『100日後に死ぬワニ 完結記念サイト』よりキャプチャ
中川淳一郎
ウェブ編集者、PRプランナー
1997年に博報堂に入社し、CC局(コーポレートコミュニケーション局=現PR戦略局)に配属され企業のPR業務を担当。2001年に退社した後、無職、フリーライターや『TV Bros.』のフリー編集者、企業のPR業務下請け業などを経てウェブ編集者に。『NEWSポストセブン』などをはじめ、さまざまなネットニュースサイトの編集に携わる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)など。
「電通案件」疑惑で釈明に発展
Twitterで連載された4コマ漫画『100日後に死ぬワニ』が大きな感動と話題を呼んだが、100日後に実際死んだ後「電通案件」なのでは? という疑惑が取沙汰され、炎上状態となった。端的に言えば、「お前ら儲けるためにやっていたのかよ」「出来レースかよ」「オレらを騙しやがって」「感動を返せボケ」ということだ。
ネット最大級の嫌われ企業である電通の関与を取沙汰する向きもあり、作者と関連の歌を作ったミュージシャンが釈明する事態となった。これについては「転職9回成功男」と私が呼んでいる熊村剛輔氏が『東洋経済オンライン』に寄稿した文章に100%同意する。
「100日後に死ぬワニ」最終回が猛批判された訳 今後「SNSによる作家活動」難しくなる危険も
https://toyokeizai.net/articles/-/338828
騒動の分析はすべて熊村氏の「商売っ気を出すのがあまりにも性急過ぎた」を含む数々の意見に従うが、ここでは、ネットの「嫌儲」の歴史について振り返っておきたい。この言葉は「けんちょ」や「けんもう」と読み、ネットを使って儲けることへの嫌悪感を意味する。
ただ、ネットを使って儲けたといっても、2010年、窮状に喘ぐネパールカレーの店主が知り合いにメールを送り、それを代理ツイートしてもらった件などは応援され、称賛される。
「いま ふた くみ おきやくさん います おんな ひと 30 と 40 だいです だけど ランチは だめでした」「ごめんなさい きようも おきやきさん きませんでした やられたね」などに加え、チラシを500枚作ったことなどを報告すると「この店で食べよう!」となる。今回のコロナ騒動でも、「中国人は出て行け」などと書かれた脅迫文を送られた横浜中華街の店がこれをTwitterで紹介すると店には「応援しよう!」とばかりに行列ができる。これは「体を使って必死に稼ぐ人が苦境に追い込まれているし、外国から来て色々立場も弱いだろうに頑張っている。こんな人はもっと幸せになってほしい!」ということである。
あまり儲かっていなさそうな飲食店やアルバイトなどは苦境の時に支援される。一方、マスコミに顕著なのだが、「チャラチャラとした人脈を見せつけ、それでいて楽しそうでカネを大量に稼ぐマスゴミの連中は苦しめ」的な空気感はネット初期から常に存在する。
2ちゃんねるまとめサイトの失態
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ネットで儲ける初期の話については、2004年の「電車男」が挙げられるだろう。2ちゃんねるの書き込みが元になったストーリーで、書籍化、ドラマ化、映画化。書籍は100万部超売れる大ベストセラーとなったが、印税をめぐってはスレッドに書き込んだ人間の中には少なからず「オレにも印税よこせ」的な人もいた。
だが、「オレたちのインターネットがこうして日の目を見た」的な喜びもあり、まだ「嫌儲」的な空気は今ほどは多くなかった。だがそれ以降、ネットで儲けることについては反発が増えている。
私は2005年の流行語大賞のトップ10を「ブログ」で受賞したブログ「実録鬼嫁日記」の書籍を編集したが、書籍化の時は少なからず反発があったことを思い出す。「あくまでもブログで無料で読めるから良かったのに」「著者を出版社が利用している」「著者はそれで印税をガッポガッポ稼ごうとしているのだろう」といった見られ方をしたのだ。その後同作はドラマ化、パチスロ化などしたが、この時になると著者も「儲け主義野郎」的に叩かれるようになっていった。
一般人のブログが書籍化され、書籍が出版されると当初は歓迎の声が上がるも、「私たちから離れて華やかなマスコミの世界に行ったんですね」的な批判も出たし、芸能人のブログが書籍化されてもこれまた叩かれた。
それ以前の2002年には「泣ける2ちゃんねる」が書籍化されたが、この時は「電車男」同様、そこまで批判はされていなかった。ネットのカルチャーがリアルに波及したことを喜ぶ向きもあった。
だが、電車男や鬼嫁日記を経た2005年末、IT系雑誌『ネットランナー』で、「ベスト・オブ・常習者サイト」で2ちゃんねるまとめサイト「ニュー速VIPブログ」が大賞を受賞し、賞金60万円を獲得。さらには、2ちゃんねるまとめサイト管理人による座談会でまとめサイト管理人が2ちゃんねるユーザーをバカにするような発言をしたことから、ユーザーが反発。この時「嫌儲」の風潮が決定的になったと言えよう。
あとは乱立する2ちゃんねるまとめサイトに対し、有力サイトを名指しして使用禁止を運営が2012年に通告。この時は、強硬な措置を取った2ちゃんねるの運営が称賛された。
求められる「世間の風を読む」能力
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2011年、ネットに存在する面白写真やツイートを基にして作った片岡K氏の著書『ジワジワ来る◯◯』は10万部を超えるヒットとなり、「ジワジワ来る」シリーズは5冊出版され、最初の作品は文庫化もされた。最近、同氏は新型コロナウイルス騒動によるフリーランスへの休業補償が4100円であることについて、以下のようにツイートして大いに批判されたほか、この「ジワジワ来る」で元ネタの人々を尊重せず自分がカネもらったことを再び取沙汰され叩かれた。同氏のツイートは以下の通り。。
同氏の言い分については、売れているフリーならば完全に同意できるものではあるが、「自己責任論」の最たるものである。これに反発を覚える人々から「ジワジワ来る」シリーズの剽窃疑惑が再び取沙汰され、同氏は数々のバッシングを受けた。まぁ、ご本人は売れっ子だし、支持者が多いだけにそれ程気にしていないだろうが。
他にもオンラインサロン運営者が、たいして内容がない情報を出して一攫千金を狙う情弱のバカをカモにしたり、転売ヤーの跳梁跋扈、ステマ横行、トレンドブログ(カネ儲けクソブログ)の隆盛など、ネット上で他人を利用してカネ儲けをしようとする連中に対しては容赦のない批判が寄せられた。
「ワニ」騒動はこうした「嫌儲」の集大成的なものと言えよう。今回ワニ関連の音楽を作ったいきものがかりの水野良樹氏は著者のきくちゆうき氏を擁護し、きくち氏も電通などを巻き込んだのではなく、元々は自分一人でやっていたことと釈明した。だが、ワニが死後聞きたい曲リストにいきものがかりの曲が2つ入っていることなども含め、信用はされていない。完全に「出来レース」扱いだ。この件については完全に「嫌儲」の白眉的な事例として長期間ネット史に残る結果となっただろう。
冒頭で紹介した熊村剛輔氏による『東洋経済オンライン』の分析のように、せめて当日に出すのではなく時間を置いてからさまざまな書籍化等の決定は伝えても良かったのでは。まともなPRパーソンであればそこは助言したのであろうが、カネ儲けをしたいがあまり勇み足をしてしまったのではないか? と私は思う。PRというものはすべて「世間の風を読む」を考慮しなくてはいけないものなのである。
せめて、「ワニ」のファンになってくれた人々が余韻を抱けるレベルの段階で一連の商品化を発表しても良かったのでは。「興醒め」「出来レース」「広告代理店の暗躍」こそネットでは絶対にやってはいけないことなのだ。そういった意味では「四十九日」に同様の発表をした方が良かったのでは、と思う。