CULTURE | 2020/05/29

素朴な定食とジワジワ来る看板一言コメントが魅力の「やしろ食堂(荻窪)」【連載】印南敦史の「キになる食堂」(1)

もちろん、おしゃれなレストランも悪くはないだろう。けれど日常的に食欲を満たすのであれば、やはり気楽な食堂がいい。そこで、...

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名物は定食だけじゃなくて「看板」も?

店内のカウンター席。テーブル席にはコロナ対策仕様の仕切りが設置されている

これまで続けてこられた理由を尋ねても、ただただ謙遜するばかり。しかし“普通の町場の食堂”だからこそ、この店が愛されていることは事実だろう。事実、子連れからお年寄りまで、客の年齢層は幅広い。

「年齢層なんて、(両手を広げて)ここからここまでだね。不特定多数。地元の人と、あとは会社がいっぱいあるからサラリーマン。他にも病院の先生から、派遣の人からアルバイトから、学生から、いろんな層の人がいるからさぁ。そう、誰かが言ってたなぁ、『やしろ食堂は人生の縮図だな』って(笑)」

価格の安さも魅力のひとつ。日替わりの定食は690円で、この日はオムレツだった。ふっくらとしたオムレツの乗った皿には、キャベツの千切りとマカロニサラダ。ご飯と味噌汁がつき、さらには煮物と漬物も。明らかにコスパがよく、ひとつひとつていねいにつくられている。

強烈な個性があるわけではない、いい意味でオーソドックスな味。単身者であれば、故郷を思い出すかもしれない。とはいえ、ちょっとしたところにプロならではの仕事の緻密さが感じられる。

しかも、長く続けてきたからと言って決して奢るようなことはしない。なぜなら、「普通の町場の食堂でしかない」という思いが根底にあるからだ。当たり前のことを、当たり前にやるだけ。だからこそ、多くの人々に愛されるのだろう。

なお、この店には、道ゆく人から人気の高いもうひとつの特徴がある。日替わりメニューの書かれた黄色い看板に添えられた、内山さんの手書きメッセージだ。

時事ネタだったり、意味不明のことばだったり、予想がつかないので見ていて楽しいのだ。

新型コロナが世を騒がせているということで、伺った日は「おうちにいましょう」であった。お店としては来店してもらわないと困ると思うのだが、そのあたりもご愛敬である。それにしても、どうしてこれを続けておられるのだろう?

「どうしてって、別に意味なんかないよ。最初はおもしろ半分で書いてたんだけど、そしたらみんながさぁ、『あれ、やめるな』って(笑)。でも、あれだけの(短い)文章で毎日(書く)なんて、誰もやってないんだよ。書いてることは、その日の新聞のパクリとか、その日のニュースとかさぁ」

実を言うと私はもう10年ほど、ほぼ毎日、この看板を撮影してSNSにアップし続けているのだが、某有名ラッパーなど、「あれが楽しみで!」と言って下さる方がとても多い。もうかなりのストックがあるので、いつかまとめて公開したいとも企んでいる。

ところで40数年にわたってこの地で商売を続けてきた内山さんの目から見て、教会通りはどう変わったのだろう。昔に比べれば、ずいぶん綺麗になった印象があるのだが。

「いや、元々はみんな建物が古くてさ。で、一軒建て直すと他も建て直さなきゃならなくなって、結局は同時期に一斉に建て直したから綺麗になった。それだけだよ」

ただ昔から、独特の人情を感じさせる商店街ではあった気がする。

「人情はあったよね。今はテナントがいっぱい入っちゃったけど、昔は田舎と一緒だったもん。あの時代はみんなまわりが面倒見てくれたっていうか、“時代”って片づければそのとおりかもしれないけど、みんな面倒見がみんなよかった」

「(若かった)俺らが金なくても、『飯食いに行こう』ってなったら、あの時代は先輩がみんな出したんだよ。下っ端の俺らは『お前らは払う必要ねえ』なんて言われて、そういう時代だったから。みんな人情味があったね。今みたいに殺伐としてなかったもん。俺も古い人だから、テナントに入ってるような人より、まだ情があるとは思う(笑)。まして田舎の出だからなおさら」

時代の変化に流されない、昔ながらの正統的な食堂である。荻窪に用事があったら、ぜひ訪ねてみていただきたいと思う。

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