ITEM | 2021/08/18

「体育が苦手だったコピーライター」が説く「弱さ」を「魅力」に変える発想の転換法【澤田智洋『マイノリティデザイン』】


神保慶政
映画監督
東京出身、福岡在住。二児の父。秘境専門旅行会社に勤めた後、昆虫少年の成長を描いた長編『僕はも...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

長生きするクリエイティブに必須な「新しいリアル」と「うれしさ」

あるビジネス・プロジェクトを進行する際に完全に自由で無制約なことはほぼない。時間や予算など、かならず不自由が伴う。そして、業界の常識や慣習によってその「不自由の形」はある程度固まっている。普通は、「より良い自由」を模索するところだが、著者は「よりよい不自由」を模索した。すると、常識・慣習と思われていたさまざまな制約が、思わぬ形でクリアされることになった。

undefined

undefined

制約はクリエイターの翼ですが、この制約が他社とかぶればかぶるほど、出てくるアイデアが似通ってしまうのは仕方ありません。
だからこそクリエイターは、新しいフィクションではなく、新しいリアルをつくるべきだと思うんです。それは、ARでもVRでもMRでもない。現実世界の中に、新しいリアル「NR(New Reality)」をつくる。そのほうが、表現の幅も広がっていきます。(P206)

「弱さ」への着目からNRが生まれてきた例はごくごく身近にもある。たとえば、ライターは戦争で片腕を失った人でも使えるように発明されたもので、先端が曲がるストローは、寝たきりの人でも飲み物が飲めるように開発されたものだという。

著者はマイノリティデザイン初期段階の2014年において、すでにNRの輪郭をつかんでいた。「見えない。そんだけ。」というコピーが掲げられたブラインドサッカーのブランディングは、目が見えない人のための競技ではなく、目隠しをして積極的に目を使わない競技で、仏教寺院における胎内めぐりのような「修行」の要素がある。何のための修行かというと、睡眠中以外は当たり前のように常時機能している視覚を、映画館で携帯電話の電源を切るように、機会によって半ば強制的にシャットアウトするためだ。視覚をオフにすることで、普段機能していないさまざまな感覚がわきおこり、「見えること」によっていかに自分の感覚が限定されているかが明らかになり、心身が落ち着く。ブラインドサッカーへの関与から著者は、NRを作り出す基盤となる感覚を学び取った。

undefined

undefined

もちろん、楽しいことはいいことだし、そういった要素は多くの人の関心を引くためにも重要です。でも、もっと大切なのは、「うれしい」という感情も生み出すことです。言い換えれば、「嗜好品」としてのアイデアだけでなく、もっと「必需品」としてのアイデアを。
「楽しい」は一瞬だけど、「うれしい」は一生。「うれしい」という、じわじわ広がる感情を大切にすることが、長続きするクリエイティブの秘訣なんです。(P295)

スポーツやイベントと異なる分野では、本書には言及がないものの、昨今のフェムテック(女性が抱える健康問題をテクノロジーで解決するサービスやモノ)の盛り上がりにも、上記と同様のことが言えると思う。生理痛を「個人的なこと」「女性特有のこと」と見なすのではなく「世の中で起きていること」と男女別け隔てなく捉え、「男性が知らないこと」という知的好奇心を前提として、今までなおざりにされてきたことを是正する仕組みをつくる。

「こうした方が、世の中はきっと楽しいしうまくいくのではないか?」というモチベーションのもとオンライン診療や服薬支援をするというフェムテックの理想形は、著者の事業と通底している。従来通りの「やるべきことをやる」という動き方ももちろん仕事において重要だが、このように「やった方がいいので、やる」という力学が、今後の社会形成において重要な推進力になっていくのだろうという展望を、本書で描かれているマイノリティデザインの世界は教えてくれる。


過去のブックレビュー記事はこちら

prev