いつもなら人でごった返しているブロードウェイ周辺も、ご覧の通り人がいない
(c) Kasumi Abe
安部かすみ
ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
日本の出版社で編集者&メジャーミュージシャンのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動の拠点をニューヨークに移す。07年より在NY出版社でシニアエディター、14年独立。雑誌やニュースサイトで、ライフスタイル、働き方、社会問題、グルメ、文化、テック&スタートアップなど、現地発の最新情報を発信。 CROSS FMレギュラー出演中。著書:『NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ 旅のヒントBOOK』(イカロス出版)。所属団体:在外ジャーナリスト協会 Global Press、米政府機関の在外プレス組織 NY Foreign Press Center
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感染の可能性があっても電話が繋がらない!
ニューヨークで今もっとも叫ばれているのは、とにかく「Stay Home(自宅待機)」です。
筆者の周りでも、もしかして自分もCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)に感染したのではないかと心配する人を、少しずつ耳にするようになってきました。周囲に感染者が出たので、自分も検査を受けたいという人も増えていますが、重病でない限り「病院にも救急病院にも事前のアポなしでは来ないで」と追い返されている状態です。マンハッタンの一部、そして郊外ではドライブスルー方式での検査をしているところもありますが、どこも数時間待ちの大渋滞となっています。
まず、医療機関やホットラインに電話がつながらないのです。通話のために何時間も待たされ、つながったとしても「検査は今の段階ではできない。しばらく自宅で様子を見て」と言われるとのこと。医療機関に相談するタイミングは「高熱が3、4日続いたら」。それまで、ひたすら自宅での自己隔離が推奨されています。
その理由は、感染者数急増により医療が崩壊しつつあるからです。まず重病患者のためのICUのベッドと人口呼吸器の数がまったく足りません。医療従事者が身につける保護ガウンや手袋、マスクもまったく足りていないのです。
ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は、「州内では、新型コロナウイルス感染者の80%が自己隔離で自ら治癒している」と発表しています。ニューヨーク市内初の感染者として確認された女性も自己隔離で静養し、現在陰性判定が出ているとのこと。いよいよ頼れるものは、国や自治体、先進医療ではなく、自らの免疫力や精神力となってきました。
3月22日からいよいよ街がロックダウン(外出制限)
アメリカでも日に日に拡大する、新型コロナウイルスの感染者数。3月21日現在で、全米で2万1365人、死者266人となっています。
筆者が住むニューヨーク市では先述の通り、医療機関の電話やホットラインはパンク状態ですが、それでもニューヨーク州のクオモ知事によると「ウイルス検査数は、積極的に増やしている」とのこと。
その結果、ニューヨーク市内での感染者数は20日の時点で4408人、21日では6211人と、ここ最近は毎日2000人近くの感染者が増え続けている状態です。
3月20日のクオモ知事の記者会見
こうした状況を受け、ニューヨーク州および周辺4州では、薬局や食料品店などを除き、基本的に全企業の従業員の出勤を禁じ、在宅勤務を義務づけました。住民には不要不急の外出もしないよう要請しています。
クオモ知事は20日の記者会見で、数日前から市民の間で発令を囁かれていた「シェルター・イン・プレイス令」(外出禁止令に近いもの)とはまったく違うものであることを強調しました。外出禁止令を出すと、ますます人々が不安を抱え、パニックになるからです。
今回のロックダウン(外出制限)の導入の理由として、先ほど述べたように感染者が急増し、医療施設のキャパシティを超えてしまっていることがあります。
20日の記者会見でクオモ知事は「現在の感染者数は、医療施設のキャパを2倍、人工呼吸器を備えたICUのキャパを3倍超えた数になっている。何とか手を打たなければならない」と述べました。
重篤患者に必要な医療設備を提供するために、感染のピークを送らせることの重要性が叫ばれています。患者数の爆発的な増加による医療崩壊を阻止するため、州では 「フラッテン・ザ・カーブ」(カーブを平にする)ためのさまざまな戦略が取られているのです。今回のロックダウン(外出制限)はその一環です。
必要なもののために必要な時だけ外出可
人がいないブロードウェイ劇場街
(c) Kasumi Abe
今回のロックダウン(外出制限)では、生活に必要とされる業態のみ、引き続き稼働できます。
食料品を販売するスーパーやデリ、ドラッグストア、クリーニング、ガソリンスタンド、郵便局、公共交通機関、電気やガス、水道などは「必要なもの」とみなされます。またレストランでの持ち帰りやデリバリーは引き続き許可され、人々は「必要な時に限り」それらのサービスを受けるために外出することができます。
また屋外でのエクササイズやハイキングも、他人との距離が6フィート(1.8メートル)空いている限り、問題ないとされています。
この外出制限は行政命令ですが、それを守らなかった企業や個人への罰則や罰金はないと、クオモ知事は記者団の質問に答える形で述べました。
街の様子に変化があったのは3月13日前後から
写真左は3月1日に撮影した山積みのトイレットペーパー。写真右は同じ売場の3月14日の様子
(c) Kasumi Abe
ニューヨーク市では3月1日に、初の新型コロナウイルス感染者が確認されて以降、街の雰囲気がガラリと変わってしまいました。特に筆者が劇的な変化を感じたのは、3月13日からです。
この日の午後5時、市内のブロードウェイがいっせいに閉館となりました。
翌14日は近所のスーパーがもぬけの殻状態になったのを、私は初めて見ました。実は2月上旬からマスクが、3月上旬から消毒用のハンドサニタイザー(アルコール消毒液)や風邪薬が相次いで売り切れになっていたのですが、スーパーにはまだ豊富に物資はありました。しかし14日に再び訪れたスーパーには、トイレットペーパーやパスタ、水、米などがいっせいになくなっていて、ショックを受けました。
アメリカのメディアでは「パニックバイング(パニックによる買い占め)」という言葉で報道されましたが、個人的には、パニックという強い感情や荒れ狂った行動は起こっていないと感じています。スーパーで買い物をしている人や道を歩いている人は皆穏やかです。「あぁこれは、今後起こるかもしれない自己隔離の準備のために、買い置きを始めたんだ」と、思いました。
続いて16日午後8時からすべてのバーもクローズし、レストランは持ち帰りとデリバリーのみが許されるようになりました。これらに伴いこの週から、学校や図書館、博物館、美術館、デパート、ショップ、スポーツジムなども次々とクローズし、さらに街のゴーストタウン化が進みました。
人々が買いだめした結果、スーパーの中は一部の商品が売り切れ状態(3月15日撮影)
(c) Kasumi Abe
このように13日を境に街から次々に、活気が失われている状態です。最初は1%ほどだった人々のマスク率も、最近では5%ぐらいに増えた実感があります。
今、家族や恋人、友人らとの合言葉は「とにかく安全で健康でいよう。そして、これが終息したらまた会おうね」。それまではひたすら辛抱の日々です。
20日の記者会見で、クオモ知事はこのように述べました。「私はできるだけのことをしました。そして私たちの対策により1人でも救われる命があるのであれば幸いです」