ITEM | 2019/10/21

経験もないのに上司から「ちょっとこれデザインしておいて」と無茶振りされた人が真っ先に読むべき本【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

デザインに大事なのは「感性」よりも、「完成」を思い描ける設計力

デザインという言葉を聞いたとき、限られた人だけに与えられた特殊技能と思う方も多いだろう。ウジトモコ『簡単だけど、すごく良くなる77のルール デザイン力の基本』(日本実業出版)は、いわゆるデザイナーでなくても、日常生活の様々な場面で人々はデザインに触れる機会があること、そしてデザイナーでなくてもデザイン力が役に立つことがあると教えてくれる。

本書によると、「デザイン」という言葉の原義はラテン語で「ある方向性を持って計画を進める」という意味で、日本語の適訳は「設計」だという。キャリアデザイン学、ライフデザイン学という学問があることが示す通り、単に絵やグラフィックを描くだけがデザインではない。

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今まで単純に「こうだ」と思い込んでいたような物事が、再度整理され、新しいもの(や形)に「デザイン」されていくことで、価値が最大化されることがあります。今すでにある形に新たな価値を見出すことがきっかけで、問題の本質をとらえ直すことにもつながります。(P27)

本書には自信を持ってデザインの選択を行うためのマインドセットが、プロのデザイナーである著者によって整理されている。その基盤となる「AISUS(アイサス)」というマーケティング用語は、キーとなる5つのポイントの頭文字をつなげたものだ。

A:Accessibility (見えやすさ、よみやすさ)
I:Impression (印象・映え)
S:Sincerity (誠実さ)
U:Uniqueness (ユニークである、独自性)
S:Share (共感・共生・共創力) 

これらは一見当たり前、ありきたりのことのようにも思える。しかし、当たり前のことを適切なタイミングでバランス良く保ちつつ当たり前に続けていくことは、どんな分野でも非常に難しい。デザインは「感覚が全て」なのではなく、こうした重要事項を念頭において統制・制御をしながら完成に向かうことが大切なのだと本書を通して学ぶことができる。

「なんとなく」という曖昧さを明確にすると、引き出しが増える

日本人の多くは小学校から高校にかけて「マルかバツか」の教育を受けてきた。デザインに関しても同様に考えてしまいがちだ。正解探しのデザインは面白くないし、モチベーションもあがらない。

著者は77のルールを挙げながら様々なアプローチを紹介していく。たとえば、明らかに違うことを切り捨てるという方法。違いすぎてくだらないと思うことでも、ひとまず声に出してそれを言って、確信を持って捨ててみる。その過程を繰り返すうちに、「それっぽいイメージ」が研ぎ澄まされていく。

逆に、理想をひたすら挙げるという手法もある。高望みし過ぎだとわかっていても、とりあえず思い描ける限りで最上のイメージを口に出してみる。すると、しだいに理想が削ぎ落とされて現実的な形で着地できるというプロセスだ。

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ターゲットをつかんでいこうとするような勢いをデザインに盛り込む場合(プッシュ型)と、控えめな表現がかえって心を揺さぶり、自分から近づいていきたくなるような惹きつけるデザイン(プル型)が効果的な場合があります。そのどちらが正しいということではなく、ケースごとにどちらがいいかを戦略的に意識して使用することが大切です。 (P63)

適宜どういうアプローチをとればいいのか、どう取捨選択をすればいいのか、直感をどう身につければいいのか。こうしたことが、デザインを学ぶ人、あるいは学ぼうとしている人にとって最大の疑問だろう。そうした課題を解決する上で、「正しさ」の幻想を消し去ることは重要だ。直接強くは書かれていないものの、著者は77のアドバイスの隙間でそのように訴えかけている。状況に応じで「こうした方がいい」「この場合これは止めておいた方がいい」というわかりやすい事例を教えてくれる一方、どのケースでも正しいということはなくなく、同時にすべてのケースで誤りであることはないと本書を読んで悟ったとき、形のはっきりしない直感が練られはじめ、時間を経て読者の「引き出し」になるはずだ。

・「なんとなく」は意外と大事
・内容だけでなく、見せ方を意識する
・フォントに頼らない
・色見本帳などを使って、抽象的イメージからアイデアを探ってみる
・余白をどう作るかに目を向けてみる

こうした著者のアドバイス例から筆者が思い出したのは、漢字から得るインスピレーションだ。たとえば「憧」という漢字は「りっしんべん(小)」と「童」から成っていて、子どもだったときの心を振り返るイメージのように一見思える。しかし、成り立ちを調べてみると「童」というのは槍のような象形文字に由来していた。心に槍が刺さって抜けないような状態が「憧れ」なのだとイメージできた瞬間に、ある物事が解決した。この気付きの瞬間は、著者のいう「デザイン」にあたるはずだ。

「なぜ」という自問自答 デザインが生み出す人生の推進力

本書にはデザイン内容をブラッシュアップするテクニックが簡潔かつ広範にまとめられているが、最も重要なのは自分のモチベーションやパッションをデザインすることだと著者は説いている。

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読みやすさ、見やすさに原則原理はありますが、最も大切なことは、それらのルールやテクニックを、あながた「何のために使いたいか」「最終的にはどうしたいか」ということに尽きます。(P160)

「伝えたい」と思うと同時に「そんなに多くは伝えられない」というある種の諦観を持つことは応用的なテクニックとして挙げられている。熱量だけでは物事は伝わらない。自分で自分を再構築・アップデートするには、よく状況を見なることが大切だ。ジェンガのブロックを落ち着いて引き抜いても、最上部に乱雑に積んだら崩れ去ってしまう。熱量ももちろん大事だが、自転車にいつの間にか乗れるようになる感じ、あるいは飛行機が助走を経て離陸する感じで、最初は種々様々な確認や意識を繰り返し、それらが当人のリズムになったときにデザインが引き出されるのだろう。

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伝えたいことがあいまいで、情報が散漫になっていると、受け取る側に大きな負担となります。
デザインのアイキャッチ的な役割を兼ねるコピーの要素が2つ以上あったり、スタイルの混在などは「何が言いたいのかわからない」ことにつながります。(P184)

もちろん、時に諦観を乗り越えて熱量を先走らせることも、斬新な表現となり得る。とにかく正解がないのがデザインで、そこが難しさであり、面白さであることが本書の言外に表現されている。

正解がないということを、恐怖に感じる方も少なからずいるだろう。正解がなければ誤りがなくなるのではなく、正解がないために何でも誤りに感じてしまうからだ。そこでもやはり、「なぜ」という理由・動機付けが重要になる。その推進力があれば、風がない洋上でも目的地を目指して動いていける。

冒頭に述べた通り、視覚情報のみならず、目に見えない感覚や人生もデザイン対象になり得る。既にデザイン経験があって基本を振り返りたい方にも、デザイン入門書を読みたかった方にも、日常の中のデザインに気付きたい方にも、マルチに役立つ一冊となっている。