EVENT | 2021/04/20

『サルゲッチュ』『ICO』『SIREN』…SIE JAPANスタジオ再編の衝撃とSIE「グローバル化」の背景とは?【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(5)

「サグゲッチュ」「ICO」公式サイトより

Jini
ゲームジャーナリスト
はてなブログ「ゲーマー日日新聞」やn...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

なぜ解散したか

米・カリフォルニア州サンマテオにあるソニー・インタラクティブエンタテインメントLLC本社

名作を作り出し、ソニーハードの多様性を拡張することに成功したJAPANスタジオ。そんな彼らが今、PS5発売直後という重要なタイミングで再編成という形で吸収されるのは、いったいなぜか。往々にして企業の組織再編は、売上の減少やそれに伴う予算の問題が挙げられるが、JAPANスタジオに関して言えばその線だけとも言い切れない。

むしろここは、JAPANスタジオより、その上部組織である「ソニー」の変化に注目したい。

ソニーグループの中で、元々ビデオゲーム関連の事業を手掛けるのは、ソニー・コンピュータエンタテインメント(通称、SCE)で、こちらもJAPANスタジオと同じ1993年に設立される。その後、「プレイステーション」をはじめとするハードウェア、ソフト開発用のツール、PlayStation StoreやPlayStation Plusなどのプラットフォーム事業を成功させ、波はあれどゲーム業界における巨人としての地位を確立する。

ところが、2016年に大きな変化が訪れる。SCEはソニー・ネットワークエンタテインメントインターナショナルと合わせ、ソニー・インタラクティブエンタテインメントLLC(通称、SIE)として新たに設立される。ただ社名が変わったのみならず、本社をアメリカのカリフォルニア州サンマテオに移し、2019年にはCEOとしてジム・ライアン氏が就任した。実質的に、SIEは「日本の企業」ではなく「グローバル企業」の位置づけに寄った。(既に2011年にアンドリュー・ハウス氏がCEOに就任していたが)。

この背景には、PlayStationの日本国内での売り上げが原因としてあるのではないかと考えられている。2016年PlayStation 4は1億1400万台を売り上げており、この数は同世代のハードの中では大成功の部類に入る(同様に大成功と考えられているNintendo Switchは未だ世界累計で約8000万台の売上)。ただしこれは世界全体の数字であり、日本国内では2020年末時点で後継機のProと合わせても販売台数1000万台にも満たない。日本市場はわずか1割にも満たなかったのである。

「ブルームバーグ」の望月崇記者によれば、PS4の国際的成功に反比例するような日本市場での不振に、サンマテオのアメリカ側役員が不満を持っており、そうした背景が特にPS5以降のマーケティングに影響を与えていると考えられているという。2020年5月12日のPS5の発表会「THE FUTURE OF GAMING SHOW」は海外に合わせて日本時間の午前5時から放送され、コントローラー「DUAL SENSE」の決定キーが○ボタンから×ボタン(国際基準)に変わったのも、こういった背景が起因しているというのだ。

もっとも、ボタンの配置に関しては国際版と国内版を作り分けるディベロッパーの負担を減らすためでもあるし、SIEが日本から国外へ焦点を移していることをジム・ライアンは「不正確」と否定している。

そもそも、SIEの収益構造にも大きな変化があった。これまで、ビデオゲームの利益は単純にハードとソフトが売れた分だけ発生するものと考えられてきたが、第二四半期のSIEにおいて、Playstation Storeでのダウンロード版ゲームやDLC、コスメティックアイテムの販売(これらはAppleと同様にすべて手数料が発生する)、またPlaystation Plusなどネットワーク利用料を含む、デジタルソースの売上が75%を占めている。

この2つの事実から、SIEの戦略は端的に言えば「グローバルなプラットフォームビジネスの構築」にあると考えられる。ここでいうグローバルとは、国籍だけでなく、ゲームと他のエンタメ、ダウンロード販売とパッケージ販売など、あらゆるサービスの多様なあり方という意味だ。2020年7月にはUnreal Engineなどで知られるEpic Gamesへ総額約268億円を出資、さらに今年4月14日にはソニー本体(SIEではない)から追加で約220億円もの出資が行われたこともニュースになったが、このようなゲームビジネスの多角化にSIEは対応を試みている。

そうした組織的な変化の中、JAPANスタジオは縮小を余儀なくされる。2020年9月末には『SIREN』を手掛けた外山圭一郎氏や大倉純也氏、佐藤一信氏が退社し、独立。同年12月には『Bloodborne』や『Demon's Souls』のプロデューサー鳥山晃之氏が、翌21年2月には山際眞晃氏、曽我部亮氏が退社し、他にも主要なクリエイター、プロデューサー、ディレクターの多くが社を去った。SIEは「組織的再編」と話しているが、事実上の解散と見る人もいる。この背景は、外山圭一郎氏がウェブメディア「gameindustry.biz」での連載にて詳細をぼかしながらも語っている。

「さらにSCEから,本社を米国に移したSIEへと変わって以降,組織的に大きな変化が続き,そこに新型コロナの混乱も拍車をかける。目まぐるしく状況が変わっていく中で「自身にも大きな変化が必要」という焦燥感は一層大きくなっていた。」

gameindustry.bizより

ただSIEはエクスクルーシブ(独占)ラインナップは今後も充実させていくようで、2019年のインソムニアック・ゲームズ買収を皮切りにワールドワイド・スタジオをさらに拡張。先述のPS5発表会「THE FUTURE OF GAMING SHOW」では、『ラチェット&クランク』のようなおなじみのタイトルから、フランスのBlueTwelve Studioの猫が主役となる『Stray』、韓国に拠点を持つNeostreamInteractiveによる『Little Devil Inside』など、日米をはじめヨーロッパや東アジアのさまざまな国の、インディまでを含む大小あらゆる規模のスタジオから新作ゲームが寄せられた。もちろん、JAPANスタジオを吸収したTeam ASOBI!は『ASTRO's』シリーズが好評を博し、国際的な賞を受賞するなど評価も高い。

つまり、JAPANスタジオの「ソニーハードの多様性を拡張する」使命は今もワールドワイド・スタジオに残されているといえる。ただし、それは従来のJAPANスタジオのような形とは異なり、SIEというハードおよびプラットフォームを統率する恒星の周囲を数々の惑星が回る、一種の太陽系のようなものだ。SIEは国籍的にグローバル企業なだけでなく、その経営姿勢、組織体制、思想哲学そのものが「グローバル的」に拡張し、あらゆる想定を受け入れられる形に変化している。JAPANスタジオの再編成は、単に偉大なゲーム開発チームが縮小したのみならず、むしろSIEという組織の変化がもたらした結果といえるだろう。

次ページ:ライバルである任天堂、Microsoftの変化