「格闘技が好き」という純粋な思い
20代の頃は誰しも、強い欲を持っている。お金が欲しい。名誉が欲しい。僕自身もかつてはそうした欲求を強く持っていたし、何よりも他のメジャー選手らと同等に、発言権が欲しいといつも思っていた。
しかし、金持ちや有名人になりたいという目的だけなら、必ずどこかで限界がやって来るだろう。実際問題として、金や名誉を求めるなら、格闘家ほど不効率な仕事はない。突出した実力があったとしても、いつチャンスが巡ってくるのかわからないし、勝ち続けたからといって望むステータスが得られるとはかぎらない。結論を言ってしまえば、よほど「好き」でなければ毎日の厳しいトレーニングに耐えることは難しい世界なのだ。
当初は人並みにお金を求めていた僕に、少しずつ変化が訪れ始めたのは三十路が目前に迫ってからのことだった。「自分は本当にお金のためにやっているのだろうか」とささやかな疑問が生まれ、やがて日々のトレーニングが楽しくて仕方がない自分に気づく。そして、自分はおそらく、どれだけ経済的に困窮したとしてもトレーニングを続けるのだろうと想像してみると、そこにあるモチベーションの正体は「格闘技が好き」という純粋な思いに他ならなかった。
僕が37歳になった今も、こうして戦い続けているのは、こうして気持ちを整理するタイミングがあったからなのだと思う。
格闘家がそのキャリアを考えるタイミングは、大まかに3つある。1つは20代半ばの時期で、芽が出ず他の職業に鞍替えするなら、第二新卒と呼ばれるうちに舵を切ったほうがいいだろう。ここでその選択を決断できる選手は、賢い人間であると言えるだろう。
2つ目は30歳を迎えたタイミングだ。30歳ともなれば、否が応でも人生の方針を再考することになるはず。しかし、ここまで続けて来られた選手には、相応のモチベーションがある。それが「格闘技が好き」という気持ちであり、これがあるから30歳まで続けてきたものをおいそれと手放すことは難しい。
そして3つ目は35歳頃。僕自身の経験を踏まえていうが、30代後半になってもまだトレーニングを続け、試合に出場するような好き者は、もうこの世界から離れることはそうそうできないだろう。いわば沼にはまり込んだ状態だ。
あるベテラン選手が、「今年の目標は引退すること」と発言したことがあったが、まさに言い得て妙である。辞められなくなっているのが自分だけではないことを、あらためて実感させられるコメントだった。