Photo By Shutterstock
中川淳一郎
ウェブ編集者、PRプランナー
1997年に博報堂に入社し、CC局(コーポレートコミュニケーション局=現PR戦略局)に配属され企業のPR業務を担当。2001年に退社した後、無職、フリーライターや『TV Bros.』のフリー編集者、企業のPR業務下請け業などを経てウェブ編集者に。『NEWSポストセブン』などをはじめ、さまざまなネットニュースサイトの編集に携わる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)など。
コロナ「ヤバ過ぎ派」と「騒ぎ過ぎ派」の争い。同様の対立が2011年にも
この1年ほどのコロナ騒動とメディアの報道について逐一見続けたが、既視感があったのだ。それは「テレビに登場する専門家があてにならない」ということと、「ネット上で恐怖が蔓延する」という2点である。
一体何の件かといえば、2011年の東日本大震災に伴う福島第一原発の事故の際のメディアの報道と人々の反応だ。初期の頃、原発の専門家が登場し、「格納容器は溶けない。メルトスルーはしない」などと言ったが、実際は格納容器は溶けていた。それだけ想定外の大問題が発生したのだろうし、原発の安全神話を信じていた専門家からすれば起こってほしくない事態だったのだと思われる。
そして、当初の楽観論が崩れてくるとテレビは放射能の恐怖を伝えるようになった。まさに手のひら返しである。レポーターがガイガーカウンターを持ち、「東京でも〇〇シーベルトを超えています!」などとやっていた。国会前や公園での原発反対デモを積極的に取り上げ、全国民が原発に恐怖しているかのような演出をした。当初テレビに出演していた専門家は「御用学者」と罵倒されるようになり、とんと出演しなくなった。そして、ネット上では真偽不明の情報が流れるようになっていく。
漫画『美味しんぼ』では主人公の山岡士郎が福島へ取材に行ったところ鼻血が出た、という描写があり、これは福島の人々からすれば明確な風評被害である、と抗議の声が上がった。
現在のコロナにも通じるのだが、ゼロリスクを求める人というのは必ずおり、「鼻血が出る可能性もある。私も出た」と意見したり、「福島の子ども達が甲状腺がんにかかっている」といったデマ情報が幅広く流布された。
その結果発生したのが、関西以西への移住である。関西に行けば放射能を回避できると考えた人々が東京を脱出した。こうした人々に対しては「放射脳」といった揶揄をされたが、本人達は真剣だったろう。そこはあまり批判しないでもいいのでは。
原発を巡っては坂本龍一が原発反対の集会で「たかが電気」と言い、「電気がなくちゃあんたらの音楽できないだろう」といったツッコミがされた。とにかく2011年の春から夏にかけてネット上は放射能と原発をめぐり日々ケンカが発生していた。現在のコロナを巡る「コロナヤバ過ぎ派」と「コロナに騒ぎ過ぎ派」の争いに似ているのである。
次ページ:コロナと原発を巡る差別