LIFE STYLE | 2020/09/01

「美人すぎる」から選ばれたわけじゃない。副大統領候補に指名されたカマラ・ハリスのカリスマ性【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(18)

ニューハンプシャーでスピーチするカマラ・ハリス(以下、本稿の写真はすべて筆者撮影)
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渡辺由佳...

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ヒラリー・クリントンとも違う「友達になりたい」と思える魅力

私と夫は、政治面に加えてマーケティングとPRの観点から戦略を分析するために、2003年から共和党・民主党問わず大統領選挙の候補者を取材している。今回は2019年3月から数カ月にわたり激戦区のニューハンプシャー州で予備選候補20人を直接取材してきたが、共和党にはこれといった対立候補がいなかったために民主党だけになった。

2019年は、夫と娘が共著したビジネス書『Fanocracy』出版記念の特別企画も加えた。政治集会での質疑応答あるいは対面取材ですべての候補に「家族と仕事以外で、あなたが情熱を抱いていることは何ですか?」という質問をし、その返答から人となりを浮かび上がらせるというものだ。

政治家はよくある質問に答えるのは慣れている。また、予想外の質問をされても、それには答えず、政策や「家族への愛」といった「トーキングポイント(PRに使う得意な話題)」に持っていってしまう。そこで、「家族と仕事以外」という条件でトーキングポイントに逃げるのを最初から止めたわけである。夫が質問係、私が撮影係というチームで、後でそれをまとめてミニ映像シリーズにして、「Fanocracy」のアカウントでYouTubeにアップしている。

私たちがハリスに会ったのは2019年5月の政治集会で、少数限定のものだった。ステージに現れたハリスには堂々たる風格があった。参加者が後で口々に語ったハリスの印象は、「明日から大統領になれる」という存在感だ。ハリスの存在感は乱立した候補の中でもトップクラスだった。ヒラリー・クリントンにもこの風格があったが、ハリスが彼女と異なるのは、「友達になりたい」と思わせる庶民性だった。

多くの候補は夫から質問されると、困ったように考え込んでしまった。「私が情熱を抱いているのは政治と家族なので……」とトーキングポイントに持っていった候補もいる。だが、ハリスは、即座に笑顔で「それは素晴らしい質問ですね」と答え、「家族と政治以外だと……私は料理が好きなんです」と母から料理を習い、日曜に大家族が集まって食事をする「サンデーディナー」を大切にしていることを語った。

音楽が大好きで、ボブ・マーリーが特に好きだという部分ではマーリーファンの支持者から拍手が起こった。講演が終わって、私がハリスの妹のマヤ・ハリスからキャンペーンについて話を聞いているとき、ハリスが私の隣にいる夫のところにやってきて、ステージでの会話の続きを話し始めた。テーマは「ボブ・マーリーの音楽」である。自分が好きなミュージシャンの話を情熱的に語るハリスは、まるで昔からの友人のような感じだった。ステージに現れた時の風格と庶民性の組み合わせは、若い頃のビル・クリントンのカリスマ性に通じるところがあると感じた。

カマラ・ハリスのスピーチに真剣に耳を傾ける有権者たち

選挙は、天災や経済状況など候補自身がコントロールできない要素で大きく変わる。だから誰にも先は見えない。2019年に私たちがジョー・バイデンの集会に参加したとき、意見を聞いたほとんどの人が「バイデンは好きだが、勝ち目はないね」と語った。2019年9月のニューハンプシャーの民主党大会でも同様で、圧倒的に人気があったのはエリザベス・ウォーレンだった。ところが、この後状況が激変し、候補たちは民主党にとって「最悪のシナリオ」を回避するために一丸となった。その結果、まったく可能性がないと思われたバイデンが指名候補になった。

バイデンはこのような状況で予備選に勝ったのであり、2008年のバラク・オバマのように支持者に興奮を与えるような候補ではない。だからこそ、副大統領にはバイデンの欠陥を補う人物が必要だった。

ニューハンプシャーでの取材で多くの子どもたちに会ったが、その中にはハリスに会うために3時間も待ち、講演をおとなしく聞いていた幼い姉弟や、多くの候補に会って質問をする9歳の少女などがいた。銃規制を求めて活動する若い父親と小学生の娘のチームにも会った。彼らの多くが「女性に大統領になってもらいたい」と言い、ハリスに希望を抱いていた。

スピーチが終わると、真っ先に幼い子どもたちのところにかけつけて目線を合わせて話すハリス

子どもには投票権はないが、親の考え方に影響を与える。特に、パンデミック、武装した連邦職員による市民デモの鎮圧、カリフォリニアでの山火事、増加する大型ハリケーンで打撃を受け続けるアメリカで、それに対応する大統領の選択がトランプとバイデンという70代の高齢男性だけだというのは、幼い子を持つ親にとっては不安なものだ。大統領に何かがあったときには、副大統領が即座に引き継ぐことになる。その場合に、トランプの言いなりで影が薄いペンスを選ぶのか、あるいは50代で若く、頭脳明晰で風格もあるハリスを選ぶのか。大統領候補のどちらにも魅力を感じない有権者にとって、副大統領候補の選択には大きな意味がある。

選挙は最後まで何があるかわからないが、バイデンの欠点を補う副大統領候補としてのハリスの存在は多くの民主党員を満足させたのは事実である。


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