第72回カンヌ国際映画祭でのポン・ジュノ監督(写真左)と『パラサイト』で主演を務めたソン・ガンホ(写真右)
Photo by Shutterstock
第92回アカデミー賞の作品賞候補となった
『1917 命をかけた伝令』(19)
『アイリッシュマン』(19)
『ジョーカー』(19)
『ジョジョ・ラビット』(19)
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19)
『パラサイト 半地下の家族』(19)
『フォードvsフェラーリ』(19)
『マリッジ・ストーリー』(19)
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)
この9本に共通するのは、“家族”を題材のひとつにしていたという点。映画が「社会を映し出す鏡」であるとすれば、候補作話題作で共通して“家族”が描かれることには意味がある。
社会における多様性へ対する寛容は、『ムーンライト』(16)や『万引き家族』(18)など世界同時多発的に疑似家族的な家族関係を描いた作品を生み出した由縁のひとつだが、今回の9本は“血縁”を描いている点で、ある種の揺り戻しのようなものを感じさせる。
第92回アカデミー賞授賞式の特徴は、<変革>という点にあったが、それは今回のアカデミー賞で女性の受賞者が過去最多を記録したこととも無縁ではない。連載第20回目では、前回に引き続いて「ポン・ジュノのスピーチと“継承”の精神。第92回アカデミー賞授賞式から見えてくるハリウッドの変革(その2)」と題して、変わりつつあるハリウッド映画界について解説する。
松崎健夫
undefined
映画評論家 東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『ぷらすと』(アクトビラ)、『松崎健夫の映画耳』(JFN PARK)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』、『ELLE』、『DVD&動画配信でーた』『PlusParavi』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、ELLEシネマアワード審査員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。
流行り廃りであってはならないこと、継承するということ
今回のアカデミー賞授賞式では女性の活躍が強調されていた。そして前述通り、女性の受賞者は過去最多だった。その一方で、作品賞候補となった9本のうち女性監督による作品は、グレタ・ガーウィグ監督による『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の1本のみ。また、授賞式のプレゼンターに女性の映画人が多かったことは、社会における女性のあり方や性的マイノリティを描いた映画の作品賞候補がひとつもなかったということに対する反発であるようにも感じた。エンタメ業界におけるセクハラを題材にした『スキャンダル』(19)や『ジュディ 虹の彼方に』(19)は演技賞候補止まり。近年のアカデミー賞で話題となっていた“Me too”や“多様性”といった視点は、一時的な流行り廃りではあってはならないことだ。
そういう意味では、短編アニメ映画賞を受賞した『ヘア・ラヴ』(19)がアフリカ系のアニメーターにとって初受賞となったり、『ジョーカー』で作曲賞を初受賞したヒドゥル・グドナドッティルが『エマ』(96)以来、23年ぶりの女性作曲家による受賞であったことには意義がある。彼女は女性作曲家の受賞としては、アカデミー賞92年の歴史で2人目だったからだ。そして、今回の受賞をきっかけに大手アニメーションスタジオで、アフリカ系監督による長編アニメーション映画が誕生するかもしれない。このこともまた、アカデミー賞が変わりつつあるという<変革>の兆しのひとつだと言えるだろう。
一方で、異なる文化を持った者同士の価値観が衝突し、更なる問題が起こる過程を描いたのは、長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した『アメリカン・ファクトリー』(19)だった。不況で閉鎖されたアメリカの自動車工場に中国企業が進出し、新たな雇用が生まれたものの、労働に対する考え方の違いによって軋轢が生じてしまう過程を描いている。
この映画はNetflix製作のドキュメンタリーであることが指摘されがちだが、重要なのはバラク・オバマ元大統領とミシェル・オバマ夫妻の映画製作会社「ハイヤー・グラウンド・プロダクション」による作品である点。数ある題材の中から元アメリカ大統領の製作会社が第1作に選んだのが、異なる文化・風習的による衝突を軸にしたアメリカの労働問題だったからだ。
逆に、不寛容な社会だと囁かれる時代に、異なる価値観を持つ人たちを認めてゆこうということは、実写短編映画賞に輝いた『The Neighbor’s Window』(19)で描かれている。
個人的にとても感銘を受けたこの作品では、毎日の生活における小さなことから、相手を妬むことなく、慮ることの重要さを20分の尺で説いてみせている。ここで描かれている嫉妬や妬みといったテーマは、『パラサイト 半地下の家族』に通じるものがある。
また、今回の授賞式のセットはDNAのようなデザインになっていた。そのことを象徴するかのように、映画的な“継承”というものも、今回の授賞式の特徴のひとつだったと言える。
例えば、『スキャンダル』でメイク・ヘアスタイリング賞に輝いた日本出身のカズ・ヒロ。彼は受賞スピーチの中で、ディック・スミスとリック・ベイカーの名前を挙げていた。マイケル・ジャクソンの「スリラー」で特殊メイクを手がけたリック・ベイカーは、カズ・ヒロの師。そしてリック・ベイカーとカズ・ヒロは、ディック・スミスの弟子なのだ。特殊メイクの部門でアカデミー賞を受賞してきた3人の存在は「先人の影響によって現在がある」という、ハリウッド映画界における“継承”を象徴させる。実はこの“継承”は、『パラサイト 半地下の家族』でポン・ジュノが監督賞を受賞した時のスピーチにも表れていたのだ。
「映画なるもの」は、世代を越えて継承されてゆく
「最も個人的なことは、最もクリエイティブなことだ」とポン・ジュノが受賞スピーチで引用した言葉は、『アイリッシュマン』の候補として会場にいたマーティン・スコセッシ監督のものだった。ポン・ジュノは「昔、この言葉を胸に映画を学んでいました」と語り、スコセッシの映画で学んだ自分が同じ候補者として名前が並んでいるだけでなく、受賞したことへの感激を伝えた。客席には、その言葉を聞いて涙ぐむスコセッシの姿があった。世界中の映画に対して造詣の深いスコセッシもまた、憧れだった黒澤明監督に声をかけられ、『夢』(90)で俳優としてゴッホ役を演じたことがある。その『夢』の劇中映像は、偶然にも今回の授賞式で過去の外国語映画賞受賞作品を紹介する映像の中にも使用されていた。
また、「私の映画が、まだアメリカで知られていない頃から推してくれたタランティーノ監督、愛してます」とポン・ジュノは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の候補として会場にいたクエンティン・タランティーノにも敬意を表した。タランティーノは、ウォン・カーウァイや北野武、三池崇史などアジア圏で活躍していた映画作家に早い時期から注目。彼らのアメリカでの認知度に貢献したひとりなのだ。ポン・ジュノの謝辞には、映画なるものが世代を越えて“継承”されるものであることを物語る。
さらにポン・ジュノは、「一緒にノミネートされた皆さんも私が尊敬する監督です。許可していただけるならトロフィーをテキサスチェーンソーで5つに分けたいです」と、映画愛溢れる言葉でスピーチを締めた。テキサスチェーンソーとは2017年に急逝したトビー・フーパー監督の映画『The Texas Chain Saw Massacre(悪魔のいけにえ)』(74)のタイトルから引用したものである。
そして、『ジョーカー』で初の主演男優賞に輝いたホアキン・フェニックスの受賞スピーチも、“継承”と無縁ではなかった。子役時代、リーフ・フェニックスと名乗っていたホアキンは、兄であるリヴァー・フェニックスの死をきっかけに現在の芸名へ変えている。リヴァー・フェニックスと同年代の筆者は、弟であるホアキンの姿を見ながら「兄が叶えることのできなかった俳優の道を、彼は代走しているのではないだろうか?」と長年想いをめぐらせていた。「最後にもうひとつ」と会場の拍手を遮ったホアキンは、一瞬言葉を詰まらせながら「愛をもって救済に走れば、平和が追ってくる」と、亡き兄の言葉でスピーチを締めた。
『旅立ちの時』(88)の演技で、リヴァー・フェニックスがアカデミー助演男優賞の候補になったのは18歳の時。この言葉は、ちょうど『旅立ちの時』を撮影していた頃に、リヴァーが書いた歌詞を引用したものだった。23歳の若さで亡くなった兄が果たせなかった夢を、27年かけて果たしたこと。彼の俳優としての意思を“継承”してきたこと。彼の目に浮かんでいた涙は、その歳月が導いたものなのだ。
さらにホアキンはスピーチの中で、「以前の自分が自己中心的なダメ人間で、冷酷で強調性もなかった」と恥じた上で、「しかし多くの人が、セカンドチャンスをくれました」と語った。「過去の過ちを指摘し、否定し合うのではなく、助け合い、共に成長し、学び、償うことができる、それが人間です」と結んだ。彼の言葉は、自身の経験や反省に基づきながらも、不寛容な傾向にある社会に対するメッセージを内包させていた。この「過去の過ちを指摘し、否定し合う」という行為から一歩先に進むべきという考えは、現代の日本社会においても無縁ではないだろう。
参考文献
・The Oscars
・『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)
・WOWOW「第92回アカデミー賞授賞式」(2020年2月10日放送)