過去記事でもインタビューした、新しい働き方を広げる「TOKYO WORK DESIGN WEEK」オーガナイザーとして、日本のみならず、近年はアジア圏でも注目を集める横石崇氏。
そんな横石氏が5月末に上梓した著書『自己紹介2.0』(KADOKAWA)が大きな話題となっている。この本は、自己紹介する時、相手との「未来」をいかに語れるかという重要性を指摘したものだ。
名刺交換の時、社名や部署、職業を相手に伝えながら名乗る儀式は日本ではおなじみの光景だが、横石流の一歩踏み込んだ自己紹介の理想とは? 仕事や人間関係、そして未来が変わる、奥深い自己紹介について話を聞いた。
取材・文・構成:庄司真美
横石崇
&Co.代表取締役、「Tokyo Work Design Week」発起人・オーガナイザー
1978年、大阪市生まれ。多摩美術大学卒業。広告代理店、人材コンサルティング会社を経て、2016年に&Co., Ltd.を設立。ブランド開発や組織開発をはじめ、テレビ局、新聞社、出版社などとメディアサービスを手がけるプロジェクトプロデューサー。また「六本木未来大学」アフタークラス講師を務めるなど、年間100以上の講演やワークショップを行う。毎年11月に開催している、国内最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」では、6年間で、のべ3万人を動員した。鎌倉のコレクティブオフィス「北条SANCI」支配人。著書『これからの僕らの働き方』(早川書房)、『自己紹介2.0』(KADOKAWA)がある。
著書『自己紹介2.0』には、「肩書き」を語るよりも「未来」を語るこれからの時代に必要な自己紹介のメソッドが紹介されている。
これからの時代、会社員でも“経営者目線”が重要
同書は、横石氏が手がける数々の企業向けセミナーのワークショップ・プログラムで用いてきた自己紹介術のメソッドを書籍化したものだ。その背景には、これからの時代を見据えた働き方のシフトがある。横石氏は、終身雇用制度が限界を迎えた今後の企業の新たなかたちを模索する。そのひとつは、映画『オーシャンズ11』のように、プロジェクトごとにそれぞれの専門分野の人が結集して仕事をするような、流動的で非中央集権型の組織づくりだ。
同書には、そんな時代を見据えた時に、社名や肩書きに縛られず、「自分はこんなことをやろうとしていて、今後あなたとこんなコラボワークができます」というような相手との未来を創っていくための方法が書かれている。
―― これからの時代、会社員であっても、1人1人がフリーランサーのような専門性や事業家のような稼働力が必要だと思いますか?
横石:誤解されやすいのですが、誰しもがフリーランサーや起業家であろうという極端な話ではありません。“起業家精神”や“経営者目線”といった言葉にあるように、すべての人に主体性のある働き方が問われる時代になってきます。この本は、僕自身がオーガナイズしている働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」(以下、TWDW)とリンクしながら、若い人たちの働き方に主体性をもたらし、実践に結びつけるための手引書として用いていただけたらと思って書きました。
一般的な自己紹介は「私はA社の山田です」というだけで自己完結しやすいものです。しかし、過去の経歴や実績、役職よりも、相手に対して未来を開いた方が物事は発展しやすいのではないでしょうか。ですので、本書では肩書きや過去にとらわれずに、自分を伝えるにはどうしたらいいかということをまとめています。
信頼が必要とされる時代だからこそ、名刺交換ではなく自己紹介で信頼を得ることが求められます。お互いの未来に触れることで、自己紹介は信頼を創造できるツールにもなるのです。
―― 同書には、相手から期待値を引き出すための『AIMAS』という、「注意喚起(Attention)」、「共感「Interest」、「記憶(Memory)」「行動(Action)」「種まき(Seeding)」のステップが紹介されていますが、横石さん自身もプレゼンの場などで意識的に使っていますか?
横石:そうですね。共感を生み出して行動に結びつけるのがポイントです。たとえば、「TWDW」は東急電鉄が運営する渋谷ヒカリエをメイン会場にしているのですが、約8年前に初めて東急電鉄に提案した際、「働き方のイベントをやらせてください」というような言い方はしませんでした。
「これからの時代、新しい働き方がどんどん生まれてくると信じています。その点、渋谷という街は、“遊ぶ場”としてのブランドイメージが強いけれど、これから“新しい働き方”の街として、一緒にブランディングをしていきませんか」と提案しました。それまで僕自身、街のブランディングをしたこともなければ、イベントをやったことさえありません。たまたま東急側のメンバーも同じことを考えていて、まずはやってみようということで、以来、TWDWは続いています。おかげさまで、のべ3万人が集まる国内最大級の働き方の祭典となりました。
―― 明らかにその提案の方が相手の心を掴みますよね。横石さんがTWDWを周りに紹介する時、“働き方のFUJI ROCK FESTIVAL”と表現されているのも面白いと思いました。
横石:新しいことやいろんなことをやっていると、相手に伝えるのに労しますよね。最初はパワポで作った資料を見せながら、「こんなことやあんなことをやりたいんです」と説明していました。でも、それだと相手の印象に残りません。その反省から、相手の印象に残すために何かに見立てたり、たとえたりする必要性を感じるようになりました。音楽フェスティバルの特徴は、新しい音楽や人との出会いがたくさんあるということ。TWDWでも新しい働き方や人との出会いがある場所を作りたいという想いから、たとえ話として使わせてもらっています。
―― 横石さんは元々アート畑の人なので、ビジネスとは別のジャンルでの引き出しが多いように思いますが、どんなところからアイデアが生まれますか?
横石:学友にはバカにされていましたが、美大時代からアートブック以上にビジネス書が大好きでした。でも、ビジネス書に書かれていることをアート界に持ち込むと珍しがられるんです。たとえば、ゴーギャンを自己紹介術で語ってみたり、経営学者のピーター・ドラッカーが語った「プロフィット(金銭的報酬)からパーパス(存在意義)へ」という話をアート界の人たちに言うと、「お前、わかってるね」なんて言われてプロジェクトに発展することもあります。アートとビジネスという、一見離れた2つの領域を行き来することで、アイデアを発見することは多いです。
―― 巷では同書は「ハウツー本ではない」とも言われていますが、小技も各所に盛り込まれて、いい意味で使える本だと感じました。今すぐマネしたいと思ったのは、名刺に宛名を書いて渡すというアイデアです。しかも、御社名は「&Co.Ltd」で、「Co.(Company)」は「仲間」の意味なので、そこに相手の名前を入れるというひと工夫ある名刺の渡し方のアイデアは何がきっかけでしたか?
横石:以前属していた日本初のクリエイティブエージェンシー「タグボート」の名刺にもっとも影響を受けています。普通名刺は1人ずつあるものですが、タグボートはメンバー4人全員の名前が1枚に書かれてあって、自分の名前をペンでチェックして相手に渡します。ひと手間はかかるのですが、もらった方は嬉しいですよね。また、4人が一心同体であることのメッセージも込められていますし、印刷やデザインコストもかからず、合理的かつクリエイティブなアイデアです。
ですので、僕自身も名刺に想いを乗せたかったんです。そして、「誰かの1人目の仲間でありたい」という想いから創業したこともあったので、名刺に相手の名前をペンで書けるようにしました。
―― 特に横石さんのようにさまざまなプロジェクトに携わっていると、ひとつの肩書きだけでは語れないジレンマがあると思います。一般の会社員でも、たとえば総務と経理を兼務しているような人も、自己紹介ひとつで相手に与える印象が大きく変わりそうですね。
横石:肩書きを持つことによって、人格や性格自体がその枠に縛られてしまう怖さはありますよね。「経理」の肩書きを持てば、経理的な行動をとるようになったり、「社長」という肩書きを持つと社長としての振る舞いをするようになったり。ラベリングはそれくらい影響します。無意識に肩書きに自分を依存しすぎてしまえば、肩書がなくなった途端、自分が何者なのかよくわからなくなることも多いと思うんです。これは「肩書き中毒」という現代病ですよね。
また、自分に「○○な人」とひとつのイメージが付いてしまうと、そのイメージを払拭することも難しいし、一度イメージがこびりつくとそのイメージに合わない仕事やプロジェクトにめぐり会うことも難しくなります。ですので、肩書きではなく、自分自身の得意なことや好きなことをタグ化するようにしています。たとえば僕だったら、「#新しい働き方」や「#自己紹介」という複数のタグがあるので、相手の脳内検索にヒットしやすくなります。
―― 自分の得意分野をわかりやすく明示できれば、引き寄せたい仕事を引き寄せられますよね。横石さん自身、意外にも自己肯定感が低いとおっしゃっていましたが、どんな工夫をしながらそれを乗り越えてきましたか?
横石:3万人が来るようなイベントをやっておいて何なのですが、話をするのが本当に苦手なんですよ。イベントに登壇して人前で話すなんてもう地獄でしかありません。でも、1人前にこうなったらいいのになぁという欲求や想いだけはある。その結果、僕なりに導き出した答えが、「自分で語るのは諦めて、自分以外の人に、自分の想いや悩みを語ってもらえばいいじゃん」ということです。ですので、自分が不得意なことは諦めて、できないことは得意な人にお任せして乗り切っています。
―― 誰と組んで仕事するかということは重要だと本にも書かれていましたが、横石さんはちゃんと必要な人を引き寄せていますよね。
横石:変態を見つけるのが大好きなんです。『FINDERS』のネーミングの由来にも共感する部分ですが、僕は子どもの頃から「発見する」ことが自分の一番の能力だと思っていて、面白い人や新しいことを発見したがり屋なんです。目の前にいる人の狂気をすぐに嗅ぎ分けられる自信はあります。肩書きを「狂気発見屋」としたいくらいです(笑)。そういった意味では編集者も同じですよね?
―― みんなが知らないことを伝えたいという“啓蒙癖”がないと編集者をやっていても何も面白くないと思いますね。横石さんも日々、新しいことを世に送り出す仕事の醍醐味を感じていますか?
横石:新しい問いかけや解決策を世の中に提示するのが仕事です。僕は美大出身ではあるのですが、アートのキュレーターや批評家を育てる学科だったので、目の前にあるアート作品を見て「なぜ今ここにこの作品があるのか?」ということを毎日のように考えさせられました。作品の生まれた背景を時代や社会の動きから読み取っていきます。今でこそビジネス界ではアートやデザイン思考が求められていますが、あのときの訓練が今になって活きてるのかもしれません。
――そういう意味でも、横石さんの事業は追い風ですね。
横石:やっと僕の時代が来ましたか(笑)。正解がコモディティ化してしまった世界では、ビジネスよりも問いを生むアートという手法に期待が集まるんだと思います。『自己紹介2.0』はビジネスコミュニケーション術ではありますが、そもそもひとりの人間として、いかに主体的に社会と関わっていけるかを問うた本だと思っています。そのせいか、Amazon内のカテゴリーでは「倫理学」に分類されています。
―― Amazonのアルゴリズムはよく理解していますね(笑)。自己紹介の前提として、自分を知るために「苦手意識を探る」「唯一無二のテーマをつくる」「自分らしさを見つける」「影響を受けた人は誰か」「回復の物語を知る」「発見されやすいラベルをつける」「自分の仕事を一段高くする」という7つのステップが書かれていて、とても実践的でわかりやすいと思いました。そのステップは、これまでの横石さんの知見や体験をもとに構成したのですか?
横石:講演会のように一方的に話をするよりも、ワークショップのようにお互い話をしながらその場でかたちを生み出していくことが好きなんです。そのようなワークショップを何百も積み重ねてきた中で、自分が何者なのかを知るための7つ道具としてまとめました。このステップは面白がってくれる人が多くて、日本経済新聞の社員さんが社内向けに自己紹介ワークショップをしたり、高校や大学の先生が授業で取り入れてくれたりして、僕が意図せぬかたちで広まっていっています。
―― 本書の一連の流れとして、「ラベリング」、「ブランディング」ときて、「アウトプット」するための7つのステップがあるので、非常に実践的だと感じました。今後も企業からのオファーでこうしたワークショップに注力していく考えですか?
横石:今までは知り合いづてにやっていたのですが、この本をきっかけにたくさんのコーチングやワークショップの依頼をいただいています。とくに自己紹介をはじめとするビジネスマッチングで悩んでいる人は意外と多いこともわかりました。ですので、自己紹介の「紹介」を「商会」と置き換え、自分を売り込む力を身につけることができる「自己商会」というサービスを練っているところです。令和の時代にふさわしい自分へとアップデートするためのパッケージ化ができればと考えています。たとえば、1人の顧客に対して、僕以外にもスタイリストやライターのようなセルフブランディングを得意とする専門職の人がチームとして集まって、一丸となってその人の身も心もアップデートするようなサービスです。
希少性の話と少し離れますが、去年、14歳の子どもたちにこれからの働き方について話す機会をもらったのですが、質問を2つ受けました。ひとつは、「AIやテクノロジーが発展して、今ある仕事の半分がなくなると聞きました。僕らは勉強する意味はあるんですか?」という質問。これには、「仕事がなくなる一方で、新しく生まれてくる仕事も増えていくからそのための準備をしよう」と答えました。でも、もうひとつの質問に僕はうまく答えられませんでした。「社会に出て失敗すると、2度とそのレールに戻れなくなると聞きました。本当ですか?」という質問です。
―― 子どもがそんな質問するなんて驚きますね(笑)。
横石:考えさせられますよね(笑)。確かに、日本の社会では村社会の習慣や空気に支えられ、今でも恥をかかされると切腹を命じられるような雰囲気はありますよね。しかし、こんなことではいけないと、近年は「もっと実験を重ねていこうよ」「失敗の数だけ成功があるはずだ」といった精神を持つデザインシンキングが広まってきているのにも関わらず、子どもは真逆の反応をしていることがショックでした。まだまだ僕にもやることがあると思いましたね。
――さまざまな人と協業する機会が多いと思いますが、どんな人に惹かれ、共感しますか?
横石:「なのに人材」と呼んでいるのですが、「○○なのに○○な人」というように、意外性のある人に惹かれます。たとえば、元WIRED編集長の若林さんの場合だったら、イノベーションマガジンというものを作りながらも、ずっとテクノロジー批判をしているとか(笑)。そういう人を発見できたときは気持ちが上がりますね。
―― そういう好奇心と目の付けどころが人を呼び、仕事に活きていますよね。
横石:編集力が鍛えられます。編集力と言っても僕の場合は、7年前に小さな「勉強会」から始まりました。自分でイベントのタイトルや進行を考えたり、ゲストのキャスティングをしたり、ステージを整えたりしていくと、どんどんメディア化していくんですよ。以来、約400〜500件のイベントをやってきて、かなり鍛えられたかもしれません。雑誌やWEBの編集経験は少ないですが、広い意味では編集者なのかもしれないと思っています。
本書では、参考文献が30冊ほどあります。僕なりに自己紹介にまつわるもの、そうじゃないものも含めて、さまざまな人の言葉や事例を元にキュレーションを意識した作りになっています。単著というよりも編著に近いかもしれません。ありがたいことに、蔦屋書店を中心に3店舗で「自己紹介フェア」を開催いただきました。無名の著者としては破格の待遇です。書店員さんに好かれる通好みの本を取り上げたせいか、関連図書としてセットでコーナーにしやすいみたいです。ある書店では、僕の本よりも、参考文献の石川善樹さんの本が即日完売するという快挙があったようです(笑)。
―― そういう意味でもプランナーやオーガナイザーとしての力が発揮できているわけですね。
横石:自分の本が売れるよりも嬉しいかもしれません。自分はアーティストではなく、DJみたいな立ち位置だという感覚でいるので。そういえば、こないだあるキャリアデザインを専門とされている大学教授から、「横石君のやっていることは言葉にできないし、定義もできない」と言われたことがありました。それは僕にとって最大の誉め言葉です。
これからの時代は、言葉にできないものが大切にされていくと思います。かたちにならないものをどう捉えるか。かたちにならないものをどうやって作っていくのか。そして、そうしたことを子どもたちにどう伝えるかが、僕のこれからのミッションです。