LIFE STYLE | 2021/02/18

コロナ禍でも価格上昇!?アメリカ住宅価格が値上がりを続ける「特殊事情」【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(23)

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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott
エッセイスト...

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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

住宅入札合戦が加熱、別荘の売れ行きも好調

米不動産仲介サイト「Redfin」のマーケットレポートのページより

新型コロナのパンデミックが長引き、帝国データバンクが2020年11月に実施した調査では2020年に景気が「悪化」と答えた日本の企業は過半数の56% だったという。景気の先行きが不安になると、人々は高価なものの購入をやめる。住宅はその代表的なものだ。

新型コロナ禍による不況は日米でよくリーマンショック時の不況と比べられている。日本の平成バブル崩壊とアメリカのリーマンショックの時には不動産の価格が下落したが、不動産情報サイト「ライフルホームズ」の記事「コロナ禍で住宅価格はどう推移する? マンションや一戸建ての価格の決まり方から今後の動きを探る」によると、今のところ日本での新築住宅および中古住宅の価格はそれほど大きく変動していないということだ。

一方、アメリカの場合は「大きく変動していない」どころかリーマンショックの時とはまったく異なる動きをしている。パンデミックのさなかに住宅価格が上昇し続け、中間価格は過去最高を記録した。アメリカで中古住宅の仲介サイトを運営するRedfinが今年2月に発表した住宅市場レポートをいくつか読むと、全米で次のような現象が起こっているようだ。  

①通常の年なら中間価格(最低価格と最高価格のちょうど中間にある物件の価格)は夏がピークでそれから冬にかけて落ちていく。だが、パンデミックが起こった2020年は夏を過ぎても上がり続け、通常ならスローダウンするサンクスギビングやクリスマス時期にも落ち込まず前年比13〜15%上昇だった。

②別荘購入が著しく増えている。

③売り出される住宅の数が少なく供給が十分でないため、購入希望者の間で入札合戦になり、価格が上昇する。

④特に郊外と地方で購入可能な住宅が不足している。

⑤2020年に住宅を購入した者の63%が物件を実際に訪問せずに購入した。

⑥100万ドル(約1億円)以上の高級住宅を検索する者が増えている

住宅が売れている理由のひとつは住宅ローンの金利が低いことだ。別荘を現金で購入する者が例年より少なかったという指摘もレポートにはあった。だが、その他の現象は、新型コロナウイルスの直接の影響が大きい。税制などで新築物件の購入が優遇されがちな日本と、基本的に中古住宅を購入するアメリカとでは市場形成のメカニズムが大きく異なるので、その背景をまず説明しよう。

パンデミックで「ライフスタイル別の住み替えサイクル」が崩れる

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アメリカ人は人生で何度も住居を変える。たいていは大学進学を機に親元を離れ、卒業しても親元には戻らずに独立する。都市部の賃貸住宅は高いので、アパートメント(日本では「マンション」と呼ぶ形態)をルームシェアする若者が多い。少し貯金ができた若者は結婚や同棲を機に「スターター・ホーム」と呼ばれる比較的廉価な小さな家を買う。子どもが生まれ、出世や投資の成功で収入が増えたら、子どもたちに部屋を与えられるように大きな家に住み替える。子どもたちが巣立つと大きな家を売って小さめの家かタウンハウス(隣の住戸と壁がつながっている戸建て風住宅。日本で言うところの長屋)に引っ越す。この時の売却益が老後の生活費になる。そして、高齢で一人暮らしができなくなったら自宅を売って「アシステッドリビング」と呼ばれるケア付き高齢者向け住宅に入所する。このサイクルが住宅の需要と供給に影響を与える。

だが、パンデミックでこのサイクルが崩れたのだ。

ピュー・リサーチ・センターの調べでは、現在18歳から29歳の若者の52%が親元に戻って同居している。これは、1929年の大恐慌以来初めての現象らしい。

ただ、私はこの調査結果にはまったく驚かなかった。というのは、私の周囲でその現象が起こっているのを見てきたからだ。大学の授業の多くがオンラインになっているが、何百万円もする学費や寮の費用をディスカウントしてもらえるわけではない。そのために親子で話し合って休学を決意した知り合いが何人もいる。その場合に子どもが親元に戻るのは合理的だ。また、いったん独立して都市部に住んでいた若者にとっても、リモートワークになったらルームシェアする狭いアパートに高いお金を払って住み続ける利はない。バーやクラブで友人と遊ぶこともできないのだから郊外の親の家に住む方が心地よいし貯金もできる。

巣立った子どもが舞い戻ることを予想していなかった親は、わが子と自分のワークスペースを確保するために再び大きめの家に引っ越すことを考慮する。私の友人夫婦はどちらもパンデミックでリモートワークになったのだが、そこに大学院生の娘2人と大学生の息子1人が戻ってきたので、全員が自分の部屋でZoomをできるようベッドルームが5つの家に引っ越した。

また、高齢者が家を出ていかないことも供給を少なくしている。高齢者向けのケア施設で新型コロナウイルスの感染が広まり、多くの死者を出したことはよく知られている。この時期にケア施設に入所したいと思う高齢者はいない。私の義母は85歳で独り暮らしをしているが、同年代の彼女の友人の中でパンデミック中に引っ越しをした者は皆無だ。

これらの影響が直撃しているのが「スターター・ホーム」を必要としているミレニアル世代だ。ベビーブーマーの前の世代までは、夫婦の片方がフルタイムで働けば20代で「スターター・ホーム」を購入することができた。だが、住宅価格全体が上昇したうえに供給不足になった現在では、共働き夫婦でも家を購入することが難しくなっている。

例えば28歳の私の娘は救急医だが「レジデント」という研修期間なので給与はそう多くない。メディカルスクールの学費ローンの支払いもある。彼女の夫は進化生物学の博士課程の4年生でティーチングアシスタント(TA)としての給与は受け取っているが、ボストン市内で家賃を払うと何も残らない。現在住んでいるアパートの契約がこの夏に切れるので小さな家かアパートを購入することを考えていたようだが、近郊で現在売り出されている住宅のほとんどは小さくても1億円以上だ。私たち夫婦がこの町に越してきた25年前には3000万円以下だった「要修理」あるいは「teardown(取り壊し検討物件)」レベルの小さな家でさえ約8000万円に値上がりしている。多くのアメリカ人の給与は過去25年でそれほどまでには上昇していないので、若い夫婦に手が届く価格ではない。

娘の場合はボストン市内の病院勤務なので通勤しなければならないが、アメリカでもパンデミックを機に企業のリモートワークが定着しつつある。知人のCEOはオフィスに通勤しやすいようにボストン市の中心街に住んでおり、便利だが落ち着かない場所なので週末はケープコッドの別荘で過ごしていた。それまではこの状態を「仕方がない」と受け入れてきたのだが、パンデミックでリモートワークを導入したところ、社員だけでなく、自分もオフィスに行く必要がそうないことに気づいた。彼は現在、山と森に囲まれたバーモント州の別荘を拠点に仕事をしている。去年11月にそこを訪問してソーシャルディスタンスを取りながら話した時、彼は現在のリモートワークでうまく行っていることを、パンデミックが終わった後にどう活かすべきか真剣に考えていた。

リモートワークが定着した場合には、都市部の企業に勤務していても、そこに住む必要はなくなる。オフィスに行く用事ができたら「出張」すればいいのだ。

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