CULTURE | 2020/09/25

住宅街の隠れた人気店で絶品チャーハンを堪能!「若奴食堂 中央店(甲府)」【連載】印南敦史の「キになる食堂」(3)


印南敦史
作家、書評家
1962年東京生まれ。 広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、 音楽雑誌の編集長を経て...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

いい意味で“普通”ではない、王道スタイルのチャーハン。アクセントの大きめチャーシューも最高

年季の入った外観は、“いったりきたりBLUES”のMVとまったく変わらない。「やっと来られた」と感慨深くもなったが、考えてみればあれから8年経っているのだ。なのにまったく変わっていないというのは、考えてみればすごい。まるで時間が止まっているみたいだ。

とはいえ、こういう雰囲気は大好きなのである。期待感を胸に抱えたまま、アルミサッシの引き戸を開けた。

店内は意外に広く、中央に4人がけテーブルが4卓ほどつながっている。向き合う形で、かなりの人数がそこに座れるわけだ。加えて左側にもテーブル席が3つあり、右側は座敷席。厨房は、正面奥にあるようだ。

駐車場の状況から推測できたとおり、ほとんどの席は埋まっていた。場所的にも時間的にも予想外だったが、それだけ地域に根付いた店なのだろう。

中央の4人がけテーブルの列の手前部分が空いていたので、MVでBig Benが座っていた席の正面に座る。カメラが座っていた位置だ。なるほど、ここでチャーハンを食べていたんだな、となんだかうれしくなってくる。

テーブルはきれいに片づけられていて、お冷やを入れるグラスと冷えたおしぼりが用意されている。おしぼり(凍っていた)で手を拭きながら、お店のきれいなお姉さんに「チャーハンをください」と注文。ついでに、「ずっと来たかったんです」と、東京から来た旨を伝えた。

「なぜここに?」という感じで意外そうではあったが、「そうなんですか、ありがとうございます」と答えてくださった反応はとても自然で、話しかけてみてよかったと感じた。

待っている間、正面の壁いっぱいに貼られた手書きのメニューを眺める。「今日のランチ」は、たれホルモンに春雨サラダか。お、「ママさんの煮物」なんてのもあるぞ。

「本日のサービス」がハムカツというあたりにも惹かれるなぁ。それどころか、目玉焼き、マグロ納豆、ネギ塩豚バラ焼などなど、なんでもござれ。これは、「まぁ飲め」と言われているようなものである。

とはいえ車なので、残念ながらそうもいかない。ビールを飲みながら定食を食べるはす向かいの席のおじさんを横目に見つつ、「いつか、飲むためだけにここに来たいものだ」などと考えていたのだった。

さて、そうこうしているうちにお待ちかねのチャーハンが登場した。皿の端に添えられた福神漬けの、人工着色料っぽい色味がいい感じ。つけ合わせのスープはお椀に入っていたりして、いろいろな意味で昭和感満載だ。

しかも先ほどのお姉さん、「せっかく東京から来てくれたんだから」ともやしのおひたしまでサービスしてくれた。言ってみるものである……じゃなくて、ありがたい話である。

たっぷり盛られたチャーハンは、卵、細かく刻んだ焼豚とナルト、そしてグリンピースというシンプルでベーシックなスタイル。パラパラ系としっとり系の中間あたりで、味は昔ながらの正統派。

だが、ひと口食べるごとに、これはいい意味で“普通”ではないと実感する。奇をてらわず基本に忠実で、押さえるべきところをしっかり押さえていることがわかるのだ。

すべての具材のバランスがよく、それぞれの味が伝わってくる。なかでも特筆すべきは、大きめに刻まれたチャーシューの存在感である。噛めば肉の味わいがはっきりと感じられ、ほどよいアクセントになる。だから、さらに食欲が進むという、理想的なローテーションを生み出すのだ。

引き戸の向こうにはためくのれんを見ながら、「うまいなぁ」と実感する。高級志向の“炒飯”よりも、こういう当たり前すぎる“チャーハン”のほうが好きだ。スープもおひたしも文句なしだったし、訪ねてみて本当によかった。

お昼が近くなって、またお客さんが増えてくる。長居をするのもなんなので、食べ終えたらすぐ失礼することにする。帰りしなに「このお店はいつからあるんですか?」と聞いてみたら、「2020年で創業56年目です」と、先ほどのお姉さん。

なるほど。長きにわたり、地元とともに歩んできたお店なのだな。古いながらも掃除の行き届いた店内、柔らかな接客、そして間違いない味と、すべてにおいて納得のできる話だ。

次ページ:音楽ファンはぜひBig Benが経営するセレクトショップ「太平」にも!