」というトークイベントに参加してきた。アーカイブはYouTubeで公開されている。

「テクノロジーの使い手を増やす」なかでは、他の人と同じことができるエンジニアだけでなく、新しい手法を試みるエンジニアも必要だ。世界トップを更に押し上げるのは限られたごく一部の仕事だが、新しい使い方を見つけるのは世界のどこからでも、専門家でなくとも可能性がある。深圳から出てくるプロダクトの多くは、高額だった技術やガジェットを解析、使われているパーツやチップなどを特定し安くコモディティ化したことで別の使い方として生まれたものだ。そして安価になったことで関連部品も大量生産され、さらに別の用途で使われるようになる。

たとえばタブレット端末が安価になったことで、飲食店や小売店などで注文端末として使われるようになった。コネクテッドカー、インテリジェントカーと呼ばれるものは、車とタブレットをつなげることで実現されている。スマホやタブレットの縦横を切り替えるジャイロセンサは、エアバッグの衝突検知などで利用され大量生産されるにつれて価格が下がり、スマホに搭載されたことで更に低価格化し、カメラに逆搭載されるまでに至った。こうした取り組みは企業や研究機関だけが行っているのではなく、世界中のものづくり愛好家(メイカー)たちが「面白そうだから作ってみた」とSNSやYouTubeなどに投稿し、それが話題になって商業展開されるケースも無数にある。

これまでの社会になかったサービスや製品を生み出すために、作り手が少なかった階層・クラスタに人材を求めるのは合理性がある。女性向けのサービスは女性が、高齢者が使うソフトウェアは高齢者が作った方が当事者として欲しい機能に気づきやすいし、モチベーションも高まる。コンピュータが進化して一番伸びた分野は「コンピュータをどう使いこなすか」だ。

今の日本社会でエスタブリッシュメントを集めると、どうしてもエンジニアの数はごく一部になってしまう。中国はテクノロジーが近年の発展を後押ししたことが政府によるサポートを加速し、仕組み的にエンジニアを意思決定プロセスに巻き込み、政策立案についてもプロトタイピングを行うことができているが、日本はなかなかそうならない。

とはいえ、分身ロボット「OriHime」を開発するオリィ研究所や不整地向けの車両やロボットを開発するCuborex社、メタバースプラットフォーム開発を手掛けるCluster社、いちごの完全自動栽培を目指すHarvestX社、落合氏のピクシーダストテクノロジーズなど、アーリーステージのスタートアップでは、日本からも面白い会社がたくさん出てきている。

スタートアップの良さの一つは、それまでの社会構造の外側にある、エスタブリッシュメントには認められなかったような事業がスタートすることだ。そういう面白いスタートアップのいくつかは、これまでの大企業ではうまく働けなかったようなパーソナリティから出てきている。その構造は外国人や国内移民が起業する街であるシリコンバレーや深センとよく似ている。

テクノロジーの力でマイノリティをエンハンスし、これまでテクノロジー活用が難しかった人たちにも開放して、チャレンジの機会を作ることは意味がある。

長期に渡って成長が停滞している日本が、いきなり活力を生み出す魔法の一手はない。アメリカや中国では膨れ上がった投資マネーがヘンな事業にもまわる。だからイーロン・マスクみたいにしょっちゅう奇想天外な事業にチャレンジする人が生まれてくるのだが、日本で生まれるスタートアップも大企業になった頃には、楽天にせよメルカリにせよ、事業としてだいぶわかりやすいものが残る。孫正義が「タイムマシン経営」と言い出したのはとても日本の事情に合っていたと思う。

投資マネーが善経済にも回る中国

中国もつい最近までは「タイムマシン経営」で国力を伸ばしていたが、もうアリババやDJIに先行する存在はいない。ファーウェイやシャオミは、Appleのあと追いでなくてライバルだ。一方でまだ一人あたりのGDPは日本の半分以下で、成長余力は残っている。これまでと違う分野で成長を目指すため、xDiversityと共通する方向性の投資を行うファンドも現れてきている。僕もそうしたファンドの一つ、Herord Fundという深センのVCの顧問を引き受けている。

深圳のHeroad Fundの投資コンセプト「Long China 2.0」

Heroadが目指すのは「善経済・善投資」だ。Heroadでは出資時に、その会社の将来的な儲けの見込みに加えて、社会価値も見込む。その社会価値には従業員を酷使していないか、会社内の意思決定が働いてる人にとっても株主にも納得感あるか、みたいな項目も含まれている。

そして、投資委員会に加えて社会価値委員会を設けて、定期的にチェックする。

短期的な成長に追われて安易なリストラをする、従業員の意に沿わない過酷な労働を強いる、プレスリリース倒れで中身のない製品を出す、ましてやエセ科学にとらわれるみたいな可能性を、株主としてブロックするわけだ。

投資しながら社会価値を重視するゴールも、経済活動に紐付いている。そういうところをきちんとやる企業のほうが長期的には経済的に成功するし、やらないとむしろ投資リスクになるという判断だ。

あくまで投資判断として社内ガバナンスなどを見ている視点が、非営利団体とは違う

善経済はSGDsやESGと呼ばれているものと重なる部分は多いし、目指すゴールは変わらないのだろうが、「経済・お金儲けが大前提」というところが大きく違う。Heroad Fundがこれまでに投資した会社はPuduサービスロボット(日本のすかいらーくグループなどで注文された食べ物を運んでいる)や調理ロボットの会社Pudu Robotics 、自閉症の子供達を相手にサービスを展開するJujubeなどで、すべての投資先がマイノリティ相手ではない。Heroad fundはファンドの償還を7年以上とするなど、長期の投資を前提とはしているが、公共投資である国・自治体のプロジェクトとは違い、あくまで営利事業だ。xDiversityとHeroad fundそれぞれの違いや共通点は、社会のステージや要求の違いと言えるだろう。

コンピュータの創造性を、もっと多くの人へ

2010年、前職時代に僕が主催した「チームラボ電子工作まつり」に「でんきがみえる」というプロジェクトを持ってきたのが、当時筑波大4年生の落合陽一氏だった。このプロジェクトは経産省所管の人材発掘育成事業「未踏」に選ばれた一つで、学部4年から大学院修士課程のころの落合氏は出せる展示会や学会全てに作品を出すエネルギッシュな若手研究者だった。電子工作にハマったばかりの僕もあらゆるイベントに顔を出していたので、月に2〜3度は会っていろいろな作品を見ていた気がする。

それから10年以上が経過して、落合氏は様々な仕事を引き受けるようになり、僕は落合氏の「未踏」の同期である小室真希氏が執行役員を務めるスイッチサイエンスの社員として深圳に駐在している。スイッチサイエンスが深圳から日本に輸入しているロボットアームmyCobotや開発キットM5Stackは、日本を含む様々な国の研究者が主要マーケットで、落合研究室にも多く利用してもらっている。この分野の研究に必要な設備や機材は、プロとアマチュアでほとんど差がない時代になっている。しかも、その環境の差はますます縮まっている。ビッグテックも多くのスタートアップも、テクノロジーを民主化するように、多くの人が活用できるように、研究開発を重ねているのだ。

コンピュータが更に進化し、もっと多様な人がテクノロジーによる創造を担えるようになるのは、国境に関係なく、より善い社会を作るための大事な一歩だ。


過去の連載はこちら