ITEM | 2021/08/06

電通グループへの高額委託、プロジェクト頓挫と数十億の損失…政府のIT活用「失敗の歴史」を直視する【日経コンピュータ『なぜデジタル政府は失敗し続けるのか』】


本多カツヒロ
ライター
1977年神奈川県生まれ、東京都育ち。都内の私大理工学部を経てニートになる。31歳の時に...

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デジタル庁は20年以上続く「敗戦の歴史」を乗り越えられるか

1990年代後半から始まった政府のIT調達改革。だがプロジェクトが頓挫し数億〜数十億円がムダになった事例は1つや2つではない。ここまで高額かつ失敗続きの原因は「ベンター丸投げで弱体化した政府のIT発注能力にあった」と同書は指摘する。

典型的な失敗例として挙げられているのが特許庁の基幹系システム刷新プロジェクトだ。同プロジェクトは、8年の年月を費やしたにもかかわらず、55億円を無駄にしただけだったというのだ。しかも「業務の無駄を省く業務プロセス改革を前提にするのではなく、現行の業務プロセスをそのまま踏襲する形で新たなシステムを開発しよう」(P69)としていたという。

現在では「ブラック霞が関」と揶揄されるほど、官僚たちは過酷な環境で長時間労働を強いられている。既存の業務内容やプロセスを改善し、少しでも労働時間を削減しようという発想はなかったのだろうか、という疑問が湧く。いまだに続くそうした状況では、優秀な官僚志望者は減る一方だ。

55億円もの予算を無駄にした原因を同書は「IT人材が質と人数の両面で足りないという点と、業務分析から入札準備、プロジェクト管理、稼働に至るまでの調達プロセスが未成熟という点だ」(P74)と喝破する。ただし、2年のローテーションで部署を異動する霞が関では、ITの専門家を育成することは不可能だったとも指摘している。

また、大手ITベンダーによる「ベンダーロックイン」という独占禁止法上の問題も報じられている。これは特定の企業による独自仕様の製品・サービスに依存するシステムを構築した結果、競合他社が保守・改修に参入できなくなり、費用も高額化しがちな状態を指す。

こうした事態のヒントになるのがお隣の国、韓国だ。「韓国政府の発注力を象徴するのが、博士級の人材約500人を擁する半官半民の公的機関、韓国知能社会振興院(NIA)」(P85)が存在する。こうした諸外国のモデルを参考に、政府CIO(最高情報責任者、政府の正式名称では政府情報化統括責任者)にリコージャパン顧問の遠藤紘一氏を据えた。遠藤氏の指揮のもと、各省庁のプロジェクトの立て直しが図られた。

2020年9月に菅政権が誕生すると行政DXを掲げ、今年5月には首相肝いりでデジタル庁の創設を柱とした「デジタル改革関連法」が設立。9月には内閣直属の機関として官庁だけでなく、民間からも非常勤などで採用し500人規模の組織として「デジタル庁」(仮称)が発足する。ただし、現在デジタル改革担当相の平井卓也氏は「NECを干す」「(NECの幹部を)脅しておいて」などと発言した音声テープがメディアに出回り、政務官を含む大臣規範で株取引の自粛を求められているにもかかわらず、政務官時代にIT企業の株を購入していたとも報じられ、おおよそ政治家としての資質が疑われる人物だ。さらに週刊文春によれば、デジタル庁のキーマンと目され、ミスターマイナンバーとも言われる向井治紀内閣官房IT総合戦略室長代理はNTTから3カ月連続で接待を受けていた疑惑が浮上した。

当たり前だが、技術が発達しようがそれを設計し、使いこなすのは人間だ。政府のデジタル調達の20年間の失敗も結局はITに明るい能力のある人を育てられなかったことに起因する。

経済産業省が発表したところによれば、2030年にはIT人材は最大で79万人不足するという。現在もIT人材は不足しているとも指摘されている。

優秀なIT人材に目を向ければ、かなり数は限られるだろう。果たしてデジタル庁に集まってくるのか。行政DXという大金が動く中で、デジタル庁が利権の巣窟となり、失敗の歴史を更新することだけは避けてほしい。


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