CULTURE | 2021/07/15

「仕事を持って離島に行こう!」名前がない宝物にときめき、心を開放してビジネス感性を磨く。デザイナー・ウジトモコが感じた二拠点を楽しむための条件【連載】コロナ禍の移住・脱東京(3)

朝8時、博多港発の高速船・ヴィーナス号に乗って、長崎県の離島・壱岐島を目指した。船はジェットフォイル(フォイルはairf...

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朝8時、博多港発の高速船・ヴィーナス号に乗って、長崎県の離島・壱岐島を目指した。船はジェットフォイル(フォイルはairfoil=翼という意味合いがあるようだ)という名称で、島では「朝ジェット」というらしい。今回訪問したデザイナーのウジトモコさんは、2019年10月に東京から壱岐へ移住(脱・東京)し、壱岐と東京の二拠点で活動している。

前著『簡単だけど、すごく良くなる77のルール デザイン力の基本』(日本実業出版社)の書評記事に対してわざわざお礼の連絡をいただいた。僕も東京から福岡に移住したある種の「移住仲間」でもあったので、ウジさんの話をぜひ聞いてみたいと思っていた。

午前9時10分、「朝ジェット」は島の西部・郷ノ浦港に着いた。前日までの予報では大雨で、「きれいな景色が見れなくてもったいない」と着く前から残念がっていたら、まさかの好天。17時10分の「夕ジェット」までの間、ソーシャルディスタンスを取りつつウジさんにあちこち連れ回してもらったが、途中、観光名所にもなっている「鬼の足跡」で脱・東京と新著『これならわかる! 人を動かすデザイン22の法則』(KADOKAWA)についてお話を聞いた。

聞き手:神保慶政 構成:神保慶政・神保勇揮

ウジ トモコ

戦略デザインコンサルタント/アートディレクター

広告代理店および制作会社にて大手企業のクリエイティブを担当。1994年ウジパブリシティー設立。デザインを経営戦略として捉え、採用、販促、ブランディング等で飛躍的な効果を上げる「視覚マーケティング®」の提唱者。
ノンデザイナー向けデザインセミナーも多数開催。「かごしまデザインアワード」審査員。「やまぐちハイスクールブランド事業」チーフディレクター。スタートアップ企業のCDOなど兼任。老舗や日本の良いものを世界に打ち出すブランディング案件にも積極的に取り組んでいる。
25周年を迎えたインテリア雑貨大手ブランド Francfrancのデザインガイドライン策定に携わり、Scalable Identity System® を導入。2017年9月より、オンライン上 francfranc.io に一般公開されている。 一般社団法人 社会技術情報デザイン研究所(JUSTIDA)の立ち上げに理事として参画。
著書に『デザイン力の基本』『売れるデザインのしくみ』など多数。
https://ujitomodesignfolio.com/profile

神保慶政

映画監督

東京出身、福岡在住。二児の父。秘境専門旅行会社に勤めた後、昆虫少年の成長を描いた長編『僕はもうすぐ十一歳になる。』を監督。国内外で好評を博し、日本映画監督協会新人賞にノミネート。第一子の誕生を機に、福岡に拠点を移してアジア各国へネットワークを広げる。2021年にはベルリン国際映画祭主催の人材育成事業ベルリナーレ・タレンツに参加。企業と連携して子ども映画ワークショップを開催するなど、分野を横断して活動中。最新作はイラン・シンガポールとの合作、5カ国ロケの長編『On the Zero Line』(公開準備中)。
https://y-jimbo.com/

「目黒区から出たことがないデザイナー」だからこそ」の視点

―― 自然の中で、デザインという自然とは正反対のものについて話すっていうのもなかなか面白いですね。

ウジ:えーっ!!自然こそデザインパターンの宝庫じゃないですか(笑)!!先日出版した『これならわかる! 人を動かすデザイン22の法則』の中の「模倣の法則」の章に書いたんですが、自然の形の中にマーケティングやマネジメントのヒントがたくさん隠れているんですよ。

―― すみません、読み込みが足りていませんでした(笑)。

ウジ:いえいえ。筆力が足りていませんでした(笑)。

実は、世界中でベストセラーになった『流れとかたち: 万物のデザインを決める新たな物理法則』(紀伊國屋書店)っていう本があるんですけど、その中に「すべてはよりよく流れる形に進化する」というコンストラクタル法則というものがあります。

自然に抗わず、流れに乗っていく感性は大事にしたいですね。移住もその一つだったと思っていますが。

島おこしのプロジェクトでは、壱岐の事業者さんのお手伝いを幾つかさせていただいたのですが、いくつかのブランド立ち上げにも携わらせていただきました。

前職でブランド立ち上げに関わってからちょうど1年ぐらい経つのですが、今、ちょうど、新商品もどんどん増えて販路が広がったり、いろんな動きが出始めていて、新聞に掲載されて商品が売り切れることもありました。もちろん事業者さんの試行錯誤と努力の結果なのですが、私もとても嬉しいです。

島おこしプロジェクトに限らず、基本的に「すごくがんばったけど、利益が出なかったので全部あきらめます」みたいな残念なことにだけは決してならないように、そこはかなり気をつけています。筋の良さそうなものはスピーディにどんどん出して、ダメなものはさっさと諦める。結局、どれかが生き残れば良いんです。いわゆるプロトタイピング思考、デザイン思考の方法論ですが。

例えばですが、万が一、壱岐の事業者さんが成功して、長崎の他の離島にもさらに事業展開したくなったとして、「対馬の海ごはん」も「五島の海ごはん」だって、秒で展開できちゃうじゃないですか(笑)。デザインしろ、事業にしろ、勢いがあるところに自然に伸びていけるのが、一番効率も良く、理にかなっていていいのかなと思います。

―― なるほど。人間よりはるかに長大なサイクルやスパンを持った自然を日々ジーッとみる機会が多くあることで、そうした「進化のリズム」に乗りやすい戦略も自然と打ち出せるようになるかもしれないですね。次はウジさんご自身のことに話題を移したいと思いますが、移住は2019年10月という、新型コロナを事前察知されたかのようなタイミングでしたね。

ウジ:はい。コロナがきっかけで移住したわけではないですけど、結果としてはコロナ移住と同じ形になりました。

―― なぜ脱・東京したいと思われたのでしょうか?

ウジ:私は生まれも育ちも目黒区で、お恥ずかしいことに籍は今まで目黒区から一歩も出てなくて。世間知らずだなと。で、思い立って、いっそのこと離島に、結果として壱岐に移住という感じになりました。

実は、これまでも地方の仕事は色々してきていまして。特に思い出深いのは福島の仕事です。

食品の復興支援で、食品の風評被害を受けている町の側に入って応援をするというお仕事をさせていただいた時、自分の価値観、つまり「自分自身がまったく地方のことをわかってない」ということが武器になり、ビジネスになるって実感したんです。今でもそれは思ってます。たとえば、春の時期なんかは、畑や田んぼの跡地だったり、そこらへんの道端にも沢山お花が咲いてるんですけど、いわゆる都会の花壇とは違って野性的で、その花畑のバックに青い海と漁船が見えて。全く観光地ではない場所に「映え」ポイントが多数あります。

多分、島の人にとってはそれはただの「雑草」の生えた見慣れた景色だと思いますが、そこが素敵なんです(笑)。でも、観光拠点としてテコ入れして売り出し中なのは、いわゆる「観光施設」だったり。

だからこそ、いま目の前にある「島の人にとっては普通なんだけど、都心の人がめちゃくちゃ感動してくれそう、良い値段がつきそう」なものをもっと伝えていきたいです。

―― 移住のきっかけは、いろんな段階があったと思いますが、一番の決め手はどのあたりだったんでしょうか。

ウジ:ちょうど、2019年は、なんかバタバタしてて、夏休みを取り損ねちゃったんですよ。お子さんがいらっしゃる家庭では、多分、そんなこと考えられないと思いますけど(笑)。

―― そうですね。うちも娘が幼稚園に通いだす前は平日でも出かけられましたけど、幼稚園生になってから、土日の休みや長期休暇が家庭内のリズムに入ってきました。

ウジ:何かと慌ただしくて、気がついたらもう8月で。9月に入って「そろそろ、夏休み欲しい(笑)」て思ってた時でした。その時に「遊びながら、働けますよ」みたいな、島おこしコンサルタントの募集が目に入ったんです。

―― で、その後、移住してみようかと思い始めて、そのまま年内に移住されたということですか?

ウジ:はい。私自身は今でも東京が嫌いではないですし、都心では自分がどうやったら快適に過ごせるかも知り尽くしてるつもりです。でも、いよいよオリンピックが近づいてきたというタイミングで、なぜかあまりワクワクしなくなっちゃった。それに加えてマーケティングにしろコンサルティングにしろ、もはや外部の立場から関わるんじゃなくて中からガッツリ関わる時代だよねと言われるようになってきてて。

じゃあ自分が行くならどこだろう、せっかくだったらごはんもおいしいし、博多とか九州とか?とあれこれ考えていたところでした。「あ、壱岐が私を呼んでる!」「私はデザインコンサルタントなので、あなたの島にぴったりですね!」って応募したんです(笑)。

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