CULTURE | 2019/06/07

映画史からNetflix問題を考える:その3 映画の未来は観客、または視聴者が決める【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(12)

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6月1日、映画館の一般料金が26年ぶりに改定され、一部劇場では料金が“値上げ”となった。これにより、大手シネコンでは1800円だった一般料金が1900円に。この経緯を朝日新聞は、5月31日夕刊の一面で大きく取り上げていた。前回の連載で「劇場公開を意図した作品とインターネットでのストリーミング配信を優先させた作品とでは、そもそも収益構造が異なる」ことを指摘したが、このことは、今回の値上げにも少なからず関係している。値上げ分に関しては「消費税の増税を10月に迎えるにあたっての対策」との考え方もあるが、本当にそれだけなのだろうか?

連載第12回目では、「映画史からNetflix問題を考える」その3と題して、ネット配信を中心とした映画をハリウッドの映画人の多くが、なぜ“映画”とは呼ばないのか?ということを「興行」という視点から解説。映画の未来についても考えてゆく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

映画の一般料金はこれからも値上げされる

「映画料金は高い」という声を筆者もよく耳にする。日本の映画料金が本当に高いのか否かという議論に関しては、また別の機会に解説したいので、ご興味ある方はアップリンク代表の浅井隆さんが、劇場経営側からの視点で考察した「日本の映画チケット代は、世界と比べて本当に高いのか? 消費税増税を控えて考えてみる。」をぜひ参照頂きたい。

意外に思われるかもしれないが、2018年の映画館の平均入場料金は1315円だった。これは、シニア料金が摘要される観客層が興行を支えていること、また、サービスデイやレイトショー、ムビチケなどの前売券による割引を利用している観客が一定数いることを表している。しかし確かなことは、何年か後、あるいは、何十年か後、いずれ映画料金はさらに値上がりするということだ。劇場を経営する側は口を揃えて「設備投資に対する負担の増加」を値上げの理由に挙げているからだ。

2010年代になって、全国の映画館はデジタル化の波にさらされてきた。それまで、上映館それぞれのためにフィルムを1本ずつ作成していた上映システムは、デジタル化された上映素材をプロジェクターで上映するシステムに変化。そのための設備投資は各映画館が負担してきたという経緯がある。さらに近年は、壁一面がスクリーンとなるIMAXやScreenXのような大画面や高音質なサラウンドシステムを導入することで、映画館でしか味わえない臨場感を謳い文句にさらなる集客を狙ってきた。

日本でも156億円の興行収入を稼いだ映画『アバター』(09)の大ヒットは、全国の映画館に3D上映を普及させた功績があるが、3D上映を可能にする上映設備もまた各映画館が負担してきたものだ。つまり、新たな上映方式が生まれる度に設備投資が必要となり、劇場を経営する側にとっては「値上げ」に頼らざるを得ない状況にあるのだ。

かつて、映画館には1000席以上のキャパシティを持つ大劇場が存在した。例えば、2014年に閉館した新宿ミラノ座には1288席、2003年に閉館した渋谷パンテオンには1119席あった。また地方の映画館でも、2006年に閉館した大阪のスバル座(505席)、2015年に閉館した姫路の大劇シネマ(606席)など500席を超える映画館は全国に点在。1980年代になってからは、100〜300席のミニシアターがブームとなったのだが、実は、シネコンのキャパシティは基本的に90席〜400席のスクリーンに分かれている施設が多い。ひとつのスクリーン当たりの座席が、ミニシアター並になっていることは、設備投資に対する負担が大きくなる理由のひとつでもある。3Dで映画を観る場合、<3D上映料金>として上乗せされているが、それでも映画館の経営は困難である場合が多いという実情があるのだ。

ある意味で言うと、映画料金が1900円だからこそ、「映画館での上映を意図しないインターネットでのストリーミング配信を基本とした映画」の価値がある。つまり、定額の視聴料金によって「新作を安価で観られる」という価値は、「映画館で新作を観るには1900円払わなければならない」という対象があるからこそなのである。

例えば、Netflixで『ROMA/ローマ』(18)が劇場公開に先駆けて配信された時、作品を観た視聴者の評価の中には「アカデミー賞候補になるような映画がいち早く観れた」という喜びの声と同時に「こんな素晴らしい作品が映画館で上映されないなんて」という嘆きの声が一定数存在していた。

それゆえ、映画館での興行が衰退した時、果たして「映画館での上映を意図しないインターネットでのストリーミング配信を基本とした映画」は、現在と同様の価値があるのだろうか。筆者の疑問は、その点にある。

映画のミスではなく、映画をテレビで観たことのミス

アルフレッド・ヒッチコック監督の『北北西に進路を取れ』(59)は、人違いによってある組織に拉致された広告代理店の経営者が事件に巻き込まれてゆく姿を描いた“巻き込まれ型サスペンス”の名作。この映画には、映画ファンの間で有名なミスがある。

主人公を演じるケイリー・グラントが拳銃で撃たれる場面。群衆の中にいる子どもが、銃を発射する前から既に耳を塞いでいる姿が映っているのである。このことについて、大林宣彦監督は「それを見つけて“ヒッチコックのミスだ!”と喜んでいる人がいるけれど、それは大きな誤認なんです」と語っていたのが印象的だった。そして「これはヒッチコックのミスではなくて、ヒッチコックの映画をテレビで観たという、観る側のミスとも言えるんです」と続けた。

映画は大きなスクリーンで上映される事を意図して作られていた。人間の視点は常に一点に絞られるので、多くの観客は“面で観ることはできない”という前提の演出が成されている。観客はスクリーンを面で観ているようで、実は点を細かく意識させられることで面を認識しているのだ。

それゆえ「巨大なスクリーンの時代は“このスクリーンのどこを見せるのか?”というのが演出でした」と大林宣彦監督は指摘。「例えば、手品師が右手で何かをやっている間に左手でネタを仕込んでいるようなものです。そのとき、誰も左手なんて見ないでしょう?『北北西に進路を取れ』の場合、巨大なスクリーンに拳銃を持っている人間が映っていたら、誰もそこ以外は見たりしません。拳銃を、ドン、と撃って、はじめて僕たちは“どうなった?”と視点を周囲に移動させるんです。すると、そこに耳を塞いだ子どもがいる、だから成立するわけです。これをテレビで見ると、目は全体をいっぺんに捕えるから視点が移動しない」だから、ヒッチコックのミスなのではなく、スクリーンで観ることを意図された作品をテレビで見たこと自体がミスなのではないか?と問うているのだ。

映画は映画館で観ることを意図されていた。あえて「いた」と過去形にしたのは、現在は必ずしもそうではないからである。映画の撮影現場では小さなモニターで撮影された映像を確認し、編集ではパソコンのモニターを使用している作品が多い。つまり、モニターやテレビ画面のサイズで“映画”が作られているのだ。

かつてはフィルムが現像されるまで、どんな映像が写っているのかはカメラのファインダーを覗いているキャメラマンしか判らなかった。時代の変化によって、作る側がスクリーンでの上映を意識しなくなっている作品が多くなっている、というきらいがあるがあるのはそのせいだ。映画は、確実に、よりテレビ映画に近づいている。それは、テレビやスマホでの鑑賞に“視点の誘導”は必要ないからでもある。筆者のもうひとつの疑問は、「我々が鑑賞する映画の質が確実に変化する」という事実に対して、映画を観る側だけでなく、作る側にも覚悟があるのか?ということにもあるのだ。

2013年に南カリフォルニア大学映画芸術学部の新校舎設立記念式典の壇上で、スティーヴン・スピルバーグ監督とジョージ・ルーカス監督が「現状のままだとハリウッドの映画産業は内部崩壊する」と発言し、物議を醸したことがある。

当時はアメリカの映画館でも、デジタル化や3D化への設備投資ができないために廃業する劇場が増加。低予算で個性的な作品よりも、話題を集めやすい娯楽大作に200億円以上の製作費を投下する作品が重視される商業主義傾向を、早い時期から危惧していたのだ。その上で、ジョージ・ルーカスは「映画よりも今はケーブルテレビのドラマの方が冒険的だ」と発言。先日、大団円を迎えたドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」の放送開始が2011年だったことを考えると、ルーカスの発言の意図も理解できる。

「ゲーム・オブ・スローンズ」はアメリカの有料チャンネルHBOで放送され、レイティングに縛られない過激な描写や、1話あたり約10億円もの製作費がかけられている点でも、世界中に熱狂的なファンを生んだドラマだった。ルーカスは続けて「ハリウッドが極度の大作重視に傾いたことで、映画は没個性に陥った」と指摘した。

そして、映画館は淘汰される

スティーヴン・スピルバーグ監督はNetflixなどの「映画館での上映を意図しないインターネットでのストリーミング配信を基本とした映画」に抵抗するハリウッドの代表的な存在、とこの連載で何度も紹介してきたが、前述の式典では既にこのような発言をしている。「今後、映画館数は減少し、生き残るのは大規模な劇場だけになるでしょう。ホームシアターとの差別化を図るためにも、映画興行は高級化路線を強いられ、映画鑑賞という行為自体が“高級化”する。映画のチケットは50ドルから100ドル、或いは150ドルに値上がりし、ニューヨークのブロードウェイ・ミュージカルのように、同じ映画が1年を通じて公開されるようになるでしょう」。

繰り返しになるが、劇場公開を意図した作品とインターネットでのストリーミング配信を優先させた作品とでは、そもそも収益構造が異なる。ネット配信を優先させた“映画”の多くは(視聴料などを元手にした)自社の予算の中から製作費を捻出しているので、配信された時点で既に採算が取れている。しかし、映画館での劇場公開によって興行収入を得る作品は、観客の目に触れた時点からが勝負。それゆえ、<テレビ映画>がアカデミー賞の候補とならないのと同様に、ネット配信を優先させた“映画”をハリウッドの映画人が“映画”と同列に評価しない別の理由も見えてくる。

百歩譲って、「映画館での上映を意図しないインターネットでのストリーミング配信を基本とした映画」を配信しているNetflixは、ネットによる映画の振興を考えているのかもしれない。そして、そのような発言も時おり報道されている。しかし、企業の理念は経営者が代わると変化するものだ。

筆者が憂慮するのは、現在の考え方がいつまで“有効”なのかという点にもある。制度は一度変えると後戻りはできないもの。それは過去のあらゆる歴史が示していることだ。例えば「映画館での上映なんて、収益の面でも効率が悪い」とスクリーンでの上映に対して否定的な経営者がNetflixの経営を引き継いだ時、映画を大きなスクリーンで見る意味は、小さなモニターで見る意味に淘汰される。興行成績を裏付けとしない映画製作が進めば、わざわざ映画館へ足を運ぶ観客は確実に減少する。減少すれば、スピルバーグが指摘するように興行のシステムを維持するために料金を上げざるを得なくなる。実は、映画の料金が100円上がるというニュースは、その前兆なのだということも判る。

確かに、映画館の経営や映画会社の収益は観客に関係ないことだ。ネットの脅威は止められないし、時代の変化は仕方ない。そう発言する映画ファンも少なくない。これも繰り返しになるが、筆者は映画館でしか映画が観ることができなかった時代ではなく、テレビでも映画を観ることができるようになった時代に育った世代。「映画館で観なければ映画ではない」などという原理主義者ではない。しかしながら、映画館で上映された作品がDVDやBlu-rayなどのソフトになり、ペイチャンネルでの有料放送を経て、衛星放送や地上波で無料放送される、というこれまで培われてきた映画のビジネスモデルが、やがて破綻するかもしれないという可能性に対しては違和感を覚える。

そもそもNetflixは、オンラインのレンタルDVD事業で成功を収めた会社だ。映画館が無いような地方で「映画を観たい!」と願うアメリカの映画ファンを育んできたという存在でもあったのだ。その「映画を観たい!」という興味はどこからやってくるのか? そこには映画が“興行”であることの大きな意味が隠されているように思える。

一般の観客は何を基準に映画を観たくなるのか?それは、その映画に対して観客が映画館に足を向けているか否かという事象そのものにあるのではないだろうか(もちろん、それが全てではない)。映画館で上映され、ヒットする映画の意味。音楽業界では既に、“興行”たるライブの動員数は日本も含め世界的に伸びてはいるものの、パッケージ商品としてのCDなどでは(特典に依らない純粋な)ミリオンセラーが生まれ難くなっているという現実がある。つまり、映画の未来、映画の新たな定義は、“映画”を見る観客の判断に委ねられているのだ。


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【参考資料】
『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)
『キネマ旬報 2019年3月下旬映画業界決算特別号』(キネマ旬報社)
『午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本 プログラム」(キネマ旬報社)
大屋尚浩『日本懐かし映画館大全』(辰巳出版)
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