ITEM | 2019/09/30

「中高年の性の悩み」はどう解決すればいいのか。なかなか話せない疑問あれこれに専門家が答える【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

セックスが「面倒くさいこと」と捉えられる世代

日本性科学会セクシュアリティ研究会『中高年のための性生活の知識』(アチーブメント出版)は、産婦人科医・臨床心理士・セックスセラピストら計6名の共著で、中高年期の性の悩みが百人百様であることを明らかにしていく。

人生100年時代といわれる中で、働き方や日々の暮らしに関する議論は活発になされているように思える。しかし、その議論が性生活のあり方についてまで及ぶ機会は稀ではないだろうか。性に関することは価値観が個々人や家庭によって大きく異なり、どうしても見過ごされてしまうことが多いという。

中高年の性生活を阻む大きな要因の一つに子どもの存在がある。子どもにバレないように性行為を行わなければいけない。まだ若い夫婦だった頃に過ごしたそんな時間の集積が、セックスに対する禁忌感を醸成し、いつのまにか夫婦間の触れ合いがなくなってしまう。これが典型的なセックスレスのパターンだ。

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日本の恥じらいや奥ゆかしさという特性は、とても美しいものだと思います。しかし、愛情表現を家庭の中で行わないという“常識”については、わたしは健全とは言い難いと感じます。わたしはもっと豊かな愛情表現を子どもの前でも行っていくべきだと思います。(P35)

本書によると、現在夫婦間のセックスレスの原因の上位を占める理由は「面倒くさい」「仕事で疲れている」「出産後なんとなく」といった要因だという。「その気になる」には現代人は忙しすぎ、性行為に時間を割くことが難しい時代になっている。村田沙耶香の小説『消滅世界』(河出書房新社)では、人工授精が当たり前となり、男性が人工子宮によって出産でき、夫婦間のセックスが近親相姦となったフィクションの世界が描かれるが、「そんな世界があっていいかも」と共感する読者が少なからずいるような段階に現代社会は到達している。

性行為は必ずしも交わりだけに非ず。触れ合いのみで得られる快感

「セックスに求めることは男女で異なる」という一般的な知識を、本書はより深く掘り下げている。男性は交わりによる快感や女性を支配している感覚を楽しみ、女性は行為そのものよりもプロセスを楽しむ傾向にある。こうした知識は近年女性誌にもよく見られる「セックス特集」などで、ある程度認知されるようになったという。

本書は、さらに一歩進んで自分なりの性の価値観を持つことを勧めている。たとえば、不妊やED(勃起不全)などとった要因が絡んだ場合に、どのようにして性生活を持続させていくかという点にも言及している。著者たちは様々な視点から「触れ合い」が心身にもたらすメリットを解説している。

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以前、わたしが緊急の帝王切開の際に麻酔を担当していたとき、動揺していた妊婦さんに「大丈夫ですよ、安心してくださいね」とそっと肩に手を当てたことがありました。するとその妊婦さんの表情がスッと変わり、安心した様子になったことは、今でも印象的なシーンとして覚えています。(P98-99)

上記のケースは、性行為ではなく医師と患者の信頼関係における事例だが、優しさをもってたった一瞬だけでも他人の体に手を当てる瞬間は、現代社会では稀有になってきている。そうした「触れ合い」の欠落は、電車の中で間違って体が触れてしまっただけで冤罪にされてしまわれかねない社会と相関関係にあるだろう。

「他人に気安く触れてはいけない」という禁忌感の中で過ごしてきた人が、その感覚を見直す瞬間が本書には紹介されている。ある介護施設で生活を共にする男性から愛を告白された女性は、はじめは戸惑いつつも、その男性の部屋に通うようになったという。

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ケアワーカーさんが男性のベットで女性を見つけるたび二人を引き離すのですが、いつの間にかまた男性の部屋に行き、気付くと腕枕で寝ていたりするといいます。異性の肌の温もりで、女性の不安が癒やされたのだと思われます。 (P255)

性行為というのはどうしても、いわゆるセックスのことだけなのだと思ってしまう。しかし、触れ合うことやただ傍にいることも同等の心身的安息をもたらす。こうした、あたりまえすぎるからこそ見落とされている事実は、今後もっとひろく認知されていく必要があるだろう。

「産みの苦しみ」があれば、「産まない苦しみ」や「産めない苦しみ」もある

セックスレスの主要因のひとつとなっている不妊はとてつもなく複雑な心理状態を夫婦間にもたらす。不妊の原因は女性にあるように思えるが、実は男性が原因の場合も多いという。そして何より「神のみぞ知る」といってもいいほどに、不妊治療を試みたからといって思うように成果が出ない場合も多い。それは治療が不完全だからではなく、人間の心理が関わっているため、100%治療できるという状態には至らないからである。本書には実際あった悩みに対する著者たちの見解を記した章が設けられているが、たとえば40代既婚女性の悩みはこのようなものだ。

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不妊治療がうまくいかず中止しましたが、諦めきれず自然妊娠を望んでいます。夫とのセックスには、コミュニケーションの意味もあると思いますが、40歳を過ぎてからは性欲が衰えたこともあり、「子作りのために必要なもの」と割り切って、少々我慢して行うようになりました。(P291)

出産が絡んでくると、性行為はコミュニケーションという目的だけではなく、子どもを作るという目的が加わってくる。そして後者がうまくいかないときに、前者はネガティブな影響を受けてしまう。こうした状況から生じる不安や葛藤をどう解決すればいいかと言うと、極論「自分(たち)で納得・解決するしかない」となりがちなのが現状だ。

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人間は性行為に対して思いやりや愛情などを意味付けします。そのために、時に不足や不満や悲しみや苦しみといった感情が生まれ、悩みの種からトラブルの芽が出てくるわけです。(P325)

筆者は現在一児の父だが、子どもを持ってからより深く考えるようになったことがある。それは、「子どもを産みたくない人」「子どもが欲しいけれども身体的・経済的理由などで産めない人」の気持ちだ。もちろん、子どもがいるので子育てについて考えることも多い。しかし、子育てについて様々な人と議論していく内に、「子どもがいるほうが精神的に成熟している」とみなされがちな風潮があることに気づいた。

本当にそうだろうか。私は子どもを持つことになったが、そうではない人生を歩む可能性もあった。「そうだった」だけで、「そうではない」人生を歩む人との距離が離れてしまうとしたら、あまりにも悲しい。当たり前の人生なんてものはないし、子どもがいてもいなくても人生は人生で変わらないはずだ。

性に関しても同じことがいえると思う。LGBTという言葉に後からQ(Questioning/Queer)が加わったが、当たり前の性というものは存在しない。自分の性自認がわからない、あるいは決めていないという「Question」で何がいけないのだろうか。むしろ、これからの世の中がよりよい方向に進化していけば、Questionであること、つまり既存の価値観に疑問をもつことに価値が置かれるようになるはずだ。そうした流れの中で、「性生活のあり方がわからない」ということがもっと気軽に話題として共有されるようになれば、本書で問題として扱われていることはいつか問題ではなくなるだろう。中高年世代に該当する読者だけでなく、若い読者にとっても「いつか訪れる局面」として、そして触れ合う機会が希薄な時代に生きる者として多くの気付きを与えてくれる一冊となっている。